轟家での雨宿り。8
賑やかなテレビの音が残る無人の居間。テーブルの上には今の今まで使った痕跡のあるお茶セット。湯のみからは湯気が立っている。それを見て、海外の有名な怖い話でそんな幽霊船があったことを◎は思い出した。しかしここはもちろん幽霊船ではない。湯のみも急須も自分たちが使っていたものだ。
夕飯を作ると言った冬美は台所にいるとして、焦凍はどこにいったのだろう。その疑問は瞬時に、冬美の手伝いをしているという推測に行き着いた。その考えは◎が爆豪家の夕飯の支度をほぼ毎日手伝っている習慣から来るものだった。
既に何度か足を踏み入れている台所に近付いていくと、台所から話し声が聞こえる。襖に近付いていきながら、ふと疑問が落ちた。
(襖ってノックどうするのかしら……)
少々迷った後、襖の前で、冬美さん、と声をかけた。少しして襖が開き、中から焦凍が顔を出す。何故か少し気まずそうな顔をしている。奥にいる冬美も見ると、口元を引きつらせていた。何か間の悪いことでもあったのだろうかと思ったが、自分には関係ないだろうと思ってそのまま口を開いた。
「家に了承取ってきました」
「ああ〜、そう、よかった」
少し大げさな高い声。隠し事がバレてしまいそうな時に出る下手な誤摩化しみたいだった。何事かと焦凍を見ると、彼も彼で◎から目を逸らしている。
何か隠し事をされている、ということはなんとなく察した。それが何か考えたが、家の外の人間には知られたくない家庭の事情なのかもしれない。たとえばこの家にとっては当たり前のことだけど、他の家から見たら特殊な何か。◎に当てはめて例を出すと、両親が健在なのに隣家で生活している時間の方が長いことなどだ。他人に干渉されたところで大きなお世話だろう。そういうことにして、◎は二人の態度は気にしないことにした。
「よかったら支度お手伝いします」
「ううん、大丈夫よ。お客さんなんだから焦凍とゆっくりしてて」
「じゃあ……すみません」
焦凍と、の言葉に反応するように、焦凍は眉をひそめて冬美を軽く睨んだが、何も言わなかった。◎が居間に戻ろうと踵を返すと、焦凍も後に続いて台所を出た。話すこともないので黙っていたが、不意に焦凍から問いがかかる。
「中で何話してんのか、聞いてたか」
それを聞いて、やっぱり聞かれたくないことを話していたのだな、と確信した。
「ううん。聞かれたら困ること話してたの?」
「まあ……大した話じゃねえけど」
「なんだ、大した話じゃないなら聞けば良かった」
「お前、やめろよ……」
嫌がりつつも、少し困ったような声色だ。言葉の通り大した話ではなく、絶対に嫌というわけではなさそうだった。イメージよりもからかいがいがある人だと思いつつ、◎は悪戯っぽくふふ、と笑った。しかし焦凍の要望通り、その聞かれたくない話題には触れないことにした。
居間へ入り、先ほどまで腰を下ろしていた場所に戻る。テレビはスタジオを映しており盛り上がっている様子だったが、区切りの悪いタイミングで戻って来たせいで話を掴めなかった。そのまま見ても退屈だったので、◎は会話を続けた。
「お姉さんと仲良さそうね」
「そうか?」
「二人姉弟?」
「いや、兄さんも二人いる。もう家出てっけど」
「へえ、じゃあ四人兄弟。結構年離れてるのね」
「……●は」
「私は……一人っ子かな」
「かなってなんだよ。いるかいねえかだろ」
「うん、そうなんだけど。兄妹みたいに育った幼馴染はいるから、あんまり一人っ子って感じがしないのよね」
「幼馴染……緑谷か?」
「ふ。私たち、兄妹みたいに見えた?」
問われて、焦凍は昼食を一緒にしている時の二人を思い出した。二人の会話は決して多くない。そして、仲が良いかと問われればそうとも思えない。反対にあえて無視しているわけでもないし、お互い嫌っているような雰囲気も感じない。いうなれば、顔見知りだ。
焦凍は兄弟たちと年が離れている上に、父によって自分だけが遠ざけられていたから、本来兄弟というものがどういう距離感の関係なのかはわからなかったが。
「いや、そうでもねえ」
「でしょう? まあ、でも、気ままな一人っ子よ」
「そうか」
幼馴染と言われて思い出したのは出久だけではなかったが、焦凍が勝己の名前を出す前に◎は話を閉め切ってしまった。それは「◎の兄妹みたいな幼馴染」が焦凍の知らない人だから続けても仕方ないと思ったのか、その誰かを言いたくないから意図して話を閉じたのかはわからないが、とにかくそれ以上その話を続けさせまいとする意思はなんとなく感じた。
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