シスター:その町の神父
この町の神父は、今ではこの田舎町で人々へ耳を傾けるようになったが、かつては◎がいたより大きな都市で名を馳せた聖職者で、内からも外からも人望を集める人だったらしい。
同じ聖職者である立場の◎にしてみれば、聖職者に優も劣もない。どんな人間でも相性があるし、人徳があるからといって自分の益に繋がるとは限らない。聖職者の情は信徒に向けられるものだ。
◎は損得勘定で人間関係を査察する。それを見抜いた都市の神父が◎をこの町に寄越したのだと思う。心を改めろと。
(環境が変わったところで、根本的な考え方が変わるとは思えないけど)
◎にとって、家族がいない場所はどこだろうと同じだ。くすんだ景色と雑踏、恵まれた人への羨望も全部他人事だ。そう思うことが両親のいない世界で生き抜く手段だった。諦めは悲しみを和らげる。環境が新しくなることは、身の回りのことを覚え直すだけのこと。
そう思いながらも、これから世話になる神父や環境が変わることをつい考えるのは、少なからずこれからのことに不安があるのだろう。
観音開きのドアの前に立ち、少年は取手に手をかけた。開けようとするが鍵がかかっている。彼は舌打ちし、ドアを叩いた。ノックなんて優しいものじゃない。殴り倒すような強い力で、比例して音が大きい。◎は驚いて目を剥いた。
「おいオールマイト!!あんたに客だぞ!」
怒鳴り声に、悪徳な取り立てみたい、と密かに思う。身なりは綺麗で態度は粗暴ということは、彼の家系はそういう業種なのだろうか。その予想は悪くない線なのではと◎は思った。
「やあ、爆豪少年」
教会の建物の外から、柔和だが重い響きの声がかかった。そちらを見ると長身で、骸骨のような神父が立っている。彼は二人の姿を見ると二人に近づいてきた。
「シスター◎?」
「はい、はじめまして」
「はじめまして。よく来たね。待ってたよ」
痩せ細っているのに、かなり見上げなくてはならない身長に圧倒される。人間ってこんなに身長が伸びるのね、と感心してしまった。しかし雰囲気は決して威圧的ではなく、包容力のような柔らかさのようなものを感じて、不思議な人だと◎は思った。
オールマイトはここまで◎を案内してくれた少年を向き、窪んだ眼窩の奥の瞳でにこっと笑った。
「送ってくれてありがとう」
「ウロウロして目障りだっただけだ。帰ぇる」
「あ、少年! ちょっと待って」
去っていこうとする少年を呼び止め、彼は怪訝そうにしながらもオールマイトの言う通りに、返した踵を止めた。
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