【400字】一人きりの鏡の国






(♀夢/英雄学/轟焦凍/ハロウィンパロ)



吸血鬼は鏡に映らない。だから焦凍は己の美しさを知らず、己の美しさが引き立つ身だしなみもできない。外見がよければそれほど人間が釣りやすいのだから、吸血鬼にとって美しさは生き抜く上で有利な要素だ。
もっとも彼の食事となる人間は私が拉致しているから、彼の身なりを整えるのは私の趣味のようなものだ。

「焦凍は何をしても綺麗よ」

私は毎日そのように焦凍を讃える。焦凍は自分の顔を知らないから、そうか、と相槌を打つ以外の言葉はない。そもそも、彼には美しさに関する感性が鈍い。意味は伝えたことがあるけれど、よく意味がわからないという顔をしていた。一度、画家に焦凍の肖像画を描かせたが、本物に見えないと言って焦凍はそれを信じなかったし、美しいとも言わなかった。
だけど今日、焦凍はいつもの言葉に一つ付け加えた。

「お前よりもか」
「もちろんよ」

私はそう答え、焦凍の髪にキスをした。鏡には女が一人だけ映っていた。