君のヒーロープロセスと蛇足の私。10
(折寺中学校/ヘドロ事件翌日)
翌日、学校での勝己は有名人だった。元から目立っていた彼に拍車がかかって、先生までもが勝己を意識した。
「勝己ー、オールマイトに助けられたんだろ!? すげー! サインもらった?」
「現役ヒーローからもスカウトされたんだって!?」
「ずっと敵に捕まってたんだろ? 大丈夫なのかよ?」
一度誰かがその話題を出せば、普段話さないクラスメイトまでもが勝己に群がりその話を聞きたがった。その話題にピリオドなどない。大衆の熱が収まるまで続く流行のようなものだ。昨日ホームルームで進路について話された真面目な空気が全て取り払われたような湧いた空気だった。
学校では勝己と関わらないようにしている◎ですらその空気に辟易した。その空気を作っているのは、元々の勝己の存在感も、事件に巻き込まれた話題性もあるが、一番大きな要因はオールマイトが関わっていることではないだろうか。
オールマイトといえば、国内外を問わず知らない者はいないトップヒーローだ。ヒーローに興味がない◎ですらオールマイトの存在は知っている。ただし◎は、平和の象徴として名を馳せるオールマイトというヒーローは、ヒーローそのものをイメージした商業キャラクターだと長年勘違いしていた。それが実在の人物かもしれないと思い始めたのはドキュメンタリーのスタジオ生放送で喋っていたのを見たからだが、それでも徹してユーモアのある話し方をする彼に、現実離れした人だと思っていたし、その時点ですら実在のヒーローなのかは半信半疑だった。だからはじめは、マスコットキャラクターの着ぐるみにアルバイトが入っているのと同様、誰かがオールマイトを演じている可能性も考えていた。だが、それくらいアイコニックな存在が世間にはよかったのだろう。◎の周りでは漏れなくオールマイトは大人気で、彼を嫌う人はいない。それは勝己も例外ではない。
そんな人がこの街に来たのだ。話題になるのは仕方がない。きっと事件に巻き込まれたのが勝己でなくとも、この空気は大して変わらなかったと思う。
◎にとっては、オールマイトは間違いなく実在のヒーローなのだと認識した事件でしかない。だからといって、元よりヒーローに興味がない◎にはどうでもいいことだった。
昨晩、◎は結局勝己に何も言わなかった。自分が言おうとしたことを光己が言ったのもあるし、光己があれだけ心配しているのならば自分は気を遣わなくてもいいと思った。自分の体裁を気にして勝己に同じ言葉をかけて、同じ回答をさせるのは勝己の手を煩わせるだろう。この場合、正確には煩わせるのは手ではなく口だが。
そして、勝己があの事件に対してプラスの感情を持っていないことをなんとなく察したから、触れずにおこうと思ったのもある。よくよく考えてみれば当然のことだ。事件に巻き込まれたなんて、自己顕示欲が極端に強くて自分自身をエンターテイメントと思っている人間でもなければ触れ回ることなんてしない。勝己は自己顕示欲が強いが、それと同時に自尊心の塊だ。敵に捕まったのを自分で挽回できず誰かに助けられたなんて、勝己にとっては汚点と言える出来事なのだろう。しかも目撃者の話では、オールマイト登場の直前、友達らしき中学生が一人飛び出ていったそうだ。あの場にいた誰かならば滋牙か伸藤のどちらかだろうか。昔から一人でなんでも出来た勝己にとって、自分よりすごくない誰かに救いの手を伸ばされることは屈辱だったのかもしれない。それは◎の想像だったが、間違ってはいないと思った。
それに気づかず周りはオールマイトの存在に浮かれて、ヘドロ事件のレッテルを貼るように勝己にその話を振り続ける。勝己にとっては、きっと今の学校は屈辱的な地獄だろう。
勝己を助けるなんて、そんなことを考えるのはきっと大人だけだ。上級生からはよく喧嘩をふっかけられていたし、同級生には勝己を助けるほどの能力がない。勝己が周りに言う「没個性」は言葉は侮蔑だが真実だ。何事においても勝己より上の人はいない。弱い人間がどうやって強い人を助けるのか。それは恐らく勝己を知る同年代は誰もが思っていて、勝己自身も思っていることだろう。
しかし一つ、その推測に逆らう思い出が頭を過った。
(……確か川で、勝己が落ちた時)
子供の頃に、立ち入り禁止のフェンスを潜って森を探検したことがあった。勝己と◎と伸藤と、他に二、三人ほどいただろうか。丸太を渡っていた時に勝己が足を滑らせて川に落ちた。川は深くなかったし流れも緩やかで大事はなかった。勝己も平気そうにしていた。だけどその後、誰かが勝己の元へ下りて、心配していた気がする。頭を打っていたら…とか言っていたような。その後、勝己はなんと答えていただろうか。結局水浸しのまま探検を続行したはずだが……。
(……まあ、どうでもいいか。昔のことなんて)
誰かが勝己の心配をしようがしまいが、◎には関係ないことだ。思い出したところで何かが変わることではない。
学校中の温度が上がるほどの沸いた空気に、平素以上によそよそしい気分になりながら、◎は窓の外に見えた飛行機雲に平和ね、と、嘲笑に似た気持ちで呆れた。
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