君のヒーロープロセスと蛇足の私。9






(爆豪家/ヘドロ事件直後)



 勝己が商店街でヘドロの敵に取り込まれそうになったのを知ったのは夕方のニュースでだった。
 同姓同名の誰かだろうかと思ったが、爆豪という名字は多くない。しかも地元のニュースだ。自分の幼馴染がそうだと思った後、え、と間の抜けた驚き方をした。







 親しい人が事件に巻き込まれた時、一体どんな態度を取るのが正解なのだろう。心配することだろうか。寄り道して帰るからだと諭すことだろうか。商店街の被害を嘆くことだろうか。初めての事態に◎は自分の身の振り方をぐるぐると考えた。

 だけど◎は勝己の身を心配していなかった。ニュースで事件を知ると共に勝己の無事はわかっているし、勝己が決めたことならば寄り道しようがカツアゲしようが口出しする気もない。商店街の被害など、自分の生活に実害がなければ対岸の家事だ。かといって、何も知らないふりをしていつも通りの態度を取るのは薄情なのではないか。軽蔑されてしまうだろうか。人として何が正しいのか、模範回答を探るほど候補が多くて、そのどれもが正解ではない気がした。

 模範回答がないのなら、自分自身がどう思ったのかを言えばいいのだろうか。だが、それも存外答えがすぐに見つからない。驚いて、ただ少し呆然とするだけ。それ以上のことなんてない。
 自分の薄情さや、勝己に軽蔑されることを心配している時点で、自分が薄情な人間であることを◎は理解している。

 ああ、そうなの。

 それだけが、◎が事件に持った感想だった。







 ◎は自宅へ帰った後は爆豪家に行くのが日課だった。その後は光己の夕飯の支度を手伝ったり、日によっては自宅で何か料理した後に作ったものを爆豪家に持ち込んだりする。

 ●家に誰もいないわけではない。母は仕事で家に帰って来ないことがほどんどだが、父は大抵書斎で書き物をしている。小説家の父は病的にいつも何かを書き続けていて、そのせいで食生活は杜撰だ。本人曰く、空腹でも豆腐を一丁を食べれば充分なようで、あとはお茶を飲んでいればいいそうだ。食欲に欠陥にあるのではと疑いたくなるが、彼は不思議と◎が用意した食事なら残さず食べるのだった。だから◎が何かを作ったり、爆豪家での夕飯後に堂々とおかずを分けてもらえるように手伝ったりしている。
 彼が夕飯を食べる時間は執筆の状況によって変わるが、夕刻以降に食事を用意しておくと翌朝にはぺろりと消えていて皿が洗われている。食事と入れ替わるように食べた感想の手紙が食卓に置かれていて、父のそういった対応が、姿を見られないようにしている小人か妖怪のように思えて◎は好きだった。

 ◎は父を敬愛している。母に愛されていることも実感している。
 それでもこの家にいると不意にどこか孤独で、温もりを求める時は爆豪家を想像する。




 だが、どんなに家族同然に過ごしていても◎は爆豪家の一員ではない。彼女はあくまで●◎であり、爆豪◎ではないのだ。










「勝己!あんた大丈夫なの!?」

 勝己の帰宅を見た光己が開口一番にそう言った。玄関のドアが開くのと同時に台所を飛び出していった。その隣で料理を手伝っていた◎も後を追って台所を出た。
 玄関ではどこか不機嫌な勝己が光己を面倒くさそうにあしらっている。怪我はないのかと口うるさいほどに問う光己に勝己は反抗したが、光己は勝己の頭をスパン! と叩き、見慣れた口喧嘩が始まった。

(あ)

 親子だ。そう思った。今までそれを認識していなかったわけではない。ただ、この家で過ごす日常に慣れすぎたせいで、自分は本来それを向けられないのだと忘れていた。光己の態度は暴力的だが、勝己のことを心配しているからそうしているんだと、今目の前の光景を見ながら過去に見てきた光景も思い出す。家族同然に過ごしていても、自分はこの家とは別の家の子供なのだ。それを今、光己と勝己を見て実感した。

 勝己にかけようとした言葉を考えていた。何を言うかも決めていた。用意していたのに、出せなくなった。今二人に近付いていいのかわからない。親子の邪魔をしてはいけない気になる。親子水入らずという言葉が頭に浮かぶ。こういう時に使う言葉ではないかもしれないが。

 廊下のほんの短い距離が遠くに思えて、突然寂しくなる。だから足をその場に縫い付けたまま二人を見ていた。立ち入れない。近づけない。しかし、だからこそ気付いたのかもしれない。勝己がどこか、怒りのようなものを抱えてることに。

 勝己の様子も、二人の口喧嘩も、自分の寂しさも何一つ動かさないまま、◎は勝己に声をかけることなく台所に戻った。



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