君のヒーロープロセスと蛇足の私。2






(折寺中学校/ホームルーム)



「あのオールマイトをも超えて俺はトップヒーローと成り! 必ずや高額納税者ランキングに名を刻むのだ!!」

 隣のクラスから聞こえて来た声に、一部の女子は密かに黄色い悲鳴を上げるのが聞こえた。嬉しそうに近場の友人と顔を合わせ、目を爛々として口角を上げている。反して男子は苦笑いを向け合っていた。

「すげー自信…」

「フツー言えねえよあんなん」

 ひそひそと囁かれる声を聞き流しながら、◎は前から回ってきたプリントを後ろに回した。黄色い声を上げないまでも、◎も自信満々のその声を聞いて一人少し笑った。

 回ってきたプリントに目を落とす。三年に進級して、早々に配られた進路希望用紙。そこの第一希望には「雄英高校」の文字をイメージした。
 だがそれは◎の希望ではない。先ほど隣から聞こえてきた声の主で、生来からの幼馴染である爆豪勝己の進路希望だ。



 勝己は雄英高校ヒーロー科に進学すると豪語している。明確な目標は聞いているだけで鮮烈で、反射的に思い出してしまうほどだった。惰性に流れる思考に任せれば、自分の進路もそうしてしまおうかとも考える。
 雄英高校ヒーロー科。偏差値79の国立学校で、ナンバーワンヒーローの出身校でもある最高峰のヒーロー育成機関。ヒーロー志望であれば誰もが憧れる狭き門、らしい。

 らしいと他人事のように思うのは、◎はがヒーロー志望ではないからだ。






 ――世は超人社会。
 中国軽慶市の発光する赤児のニュースから始まった、人類の超常。現在では総人口の約八割が何らかの特異体質となり、超常は日常に広がった。そして、超常に伴い爆発的に増加した犯罪件数。法の抜本的改正に国がもたつく間、勇気ある人々がコミックさながらにヒーロー活動を始め、彼らはたちまち市民権を得た。
 ヒーローは世論に押される形で公的職務に定められ、今では国から収入を得られる立派な職業となっている。――…

 ヒーロー。全国の幼稚園、小学生、中学生、高校生の将来なりたい職業ナンバーワンだ。しかしコミックさながらに犯罪に立ち向かうということは、自分の身を危険に晒すということと同義でもある。

 敵――ヴィラン――と呼ばれる犯罪者たちは、超常的な能力を惜しむことなく利用する。ヒーローは市民の盾となりそれに立ち向かわなければならない。しかも敵を力でねじ伏せるだけでは不十分で、市民を無傷で敵から救い出さなければならない。何故か。市民は現金だからだ。自分を助けてくれないヒーローなど、隕石の下敷きになってしまえと平気で思ってしまうのが市民という生き物だ。使い捨てカートリッジのように思われても、ヒーローは不特定多数の市民を助けなければならない。





 ――果たして不特定多数の市民を救うことは、自分の命と天秤にかけてまで重きに値するか?

 ◎の回答は断固、『否』である。





 ◎にとって最も大切なのは、自分。家族。家族同然の爆豪家。本。この四点に衣食住が整えば人生は順風満帆。世は事もなし。
 勝己と赤の他人のどちらかを助けねばならぬ状況に迫られたなら、◎の決断は秒コンマの迷いもなく勝己を選ぶのだ。


 どこに出しても恥ずかしくない慈悲や正義感など皆無。そんなものはどうぞ後光輝く聖人君子にお求めください。
 ……そんな自分の性格を重々理解している◎は、ヒーローになる道を埃のごとく叩き落としたのだった。当然、雄英高校のヒーロー科など選択肢にすらない。

 雄英の学校案内の資料によると、ヒーロー科の他には普通科、サポート科、経営科の学科がある。ヒーローに興味がなくても、三つのうちのどれかを選べば堅実な一般市民になることも可能だ。



 しかし、◎は頬杖をつきながらプリントを見下ろし、コツ、コツ、とシャーペンで点を打った。

(どうしようかな…)

 隣のクラスからは、沸くような大爆笑と爆破と勝己の怒鳴り声が立て続けに聞こえてきた。他人事のようにそれらを聞き流しながら、元気ね、とぽつり思った。


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