十傑パロ。成り上がり勝己と奴隷娼婦notヒーロー志望。






(♀夢/英雄学/爆豪勝己/十傑パロ/notヒーロー志望/個性あり)




一区切り以降話目次

1【買い物に連れて行く】
2【思い上がりな嫉妬】
3【名前】
4【◎が単独の外出を許可された後】
5【仲直し】
6【宴】
7【主のいない家】
8【他人の親】




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勝己と◎は元々生まれた時から一緒に育ったけど、8歳の頃に人買いに攫われて、引き離される形で突然に故郷を失う。抵抗して暴れまくっていた勝己は奴隷市場ではなく闘技場(賭場)に連れられる。来る日も来る日も生きるか死ぬかのデスゲームを強いられ傷だらけの日々。愉快そうに笑う会員たちに、さてどちらが生き残るかと賭けの対象にされ続け、そこに人権はない。数年そこで過ごし、自分と同じ境遇の子供を殺し続けてトップにのし上がる。トップになった後はどうやって客席でニヤつく連中を喜ばせるか考えながら自分より弱い奴を嬲り殺し、明日も生かされるために足掻きながら生きていた。
その後、デスゲームの会長を殺して闘技場を脱走する。

人殺しを見世物として楽しむ連中に反発する意識が深く根付く。悪趣味な金持ちを嫌い、そいつらを楽しませるために必死に考えながら人を殺していた自分にも嫌気がさし、外に出てからは人殺しはしない。もしも人を殺すことを楽しむようになったら、虫唾が走るあの連中と同じになると思った。


その後は会長からふんだくった金でなんとか生きていたが、ダンジョンを攻略して財を得るという生計方法を見つけてからはダンジョン攻略に勤しむ日々。

時折、故郷や幼馴染のことを思い出す。

故郷の場所はわからない。街の名前は覚えている。だが汚れた手で家族と会ってどんな顔をすればいいのかわからない。幼馴染の消息は知る術がない。もう会えないと諦めている。だが記憶の片隅で、平穏な思い出が過ぎり、忘れることができないでいた。





【デクとか切島とかと出会った後】

人買いに攫われてから七年後。


ダンジョン帰り、女を載せた荷車を見つける。奴隷の運搬中。その中に◎と見間違えた女がいた。何年も経っていて顔なんて変わっているかもしれないとは思いつつ、勝己の足はそちらに向き商人を呼び止めた。

「おい、その女いくらだ」

まだ市場に出てないので値はついてない。窃盗防止に商人には屈強な用心棒もついていた。交渉をゴリ押しする勝己に用心棒が手をかけようとするが勝己の方が圧倒的に強い。抵抗できないくらい痛めつけた後に刃を突きつけ、死にたくなきゃ女を売れと、ダンジョン攻略で得た金を地面に撒き散らす。

「手持ちはこんだけだが、足りねぇってんなら追加で積んでやる。だがまァ、こんな荷車に積まれたクソ女の奴隷なんざ、英才教育詰め込んで価値上げたところで相場はたかが知れてるわ。そんだけありゃそこの女四、五人は買えんだろ。なァ、奴隷商人サンよ」

それでも中々首を縦に振らない商人の首に刃を向け笑う。悪人の笑顔だった。

「―――なんならてめぇの首削ぎ落として一緒に買ってやってもいいぜ」

商人と女たちが悲鳴をあげる。その中で、一人だけが平然としていた。
商人が慌てて荷車を振り返る。殺されたくない一心で女を品定めした。

「な、なら、一番上玉を…」

一番髪が美しく、白い肌の女の腕が引かれる。行けば殺されると思い、腕を引かれて悲鳴をあげる女。

「誰がてめぇに決めろっつった!ああ!?んなクソアマいらねえわ!!」

荷物に目をやり、目が合う。

「てめぇだよ。こっち来いや」

しばらく勝己を見つめた後、指定された女が荷車から降りる。ニコリと朗らかに微笑む。

「よろしくお願いいたします。どうぞ可愛がってください」

◎によく似た女は、その場にそぐわないほど落ち着いた挨拶をした。







「お前名前は」

「ありません。好きにお呼びください」

「今までどこいた」

「娼婦教育を受けていました」

「その前は」

「眠らずに石を運び続けていました」

「その前」

「記憶にありません。奴隷は郷愁の念が湧いてしまわないよう、記憶を消されるそうです。私もそうなんでしょう」

「…チッ。娼婦ってこたぁ、てめぇ使われた後なんかよ」

「使う?何にでしょうか」

「、処女じゃねえのか、って訊いてんだよ」

「ご安心ください。貞淑は買い手様のために大切に貫き通しております。その方が売り物として価値が出るそうです。私が教育されたのはご主人様に恍惚を得ていただけるよう」

「もういい喋んな。キメェ」



「…。お前、個性は」

「温度変化です。日の照る夏は肌を冷まし、寒い夜は温めて差し上げることができます」

◎だと確信する。



「はっ。ちっせえ個性だな。で、テメェは他に何ができんだよ」

「家事全般は一通り。あとは嗜む程度ですが楽器の演奏や多少の戦闘を心得ております」

「じゃあその薄気味悪りぃ喋り方なんとかして、俺がいねぇ間は飯でも作ってろや。逃げようとしやがったらぶっ殺す。ドラゴンの火に焼かれたくなきゃ外に出んな」

「かしこまりました。勝己様」

「だから喋り方なんとかしろや!!キメェんだよ!」

「なんとか、と言われましても」

「とりあえず様つけんじゃねぇ。勝己だ。敬語以外喋ったことなくても聞いたことくらいはあんだろうが」

「…はい」

「…てめぇ脳みそ詰まってねぇのか?あ?敬語止めろっつってんだよ」

「……わかっ、た」



買ったのは気まぐれ。お前を選んだのは一人だけ動じなかったから。どこまで痛めつければ表情を歪ませるのか一番楽しめそうだった。言い訳のようにそう考えた。




翌日。
勝己は家の中で何がどこにあるのかとかを伝えて、腹減ったらあるもの勝手に食えとか色々教えてからダンジョンに行く。
ダンジョンの後買い物やらして暗くなってから帰って、窓に明かりと人影があるのが見えて、逃げてないことによし、と思って家の中に入る。

「おかえりなさい、勝己」

透けたエッチな下着姿の◎が、勝己を迎えた。
絶句。

「…てめ、んだそのカッコ…」

「昨日着ていたものは洗濯しまし…したから。こういうの、好き?」

透けてるので、身につけているものの下着はあってないようなもので。呆然とする間つい目が離せなくなる。
当然、勝己が渡したものではない。娼婦として、男をその気にさせるために与えられた下着だと理解した。瞬間目を逸らし、素通りして奥の部屋に行く。一番手近にあった自分の昔の服引っ張り出すと◎に投げ付けた。

「着ろ」

「え」

「早くしろ!!ンなもん見せんな!」

ビクとして、服を抱く。少し落ち込んだ様子で「はい」と小さく返事して奥の部屋に消える◎。溜息を吐いてテーブルに着く勝己。

テーブルには皿が一人分。
コンロの鍋からは湯気が上っている。

『こういうの、好き?』

(…フざけんな…ッ!クソが!!)

当然のように体を見せて微笑む姿なんて、見たくなかった。
『教育』でそういうことができるようになったんだろうと、娼婦に仕立て上げた連中を殺したくなった。

「…勝己、様」

「ああっ!?」

「着ました」

「…敬語使うなっつったろうがクソ女」

「…ごめんなさい、勝己」

「…チッ。はよ座れ」

隣に座る。

「つーかてめぇ皿は」

「…出してるでしょう?」

「てめぇのだよ」

「あ、ごめんなさい。私はもういた…食べちゃった」

流しを見る。洗われてる皿はない。
鍋の中も見たが減ってるようには見えなかった。

「何食ったって?」

「パンを」

「減ってねえ」

「半分残ってたものが」

「スープにもつけねぇでこんな固ぇパン食ったんかてめぇは。ほとんど減ってねえしよ」

「食事は同席を求められない場合は一番粗末なものを食べるようにと」

「そもそもそのまま食うためのもんじゃねえんだよ。まともに飯も食えねえのに家事ができるとかほざいてやがんのか?あ?」

「…ごめんなさい」

はー。

「ウッゼェ。いちいち謝んな」



◎の皿も出して二人でご飯。
柔らかいパンを出してあげて食べる。

「もっと普通にしてろや」

「普通…」

「俺は娼婦が欲しくてお前を買ったわけじゃねえんだよ。色気出そうとすんな。俺が昨日言ったことだけやってろ。次ふざけた格好で出てきやがったら殺すからな」

「わかった」

「あとな、俺ぁ自分だけまともなモン食って、買った奴隷にクソみてぇな飯食わせて楽しむような胸糞悪りぃ趣味はねえ。一人でまともに食えねえなら俺が帰るまで食うな。そんだけ体に肉ついてんなら普通に量食えんだろうが」

「うん」

「わかってんなら普通に食えやカス。面倒かけんな」

「ごめ…あ、うん。わかった」

食器の音

「あの」

「んだよ」

「料理、お口に合いますか」

「…」

きつく睨んでくる勝己に、敬語を使ったことに気づいて、あ、と口を噤む。

「。…美味しい?」

「…ああ」

「よかった」

ほっとして笑う。



それから毎日ご飯を一緒に食べてる。

◎は、娼婦が本来するべきことをして拒否されたので、勝己の行動が理解できず疑問を抱く。
今まで何も考えないようにしていたので思考力は拙い。

勝己は本当に料理を作るくらいしかさせない。家から出られないので掃除や洗濯をしたが、もともときっちり生活がされており、家の中は清潔で快適だった。誰かからの世話を必要としているとも思えない。
洗濯しに水場に行ったり干すために外に出るのは許容範囲らしくドラゴンは攻撃しない。でも外に出ると休ませてた体を起こしてじっと◎を見る。逃げようとは思っていないが、逃げたら焼かれるのは間違いないらしい。

相場で四、五人買える金でどうして一人だけ持ち帰った?
もし逃げても、それだけの財力があるならまた新しく買えばいいのでは?


色気を出すな。
娼婦として買ったわけじゃない。

…それなら何のために買ったのか。

(奴隷…?)

それにしては、信じがたいほどかなり厚遇されている。敬語を使わせない。毎日同じテーブルで温かい食事を摂らせてもらえる。苛烈な仕事を強いられることもない。ふかふかのベッドと個室の支給。

初めてそのベッドで寝た夜、慣れない柔らかな寝床に寝付けず翌朝主人より遅く起きたが、それを叱責はされなかった。それどころか主人自ら朝食を作り「食え」と起こされる始末。

―――ごめんなさい勝己。
―――うるせえ謝ってねえでさっさと食え。

そんな会話をした。勝己が作ってくれた食事はこれまで食べたものの中で一番美味しかった。

買われた日に即肉体関係が成立すると思ったのに、むしろそれは拒否された。
寝坊した日、反省して床で寝たら勝己に見つかって怒られた。
口と態度は粗暴だが、主人と対等に扱おうとするように思えた。そんな奴隷があるだろうか。
…わからない。

勝己は何を求めているのだろうか。
それはどれほど考えても雲を掴むようだった。



勝己が言いつけた仕事だけでは時間が余り、◎はどうすれば勝己に気に入ってもらえるのかを考えた。
娼婦として扱われなくても、せめて女として男に施すように恋人まがいのことをしようとする。

「勝己、あーん」

「あ?なんでこの俺がてめぇの手から食わなきゃなんねんだよ。自分で食えや」

「…そうよね」



「勝己、背中流すわ」

「俺がてめぇに手ェ借りなきゃなんねえほどジジイに見えんのか」

「…ううん」



「耳掃除」

「いらねえ」

「…そう」



「勝己、ご飯できた」

「おお」

試みは全ていなされた。言いつけられたことをすれば受け入れてもらえた。勝己は◎が作った食事を残らず食べる。奴隷が作ったものであるにも拘らず、◎に先に食べさせたり、動物に毒味させることもない。警戒心がない人ではないはずなのに。

「明日、何か食べたいものある?」

「辛えの」

関係はおそらく悪くない。
だが、勝己は◎に指一本触れない。



◎を抱かない勝己。
◎は娼婦として育てられたため触れられないことに不安になっている。




「勝己は私を抱かないの?」

「ああ?てめぇそんなに抱かれてえのか」

「私の価値は抱かれることだもの」

「ンなもんドブに捨てとけ。そういうつもりで買ったわけじゃねぇっつったろ」

「じゃあどういうつもり?処女が好きなの?」

「黙れ死ね」

「知りたいの。教えて」

「てめぇに教える義理はねぇ」

「あるわ。私は娼婦で勝己は私を買ったんだもの」

「ンなもん買ってから知ったわ」

「どうして教えてくれないの?」

「うっせぇな黙れっつってんだろ!!」

「言えない理由があるの?」

押し倒す。苛立ち。ナイフを突きつけて脅す。

「―――しつけぇんだよ。そのうるせぇ口無理やり塞ぐぞ」

「うん」

ほ、と幸せそうに微笑む。
やっと娼婦になれると、求められることに安堵する。与えられるものが痛みでもよかった。
性欲処理と暴力は、娼婦や奴隷として受け入れるべきものと認識している◎。それがないと奴隷であることを忘れてしまいそうになる。

その優しい表情を見て、ひどく哀れなものを見る気持ちになり、胸が抉れた。

(…何笑ってんだ)

抱く気になれない。それは買い手に向ける安堵で、買ってくれた相手なら誰でも良かったのだ。勝己でなくても。
虐げられることを当たり前に受け入れる、むしろそれを求める心の死んだ奴隷。◎に恐怖心はなかった。


―――…おかしいだろうが。俺だけ覚えてて、てめえは俺を忘れてるなんざ。ガキの頃はいつも横にいただろうが。なんでだよ。


必要とされたいと思っているくせに、求めているものはなんて尊厳のない。◎は骨の髄まで奴隷だった。


「クソが」

退く。その日も抱かない。



―――
この間に◎が、個人的感情で勝己に対して好意を抱く何かがある
―――





デクの訪問に◎が出てから、勝己の家に女がいることが1Aに広まる。デクは薬草を届けに来た。

切島

「そういやお前最近女と暮らしてんだって?」

「あ?なんで知ってんだクソ髪」

「緑谷から聞いた。早く帰った方がよくねえか?」

「んでだよ」

「だって恋人だろ?」

「ちげえよ奴隷だ。見かけてなんとなく買っただけだ」

「そんな理由で奴隷買わねえだろ」

「…」



「―――ツラが知ってるやつに似てた。そんだけだ」






勝己の家(勝己不在)
切島と◎の会話


「娼婦です」

「え?」

「一度も抱かれたことはありませんが」

「あー」


「それ、ただオメーのこと助けたかったんじゃねえかな」


「知ってるやつに似てるって言ってたぜ」







「私、誰かに似てるの?」

「あ?」

「切島様に聞いた」

「…チッ」

(余計なこと言いやがって)


「恋人?」

「ちげぇよ」

「じゃあ、初恋の人とか?」

「うるせぇ詮索すんな」

(お前だよ)





「その人の代わりでもいいからね」





(…んだ、それ)


「てめぇ次それ言ったら本当に殺すぞ」

俺があそこで買わなかったら、別のやつに抱かれてンなこと言ってたのかよ。
俺のこと散々踏み躙って、そうまでして娼婦になりてえかよ。



この時◎は勝己に好意を持っていて、娼婦だから役目を果たしたいとかは関係なく、自分ができることで勝己を慰められるならしてあげたいっていう気持ち。好いた人に似ているなら、触れたいと思うのは然るべき欲求だと思った。
自分が勝己に抱かれるならこの上ないことだけど、勝己が娼婦として自分を魅力的に感じていないことはこれまでの生活で理解していたので、誰かの代わりでも触れてもらえるなら自分がいいってのが密かに胸の内にある。


ただ自分はあくまで娼婦で、娼婦にそんな感情は必要ないので、そんなことは口が裂けても言おうと思わなかった。



―――

この間に結構時間が過ぎて、◎が勝己に好きと告げられる何かが色々ある。

―――


「私、勝己が好きよ」

「」




(勝己の性への嫌悪)

闘技場時代、娼婦を連れていた会員がいた。それが娼婦なんて着ている服の淫らさを見れば誰でもわかった。露出が多い。
その会員が勝った勝己のいるリングに娼婦を投げ込んで殺すように言い渡した。
女は絶叫して自分の主に助けを求めた。勝己を虎かライオンとでも思っているような取り乱し方だった。

「だってお前フェラ下手なんだもん」

勝己はその女を殺した。リングの上では勝たなければ死ぬからだ。
そのとき娼婦は戯れに殺される存在なのだと認識した。
殺した女の首をその主の前に放り投げた。その態度が気に入られ、勝己は以来比較的優遇されるようになった。同時に勝己と戦う相手の難易度が上がった。

「お前がどうしたら死ぬのか見んのが楽しみなんだよ」

という経緯があり、露出している女が苦手。娼婦のような格好をされると「いつか気まぐれに殺される女」と思ってしまう。


どっかでセッする。

はじめはいつもの格好のまま、勝己の処理をしてあげた。勝己は最初抵抗してたけど、気持ちよくなってあんまり抵抗できなくなる。
触られ方を覚えてやり返す。

「…やだ」
「てめぇ娼婦だろうが」どうせ慣れてんだろ
「だって、触り方が…なんかゾクゾクする」
「お前がやってたことだろ」
「でも、んっ」
「…」


「てめぇ、されることについては何も教育されてねえんだろ」

(面白え)

―――『よろしくお願いいたします。どうぞ可愛がってください』

「たっぷり可愛がってやんよ」


◎はセックス=暴力の認識があって、進められる行為に対して痛めつけられる次の手をずっと考えていたのに、一つも想像通りにならない。睦むような触れ方にだんだん変な気持ちになる。

時間をかけて愛撫をし、体の隅々まで触れた。施すことの教育は受けていたが、施されることは教育の範疇から外れており、熱烈に触れられること、体の反応をじっと見られることを◎は恥じた。
奴隷娼婦は痛めつけられることは想定されども、愛でるように優しく抱かれることなどない。仮にそんな酔狂な男がいたとしても、自分が向かう市場にはいない。そう教わっていた。

処女を失った後は、吊るされて鞭で打たれて、喉が枯れるまで悲鳴をあげる。痛み以外はなにも与えられぬまま、やがて死を迎える。教育を受けていた折、想像していたのはそんな末路だった。
なのに、どうしてこんな。

されるがままに優しく撫でられることに耐えかねて、体を起こして自分も勝己に返そうとする。

「私も」

「うるせぇ黙って寝てろ」

「…でも、されるだけなんて」

恥ずかしいと、◎は吐息に混ざる極めて小さな声で言った。

「だからだよ」




「声出せ」

「…っ、…や」

「聞いてるやつなんていねーよ。ドラゴンに人間のセックスわかるわけねぇだろ」

「勝己に、聞こえる…」

はっ。
「そんだけ出したくねえなら、絶対ぇ声出すなよ」

そう言われると声を我慢することにも興奮した。


挿入。
艶っぽい息を吐く勝己
勝己の表情を見て堪らなくなって、◎も少し息を乱しながら問う

「気持ちいい…?」

「っるせ…」



奉仕と睦みは異なるものなのだと知る。


事後



「勝己はその人が好きなの?」

「…なんでてめぇは、自分が抱かれてるくせに他のやつのこと考えてんだよ」


「そもそもてめぇがただのムカつく奴なら、ここに置いてやってねえ」

「………勝己は私が好き?」

「訊かねえでもわかれや。そんくらい」


ふふ。

「私、勝己が好きよ」


以来勝己からのスキンシップが増える。
開発されていく。◎から学んでいるため基本触り方が優しい。さぐりさぐりだからもある。

思っていた体の求められ方と違うから戸惑っている。
もっと乱暴にされるものと思っていた。

自分が優しく触るからだと思ったが、勝己に乱暴にはできないからされるがまま。
恥ずかしい。





ここで一区切り。記憶は戻らない。

この時◎は、自分以外に勝己の本命がいたとしても受け流せる。自分にとって特別な人というよりは、態度は粗暴だけど優しい人として認識する。奴隷の刷り込みがあるため根本的に勝己と自分には覆せない立場の違いがあると思っている。

◎は奉仕すごく上手いんだけど、教育で仕込まれたテクニックなんて勝己は死んでも受けたくないから◎が責めようとするとキレる。でも◎が奉仕する夜のシーンも入れたい。死ぬほど悔しいけど勝己はそれが気持ちよくて反応してしまって、絶対に声出さないように抑えてたけど吐息と声が漏れたりする。

「勝己の声聞きたい」

「っ、死ねカス」

そういう戯れのシーンもほしい。





1【買い物に連れて行く】



以降は切島以外の1Aと絡んだり、一緒に街に行ったりする。勝己は◎のパンツとか服とか買ってないから買い物しなきゃいけない。最初は買ってやんねえとって思ってたけど、勝己一人で女物の服とか下着買うの無理なので今までやり過ごしてた。
今までどうしてたかっていうと、服は自分のお下がり渡したりダンジョンでゲットした女物の装備品を売らずに持って帰ったりして、パンツは今まで穿いてなかった。もともと奴隷で穿いてないのが当たり前だったからそのへんは本人も気にしてない。でもパンツを与えられたことによって人権を与えられた気分になって、はじめの頃よりは娼婦気分はなくなってくる。でも記憶をなくしているせいで、大前提として奴隷・娼婦が自分の存在意義と思っておりその刷り込みは簡単には払拭できない。

なので下着を買うときも普通のよりはセクシーなものを選んで、あまりの布面積の少なさに勝己に怒られたりしてる。

「なんっでこんな意味ねえもん買っとんだ!」

「勝己が喜んでくれると思って…」

「だからその根性直せや!俺にこんな変態シュミはねえ!」

「ごめん」

※でも実際に着てるのを見て触ると悪い気はしなかった。





他人の目が入ることによって、フラットな視点では自分は娼婦だと思うようにしてほしい。家の外では感覚がリセットする。

一緒に街に行く。女の同伴でも女の店になんか行きたくないのでその間だけ別行動。終わったら来いと伝えて装備品を物色する勝己を、四人で買い物していた上鳴・瀬呂・峰田・緑谷が見つける。


「お、爆豪めっずらしー。一人?」

「消えろモブども」

「うわー安定」

◎の話になる。爆豪が気に入ってるくらいだからどうせすっげー美人なんだろ?見てー見てー見せろみたいな話。主に上鳴が喋ってるけど峰田も瀬呂も興味ある。無視してたけど絶えず話しかけて来るから鬱陶しくて勝己爆ギレ。

「クソデクてめぇ誰彼構わず触れ回りやがって殺すぞ!!」

「ご、ごめん!まさかこんなに広まるとは思ってなくて…」

勝己を探してた◎が怒鳴り声に気づいて来る。

「勝己。終わった」

「え?」

「お?」

「あ」

「は?」

↑四人。
勝己と一緒にいるから知り合いかと思って微笑む。

「こんにちは。私は勝己の」

「余計なこと言うなカス。行くぞ」

四人をすり抜けて、◎の腕を引いて離れる。


「ついて来やがったら殺すぞ」


呆然として目で追った後、はーと息を吐く上鳴。

「美人だけど…なんかイメージと違ったな」

「あー。俺もっと性格キツそうな金髪のグラマーかと思ってた」

「そうそうそう!そんな感じ!」

「はー、ああいう従順そうなのがタイプなのね爆豪ちゃん」

滅多に街に来ないのに女に付き合って来てるってことは面白いもの観れるんじゃねえの?って思って後を尾ける。出久だけ「まずいよ」って言ってるけどついて行く。



「てめえさっきなんて言おうとした」

「娼婦と」

「それ言ったらブッ殺すぞ」

「じゃあ、奴隷…?」

「俺が奴隷の買い物に付き合ってやってるってか」

「…」

「思いつかねえならなんも言うな」

実際勝己も、自分たちの関係についてはなんて言ったらいいのかわからないでいた。感覚的には恋人でもなく、今更兄妹や幼馴染でもなく、ただ一緒にいるだけだった。


外食。向かい合わせで食べる。
四人は離れた席で二人を観察してるけど、別に普通。というか会話も多くないしあんまり恋人っぽくも見えないから、「あの子なんだよな?一緒に住んでるの」という会話もコソコソ話してる。

勝己がなんか崩れやすいもの食べてる時、ソースがズボンに落ちて、気づいた◎が席を立って拭こうとする。その時勝己の前に跪いたので、イラっとして「いらねえよ!余計なことしねえでとっとと食えカス!」と怒鳴る。その時にはもう怒鳴られることにも慣れてて、「うん。ごめん」と引き下がる。

跪いた時、まるで女が男に奉仕でもするようだった。その動きは流れるようで、まだ娼婦が抜けきれてないのだと余計にイラついた。

奉仕するように見えたのは四人も同じで、二人の間に主従関係を見る。だが、平素周りを下した態度を取る勝己が、◎が自ら下になることを拒否するように見えて奇妙だった。



2【思い上がりな嫉妬】



◎が甲斐甲斐しく世話をしようとするのは、自分が奴隷であることを自覚している故。人として扱われている自分が奇跡的に恵まれているとわかっているから、少しでも勝己に色々してあげたい。

「身に余ることだわ。だから」

「普通だろが」

「奴隷にとっては普通じゃない」

「生まれは普通だろ。消された記憶があんならよ」

答えようと口を開いたが言葉を飲む。勝己の言葉が何か引っかかった。

「人売りに捕まんなきゃ、てめえは普通に生きて、普通に飯も食えたんだよ」

「…」

勝己の言葉に何かを感じる。

「ねえ、勝己」

「あ?」

「私と似てる人って、どうしてるの?今は」

少し黙る。

「んなもん、てめえに話したところで何も変わんねえだろ」

「そうだけど」

似た女を買うということは、もう側にはいないということ。勝己の言う「普通」は、ここにはいない人間に向けられた言葉に思えた。

それは勝己の追想の中にある◎に向けられたものだったが、いまここにいる◎はそんなことに気づける術がない。全ては失われた記憶に攫われた。

「私、勝己のこと好きだもの」

「理由になんねえよ。つーか、もう忘れたわ」

「その人のこと、好きだった?」

「その話二度とすんな」

故郷を離れる前の話をすると、どうしても闘技場のことを思い出した。自分の日常を奪った人売りが腹の底から憎らしいこと、趣味の悪い金持ちを喜ばせるために人を殺したこと、毎日残酷な方法で人を殺した毎日のこと。思い出したくないのに、嫌悪感が伴う記憶は粘つき克明に残り続けていた。それらが頭の中を過ぎる度に苛つきが沸騰する。

◎の言う「その人」が、◎自身だと言うつもりはなかった。◎はその時をもう忘れている。本当のことを言って、今まで自分たちが離れていた経緯を話したら故郷を強制的に奪われたことも知らせる。刷り込まれた奴隷根性に、本来は石を運ぶ必要も、男に媚びる必要もなかったと話して存在意義を崩す必要はない。今がいいとは思えないが、わざわざ失望を与えることもない。
それに、話したところで、勝己のことを思い出すわけでもない。



「今の俺にはもう関係ねえ。てめえにもだ」



二度と離れず、共にいれればいい。

「何心配してんだか知らねえが、仮にそいつが俺の前に姿見せたとしても、別に何も変わんねえわ。てめえは俺がはじめに言いつけたことしてりゃいい」





その日の会話を、その日のうちに何度も思い出した。
その会話と共にこれまでの自分たちを並べて、遡り続けた先で、この家に来て、外から帰った勝己を初めて迎えた時に辿り着く。

―――『早くしろ!!ンなもん見せんな!』

あの時、◎は確かに娼婦だった。
…。…ああ、そうか。だから…。

(…好きだったから、見たくなかったのね)

男は初恋を忘れない生き物。娼婦として男を学ぶために教わったことだ。そして性癖は初恋の相手によって転び方が変わる。
勝己にとって、◎に似た人がそうだったのだろう。

(だから、あんな顔したのね)

想い人に似ている女が恥もなく体を晒したら、きっと嫌だろう。彼は睦むように◎に触れた。そんな触り方をする人。その中で彼が育てた気持ち。
深く考えずとも、どんな風に想っているのかは察しはつく。風貌や態度によらず、彼は良くも悪くも純粋な人だと、共に生活するうちに感じていた。

(私、あの時、勝己のこと傷つけてたのね)

羨ましい、と奥歯を噛んだ。

そのことはもう忘れようと思った。勝己はああ言ったのだから。今自分は身に余る幸福の中で生きることができているのだから。
これ以上を求めてはいけない。嫉妬など。おこがましいにも程がある。自分は所詮、勝己が捨ててしまえば死ぬだけの奴隷なのだから。

仮に奴隷として運良く代わる主人に拾われたところで、自分が勝己のいない場所で生きていけるとはもはや思えなかった。そう思う理由を◎は心の中に見つけていた。それは何人たりとも触れてはいけない深い胸の中に閉じ込めた秘密だった。
求められる以上に、求めてはいけない。

―――男は初恋を忘れない生き物。

どうかその人が、二度と勝己の前に現れませんように。そう強く願った。
いざ本当にその人が勝己の前に現れたら、勝己の考えが変わると思った。



↑はじめの頃より勝己へ向ける好意が膨らんでおり、軽々しく好きと言えなくなっていく◎。
(これ以降◎は無意識に勝己にどこか遠慮する。自分から求めることに怯える)




3【名前】



冬。
就寝。

「◎、こっち来い」

「…?」

「ぼさっとしてんなカスはよしろ。寒ぃんだよ」

「◎?」

「なに抜けたツラしてんだ。てめぇの名前だろが」

「…え、ああ、そうなの?」

「ああ?今更なに…」

その時初めて気付いた。
かなり一緒にいながら、今まで一度も名前を呼んだことなかった。

「…」

「私、◎っていうのね」

「…そうだよ」

同じベッドで寝る。

それは、勝己の記憶に残り続ける誰かの名前なのだろうか。

過ぎった思考は冷たい空気に捨てて、体温を上げてベッドと勝己の体を温めた。勝己の腕の中では脇目も振らず幸せだけを見た。そうしようと強く努めた。





4【◎が単独の外出を許可された後】



買い物とか勝手に行けるので、買い物とか雑用的なものは◎がやるようになった。勝己は今日もダンジョン。◎を見張る必要がなくなったのでドラゴン乗って遠くまで行ったりする。

「今夜、食べたいものある?」

芋と肉を草で包んで蒸したやつ、と伝えて勝己は家を出た。

買い物の帰り、泣き声が聞こえてその方へ行く。どこのダンジョンからやってきたのか、下方の景色の中に敵がいた。それが進む先を見ると、幼い子供が二人。少年が少女の手を引いて、必死に敵から逃げていた。少女は足をもつれさせながら、泣きながら少年について走っていた。

一瞬。何かと重なった。

助けねばならない気持ちになり、荷物を置いてその方へ下りた。武器はない。教育された時に教わった戦闘は、心許ない技術。
子供を見て、怖がっている、ではなく、"怖い"と思った。追われることは怖い。

敵に石を投げて気を逸らしたり、子供から敵を引き離す際に攻撃を負傷する。血が流れた。

泣いている子供を連れて隠れる。
不安そうに泣きながら見上げて来る子供。

「…大丈夫よ。助けてあげる。怖いものがないところに連れてってあげる」

自分にこんな慈悲があったのかと、心底意外に思った。

(痛い…)

そういえば、勝己に買われてから痛い思いをしたことがない。

(今日のご飯、作れない…)

怒るかな。そう思って、どうして自分が見知らぬ子供にこんなに必死になっているのかわからなかった。

追われることは怖い。何故かそれが何度も◎に言い聞かせてきた。




夜。
ドラゴンに乗って上空から戻ってくる。

「…あ?」

暗い。
家に電気が点いていなかった。
胸が騒ぐ。

家の中に入る。食事の用意は無く、物音はない。

「おいクソ◎!」

部屋のドアを開け、シーツを捲ったが、◎はいなかった。

ゾワ、と肌が痺れる。反射的に子供の頃を思い出した。一人だけ知らない場所に連れて行かれたことを。

足早に家を出て家の周りを探す。暗がりの中で、掌から爆ぜる光で辺りを照らし姿を探した。
木の根元に袋を見つける。肉と芋。ハーブ。今朝自分が◎に何を食べたいと言ったかを思い出す。

(どこ行きやがった)

更に探索すると、皮の剥けている木を見つける。人が歩いた跡。敵が攻撃したらしい傷ついた木。踏まれた草。

血。

「…おい、おい」

冷や汗が流れて、口が歪んだ。
嫌な予感を否応無しに抱えたまま、勝己は進んだ。





どうしよう。そう◎は思った。
逃げている間に敵の巣の傍まで来たようだった。夜が深まるに連れ数が増えている。

朝になるまで待つしかないか。だけど不安な子供を連れたまま、一晩何事もなく過ごすことなどできるのだろうか。

どうして、何の義理もない子供を助けようとしたのだろう。
後悔よりも純粋な疑問として、◎はそう思った。

何かが、一瞬はっきりと彼らに見えた。
それは記憶を振り返っても、思い当たる風景はない。なら、もしかしたら…。


BOOM!と激しい爆発音が遠くから響いた。何、と身を隠しながら辺りの様子を伺う。傍にいる子供が怯えて◎の服を掴む。

「―――!!」

勝己の声だった。
敵が爆発の方に向かって行く。あんなにたくさん。役に立たないとわかりながらも、その方に行くべきかどうか迷った。だが子供が◎を引き止めた。

爆発音が近付いてくる。
閃光の中で、勝己が敵を倒して行くのが見えた。

(…すごい)

◎は一匹に苦戦して逃げ惑っていたのに。


勝己に向かう敵がいなくなった後、肩で息をする勝己。
◎は潜めていた姿を勝己の前に見せた。

「…勝己」

はっとして◎を見る。息を切らしながら、その目は警戒を解いてほゥ、と息を吐いた。

「てめえ、こんなとこで」

勝己が近付くと、◎の服を握る子供が声をあげて泣いた。目を見開き、足を止める。

「…んだ、そのガキ」

「追われてて…」

聞いた瞬間、踏みにじられたような気持ちで勝己は笑った。ひどくイラついた。自分が与えていた指示よりも見知らぬ子供を優先した◎に腹の底からムカついて、激しい苛立ちが口を動かす。

「はっ!そんでクソ雑魚のてめぇは身を呈して助けてあげましたってか!立派なモンだなぁオイ!そうだったわ、てめぇはクソみてぇな連中からクソみてぇな女にされて、クソみてぇな奴に買われた時のために戦えるようになってんだもんなァ。弱えくせによ。いつからそんな正義感身につけて他人様に振る舞うようになったんだよ、あア!?」

前まで来ると胸ぐらを掴んで引き寄せる。

「てめぇ本当に脳みそ詰まってねぇんだな。言われたことだけやれって何べん言ったらわかんだクソが!!忘れてんのか!?てめぇは俺に買われたんだよ!人並みに扱われて胡座かきやがって!!思い上がって勝手なことすんじゃねえ!!そんなに死にてぇなら俺が殺してやるよクソ女!!」


降りかかる言葉は攻撃的で、酷いことを言われていることに瞳が震えた。どうして、と悲しくなる。同時に、自分を正当化するそんな思考が沸いたことに信じられなくなって居たたまれなくて消えたくなる。
正義感なんて立派なもので助けたかったんじゃない。だが、それに代わる理由は一体なんだったのか。
自分の行動がわからなくて、勝己の言葉にひどく混乱して、激しく動揺して勝手に涙が落ちた。

「…ごめんなさい、勝己」

勝己の言うことは正しい。
仮に反論を許されたとしても、勝己の言葉は何も言い返せない正論だった。

だが、例えばそれが人道に反する倫理観のない言葉だったとしても、勝己の言うことは正しいのだ。◎にとっては。そんなことも忘れていた自分に失望した。


手を離す。


「ガキ連れてくなら一人で行け。俺は行かねえ」

「……はい」

「敬語使うなっつったろ」

「…うん」


勝己の背中を見送る。
周りに敵はもういなかった。



勝己はテーブルに着いて、自分が浴びせかけた言葉を思い出していた。
暗がりの中で、目からすっと落ちたものが見えた。

(………、クソ…)

あいつの足で、街までどんくらいかかる。ガキの家は。往復の時間は。道の血。あいつの血か。怪我。
イライラ。

『追われてて…』

だからなんだよ。
てめぇには関係ねえガキだろ。てめぇが楯になって守る必要がどこにあんだよ。



遅い。僅かな時間しか経ってないにも関わらずそう思った。



かなり時間が経った後、外から足音が聞こえた。
ドアの方をじっと睨む。
足音がドアの前で止まって、しばらくした後にドアがそっと開いた。

「………ただい、ま」

◎がそれを言ったのは初めてだった。

「…」

「勝手なことして、ごめんなさい」

「…」

「夕飯、」

「いらねぇ」

怪我をしている腕は、服を割いて止血されていた。

「座れ」

言う通りにする。
手当てをする。◎に触れる手は丁寧だった。

「家から出たら殺す」

「…うん」


出久に薬を届けさせて、ドアの前で奪って金を投げつける。その間無言。
理不尽だけど頼まれたら受け入れる出久。



5【仲直し】



時間が経つと勝己も冷静になってきて、言い過ぎたと思いつつも性格のせいで詫びることができない。◎も落ち込んでいて口数が減った。何かを考えているようでもあった。

怪我が治った後、外に連れ出す。
甘い物がある小さいお店。そんなに女の子っぽい店じゃない。昼は軽食で夜はお酒的なお店。別に酒は昼でも飲める。
メニューを◎の前に投げる。

「好きなもん頼め」

「…勝己と同じ物」

「好きなもんっつったろ」

「だって、こんなお店初めてだもの。何がいいかわからない」

チッ。

勝己が注文する。
コーヒー二つとケーキ一つ。

「いつまでもシミったれたツラしてんじゃねえ。気分悪ぃ」

「うん。ごめん」


「勝己、まだ怒ってる…?」

「訊くな、いちいち」


「てめぇが同じことしなきゃそれで済む話だ」

「…」

返事をしない。
どうして身を呈してまで子供を守ろうとしたのか、自分でもわからないから返事ができなかった。
言うか言うまいか迷った後に話す。

「同じようなこと、私にもあった気がして」

止まる勝己。表情は変わらない。
お待たせしました、と注文した物がきた。
ケーキを◎の前に出す

「食え」

「え、なんで」

「いいから食えや。何度も言わせんな」

「うん」

一口食べる。美味しいと呟く。


「記憶ねえんだろが」

「…うん」

「それにだ、てめぇに同じようなことが仮にあったとして、なんでガキを助ける理由になんだよ」

「なんで」

「てめぇが誰を助けても、てめぇの何が変わるわけじゃねえ」

「…そう、なの?」

「あ?」

勝己の言葉に、疑問を返すのは初めてだった。
平素は何も考えてないと思えるほど従順なのに。

「怖いって思ったの。誰かに追われることが。追われていたのは私じゃないのに。だから、助けてあげられたら、怖いってものが、消える気がして」

「…」

「…ごめん。なんでもない」

(恐怖は人間の根本にある本能的な感情)

◎が自身の感覚として「怖い」と発したことに、初めて人間らしさの片鱗を見る。その中にあるのは、自分たちが故郷を失った発端だろうと勝己は気付いた。それでも何を言えるわけでもない。


一口食べただけでそれ以上ケーキに手をつけない◎。

「もう大丈夫。ありがとう」

そろそろ夕飯の支度しなきゃと言う。怪訝な表情を見せる勝己。

「残してんじゃねえよ」

「だって、美味しくて。一人で食べるなんてもったいないもの」

「…」

はーと面倒くさそうな溜息を吐き、おもむろにフォークを取る。真ん中から半分に割り、大きい方を手づかみして自分の口に運ぶ。咀嚼しながら、勝己は嫌そうな顔をした。

「甘ぇ…」

「…」

「あとはてめぇが食え」

「…うん」

小さく笑う。嬉しい。幸せそう。





6【宴】



◎が助けた子供は隣国の王子王女。ちょうどその時敵によって隣国に危機が迫っていて、二人は疎開的に城から離されて、立場を隠すために服装も平民と同じだった。
王子が隔離生活に退屈を持て余して、王女を連れて抜け出して出回ってたら迷子になって敵に追われて◎に助けられた的な。

轟の城が救援を求められ、出久パーティが敵の巣窟へ行く。ダンジョン攻略のためにやって来てた勝己パーティもたまたま一緒になって(勝己は嫌がってた)、他の1Aパーティもいて総勢20人で敵を倒して隣国の危機を救った。

轟の従者から1Aそれぞれに使いが出される。隣国が感謝の印として宴を催す。
勝己は助けるために行ったわけじゃねえって無下にあしらったけど、◎は必ず来るようにと言われて、結局二人とも行く。

隣国の城

「てめぇ半分野郎!余計な使い寄越しやがって!死ねカス!」

「だったらお前は来なきゃよかっただろ」

「こいつは俺の持ちもんなんだよ!」

「持ちもんって…爆豪」



「お姉ちゃん!」

王子と王女来る。王女が◎に抱きっとタックル。

「元気だった!?」

「うん」

「怖いお兄ちゃんにいじめられてない?」

「あ゛?」

後ろで瀬呂とかが爆笑してる。◎も少し笑う。

「いじめられてないわ。一度も」

王女に連れられる◎。
王子は残って勝己を見上げる。少し睨んでる。
みんなが案内されていく中、王子が勝己を呼び止めて二人だけ残る。

「おい、本当にいじめてないだろうな」

「るっせぇな。ねえっつってたろ」

「僕はお前に訊いてるんだ」

「ウッゼェ」


「俺もてめぇに言いてえことあるわ」


「自分の身も守れねぇクソ雑魚のガキが、弱え奴連れて危ねぇ場所行くんじゃねえよ。怖えって思ってから後悔しても誰も助けちゃくんねえぞ」

「偉そうな口はそれができてからしやがれ。クソガキ」

宴。豪勢な食事。
切島たちと一緒に食べてるけど、◎が戻って来ない。

(あいつどこ連れて行かれやがった)

城の中なのであんまり心配はしてない。

王女の声がしてそっちを見る。手を引かれている綺麗な女がいたけど見たことない奴で、顔顰めて「あいつどこにやったあのガキ」って一瞬思ったけど、手引かれてるのはドレス着せられた◎だった。
気付いてびっくりして唖然とする。

「見て見て!きれいでしょ!」

王女の顔見知りの轟のところに連れて行かれる。
轟も誰だかわかんないけど、周りのお茶子とか八百万とか女子が気付いて、ああとなる。

「爆豪の連れか。ん?いや、今日だと爆豪が連れか?」

「轟くん、かっちゃんも招待されてるよ」

「ああ、そういやそうだ。爆豪なら向こうにいたぞ」

「そうじゃなくて!きれいでしょ!」

「おお」

「…ありがとうございます」

言われ慣れなくてしおらしく照れる。
王女が社交的に轟と話し始めたので、ご飯食べてくるとか理由つけて離れて勝己のところに行く。近付いてくるのに気付いて目を逸らす。

「変…?」

「…別に普通だろ」

「こういうの、好き?」

「あん時のふざけた格好よりマシだ」◎買った翌日の下着姿。

「そう」

笑う。

「汚さないようにしなきゃ」

◎を見ない勝己。
綺麗過ぎて見れないからなんだけど、◎は「やっぱり女性的な格好あんまり好きじゃないのかな」って思ってる。でもあんまり気にせず勝己の側で自分も料理を食べる。


「お姉ちゃん!こっちー!」

王女に呼ばれ、ちらと勝己を見る。気付き一瞬見るけどすぐ目をそらす。

「好きにしてろ」

「うん。じゃあ、ちょっといって来る」

立ち去った後、上鳴。はーと呆れた溜息。

「お前さー、女の子が綺麗にしてきたら『似合ってるぜ』とか『世界一綺麗だよ』とか言うもんだよ?別に普通って、ないわー」

「うっせぇ。何言おうが俺の勝手だろ」

「これだよ」

やれやれ的な。

瀬呂
「にしても、あの子やっぱ美人だよなぁ。街で見たことないけど、どこで知り合ったん?装備品からしてダンジョン行く感じの子でもないだろ?」

「黙れ死ね」

「焦らすねえ」

「っせんだよ!関係ねえだろが!!殺すぞ醤油顔!」

切島だけ奴隷だって知ってる。はは、と笑って、爆豪が言わねえのに俺が話すわけにいかねえなって思って奴隷については口を閉ざす。





トイレとか、靴にちょっと疲れたから休憩してる時に王子が来る。


「◎は僕らの恩人だ。困ったことがあったらいつでも言ってくれ。もしあの男に無理矢理従わせられてるなら、父上に言ってなんとかするぞ」

「無理矢理なんて、そう見える?」

「見える」

「ふふ。そうね、私あの時本気で怒られたし。勝己が怖い?」

「怖くないぞ!あんな男!」

「私もそう思うわ」


「私、勝己と一緒にいたいの。だから引き離そうとしないで。でも、心配してくれてありがとう」


「もう子供だけで危ない場所に行っちゃダメよ。怖い場所では誰も助けてくれないから」



(あの男と同じこと言われた…)



帰る。ドレスは脱いでいつもの格好に戻った。
見送り。王女は寝た。

なんか王子がキザなこと言って◎の手の甲にキスとかして、◎も笑って「本当に王子様ね」とか言うから、和やかにしてる雰囲気にイライラしてくる。


「おいマセガキ。人の持ちもんにちょっかい出してんじゃねえぞ。王子様は自分のもんと人のもんの区別もつかねえのかコラ」

「そうやって高圧的に物を言えば従うと思ってるのか?愚かしい」

「ああ!?てめぇを言いなりにすんのなんざ朝飯前だっつの!口でわかんねえなら試してやっていんだぞ!」

「できるものならやってみろ。そんな度胸もないくせに」

「んだコラてめええ!!」

「…ふ」

笑う。声は抑えてたけど勝己に見つかる。

「なに笑ってんだクソ◎テメー!」

「、ごめん。なんか…ふふ」

笑い堪えるけど喋れない。楽しい。



家。
電気をつける前。
きれいだった姿を思い出してそっとキスをする。触れたくなるけど、すぐに恥ずかしくなって「寝る」と言い残すと自分の部屋に行って強めにバタン!とドアを閉める。
◎も「うん」と言うけど、少しドキドキする。暗いから顔が赤いのは見えない。





7【主のいない家】



特に変わらない日だった。
いつも通りに掃除をして、買い物をして、食事をして、勝己が帰ってくるのを待っていた。
いつもならもう玄関の戸が開く時間。それをとうに過ぎても、玄関のドアは開かなかった。

勝己は帰って来なかった。

◎はテーブルについて勝己を待ち続け、すぐに食べられるように皿を出しているテーブルについたままうたた寝をした。眠っていたことに気付いて目を開けた時、外はもう明るかった。テーブルの上は何も変わっていなかった。

勝己の部屋をノックする。呼びかける。返事はない。
外に出る。ドラゴンはいない。

勝己が帰ってきていないことを知り、◎は皿を片付けた。
またいつもと同じように家の仕事をした。
その日も勝己は帰って来なかった。

二日が過ぎた頃、料理が異臭を放ち始めたので捨てた。
主を差し置いて奴隷だけが食事を取るなど、してはいけないと思った。勝己が普通にしろと言えども、◎の意識の底には己が奴隷である自覚があり、立場をわきまえない言動はするべきではない。

―――『一人でまともに食えねえなら俺が帰るまで食うな。』

買われてすぐに言われたその言葉を思い出す。
ぐう、とお腹が鳴る。
洗濯をしようと思ったが、洗濯籠の中には◎の服しかなかった。

(…勝己、どこに行ってるのかしら)

ダンジョンに行っていることは知っている。だけどそれがどこにあるのかを知らない。
そんな日が五日ほど続いた。
勝己は帰って来なかったが、◎は勝己の言いつけを守り、食事を作った。一人きりの家で、二人分の食器を並べて、一口も食べられないまま腐り始める料理を捨てた。
家の外で木々の葉を揺らす風の音と鳥や動物の声だけが小さく聞こえる。

(…静か)

空腹の感覚を懐かしいと思う。自分はこんな感覚の中奴隷として生きていた。
なのに今すごく寂しくて、何もかもが味気ない。作りたての温かい料理すら素っ気なく見えた。それらをただの物質として見ているのが当たり前だったのに。いつからそうでなくなったのだろうか。

(静か)

勝己。どこにいるの。
従順な意識の内側でそう思った。
会いたい。

二階の大きな天窓から空を見上げて、その空の中にドラゴンがいないか探した。勝己が帰ってくるのをずっと待っていた。



勝己にとっては散々な数日間だった。ダンジョンは仕掛けや水位によって道を変える迷路で、広いその中で仕掛けの法則を把握するのに時間がかかった。外に出るのに五日もかかってしまった。ドラゴンに乗って家へ戻る帰路で、ずっと放置していた◎のことを考える。

(あいつちゃんと生きてんだろうな)

そこまでガキじゃねえだろ、と思いつつ、家に辿り着く。ドアを開けると、テーブルについていた◎が顔を上げて勝己を見た。勝己と認めたあと、いつもと同じように微笑む。

「おかえりなさい、勝己」
「…おお」

いつも通りの様子にホッとした。何も変わっていない。
ご飯食べる?と訊ねたので、おう、と短く返した。◎はキッチンに立ち、出来上がった料理に火を通して温めた。
勝己が装備品を外して身軽になる間、◎はその勝己の音を聞いていた。
勝己がいる。そう実感すると、急に視界が滲み始めた。すん、と鼻をすする。料理を盛りつける間、涙がぽろと落ちた。涙に揺れる息が、はあと漏れる。
◎の違和感に、勝己は目をやった。料理が盛られた皿を持ったまま俯いて、すん、すんと鼻を啜る音。肩が揺れる。やがて小さく漏れる泣き声まで聞こえてきた。先ほどまで普通だったのに、突然泣き出した◎に勝己は酷く動揺した。
止まらない涙を説明できなくて、漏れる嗚咽に訳がわからなくて、「ごめんなさい」と小さく言った後、◎はテーブルに皿を置いて自分の部屋に下がった。

料理は湯気が立ち、美味しそうな匂いがした。それをそのまま置き去りにして、勝己は◎の部屋の戸を開けた。◎は立ったまま背中を向けて、ひぐ、と情けなくしゃくりあげながら腕で涙を拭っている。子供が泣いているようだった。

「…何泣いてんだ」

問いに、何かを答えようとしたが、嗚咽が言葉を塞いだ。
その涙の理由が自分だとわかっていたので、勝己は部屋を出ずそのまま留まった。◎が泣き止むのを待ったが、その様子はない。◎はずっと泣き続けた。

「来い」

呼ぶと、◎は従ってゆっくり勝己の傍に寄った。手が届く場所まで近付くと、勝己は◎の小さな肩を抱いて腕に収めた。頭を撫でると、腕の中で泣き声が荒れた。

何度も何かを言おうとして、やっと言葉にできたのはかなり時間がたった後だった。それでも◎の肩はまだ震えていた。

「一つだけ、言わせて…許して」
「…なんだよ」
「………勝己がいないと、嫌」

嗚咽に押し出されるように出た言葉は細く震えて、涙に籠もりきって聞き取りにくかった。それでも確かに聞こえた。

「ううーー……っ!」

言葉のあと、堪えきれない◎の嗚咽がまた苦しげに漏れる。
奴隷になる前、◎と引き離された日のことを勝己は思い出す。幼かった◎は、あの時も一人で泣いていたのだろうか。

「どこも行かねえよ」

◎の頭を自分の肩に押し付けて、静かにそう言った。





8【他人の親】




◎が母親と会う。


写真を撮りに旅をしている都呼。

町の中で腕を引かれる。

「え」

目が合う。都呼が「◎」と呼ぶ前に◎が口を開く。

「…どなたですか?」

感情が静止したまま、息が止まったようだった。◎の言葉が頭の中で跳ね返り、逃げ回る言葉を捉えられず、理解するのに数秒を要した。

その人が動くまで、◎は動けずにその人を見つめていた。硬直した後、動揺したように瞳が震え、瞼が伏せられる、長い睫毛が目に影を作った。

「………ごめんなさい。知り合いに似てて、つい…」

「はあ」

突然のことに◎も頭の回転が平素より遅れていた。

(綺麗な人)



「あの、よかったら、少しお話し付き合ってくれないかしら」

「え」

「ごめんなさい、変なこと言ってるのはわかってるの」


「貴方、いくつ?」

「…さあ。生まれがわからないので…」

「じゃあ、お父さんやお母さんのことは…?」

「記憶にありません」

「今はどうしてるの?」

「…えっと…」

勝己に言われたことを思い出しながら奴隷や娼婦ということは伏せようと言葉を選んで詰まる。

「ごめんなさい、根掘り葉掘り…」

「ああ、いえ。今は、とても親切な人に引き取ってもらって、その人と住んでいます」

「…そう。優しい人?」

「はい」

「そう…よかった」



「ごめんなさい。ずっと変なこと言って。貴方、私の娘に雰囲気が似てるの。生きてたらきっと貴方と同じくらいの年で…もう七年も前のことなのに、私、まだ引きずってるの。初対面の女の子を呼び止めてお茶に誘うなんて、それほど重症だとは思ってなかったけど」

かつての切島との会話を思い出す。

『知ってる奴に似てるって言ってたぜ』

(もしかして、この人の娘って…)

「…亡くなられたんですか」



「わからないの。生きてるなら帰ってきて欲しい。死んでるなら、そのことを知りたい」
拳を強く握り、泣くのを堪える


「…貴方、この辺りにはよく来る?」

「はい。買い物で」

「そう。ねえ、次会ったら、もう少し話せる…?」

「…少しなら」
少しだけ可哀想に思う


「私、都呼っていうの。貴方、名前は?」

「◎です」

「、」


「そう、◎っていうのね」



「また、」

「はい」


名前まで同じなんて。

あの子が本当に◎だったら。
そうじゃなくても、あの子が言ったように優しい親切な人に引き取られて、せめて穏やかに暮らしてくれていたら。

瞳から雫が落ちる。ポロポロと溢れて、壊れたように涙が止まらなかった。

(会いたい)

私は全然母親らしくなかったけど、母親なんだ。
子供を失った悲しさがのし掛かるのを感じて、都呼はそのことを痛いほどに思い知った。





勝己と行った昼カフェのところ
夜行った時店主から◎が女と来てることを聞く勝己。
顔立ちが似ていて姉妹のようだったという。

◎にもう会うなと言う
その後自分で会いに行く



「あ」




都呼と勝己

「勝己…?」

「…。よぉ」


「今まで何してたの…!私ずっと心配して、光己も!」

「好きでいなくなったわけじゃねえ」

「そん…っ!」


「…、そうよね。うん…きっとそうだと思ってた。取り乱したわ。…ごめん」



「…少し話したいわ。いい?」

「おお」



「…本当に勝己なのよね」

「じゃなきゃこんなところで油売ってねぇよ」

「ふ。そう」

少し笑う。懐かしくて寂しそう。

「昨日、女の子と会ったの。◎と面影が重なって、私に似てたわ」

「そうかよ」

「…いま、一緒に住んでる人がいるって。勝己のこと?」

「…ああ」

「そう…。親切な人に引き取られて暮らしてるって。優しいって言ってたわ」

「はっ」鼻で笑う。威勢はない。


「…あの子、◎…?」
震える

「…個性はあいつのもんだった」

「そう。…ああ、そう…。喜んでいいんだか…。私、どなたですかって言われて…」

「アンタのことだけじゃねえよ」


「あいつはもう何も覚えてねえ」

「…何があったの」

「…」


「…俺らは人買いにパクられて別々に売られた。そんであいつは記憶消された。一年前くれえに見かけたから俺があいつを買った。そんだけだ」

「そん…」


「そんな」


「売られたとか、買ったとか。そんなの」

歯を食いしばる。許せない。拳が震える。涙が溢れる。

「…」


「何か、話したりしたの。昔の、」

「話さねえよ」

「なんで。何か思い出せるかも」

「思い出させてどうすんだよ。なんもかんも忘れて、売りモン扱いされることしか知らねぇ奴に、本当は家族がいて円満に暮らしてましたってか。んなもん覚えてる側の自己満足だろうが。言われた方はクソだろ。四六時中つるんでた俺のことすら完全に忘れてやがる。何話せってんだよ」

「…」

「カケラも思い出せねえこと期待して、あいつに何ができんだよ」

貴方は覚えていないけど、貴方は本当は幸せに暮らしていたんだよ。あの時山に入らなければ今も家族と一緒に暮らせているはずだったんだよ。

そんな話を、骨の髄まで奴隷に仕立てられた人間に話したところで、元通りの幸せにはなれない。忘れているならそれはもう他人の幸せだし、血の繋がってる両親すら赤の他人だ。
失った記憶が全て幸せの羅列なのだとすれば、無くしたことを知れば過去に何を思うのか。勝己はそれを味わってきた。幸福な生活と、弄ばれた日々のあまりの差分。妬ましくて憎らしくて、何もかもが恨めしかった。それなのに失う前の生活には純粋に強く憧れる。その板挟みは楽なものではなかった。ひどく耐え難かった。蝕まれるほどに悔しかった。
過去なんて◎にとっては余計な話だ。


「…いいだろが。普通に生きてりゃ」

「、勝己」


「帰って来てよ。光己だって会いたがってる。勝も里穹も」

「…」

「詳しく知らないけど…何しても親は子供に会いたいのよ」

「…うっせぇ。俺は二度と会いたくねんだよ。もう来んな。てめぇがここに俺らがいることババアどもにバラしたら俺ぁ他に行く。あいつもだ」

「…勝己。勝己はどうしてたの…?」

「うるせえ」



思い出して荒れてる。
帰宅。


「勝己、どうしたの」

◎は何も知らない。

苦しませたくない。
守っていたい。◎を。この安寧を。
なくしたくない。

だからこのままでいい。このままじゃないといけない。

「…◎」

「何?」


「…お前、ここにいろよ」


「?うん」






続き