三倍返しデート






(♀夢/英雄学/爆豪勝己/GO GO 2087様「ご褒美はキスで」シリーズより/リンク先「+α」→バレンタインデー(20180401掲載)でこの話の元が読めます。大変可愛いです)



こんなんであいつ喜ぶか。電車は何時に乗ればいい。飯食うところ。あんまり詰めすぎても無理させるか。

携帯端末にスケジュールを入れたり消したり。この一ヶ月は一日のうちの何割かをその時間に割いた。決行は三月十七日。朝七時から十九時までの三倍返しデート。

常に時間を気にするような神経質な予定ではないのに、勝己は何度もそのスケジュールを見直した。付き合いは長くても意識はするし緊張もする。もしも◎が楽しめなかったら、と考えて何度もプランを見直した。惚れた方の負けとは誰が言い出したのか。

何度目かとなるスケジュールの確認。当日の朝になっても画面を見てしまう。もはや癖になりつつあった。待ち合わせの時間も電車の時間も余裕だ。
とりあえず◎より早く待ち合わせ場所に来れるかという最初の懸念はクリアした。お返しもちゃんと持ってきている。完璧だ。

顔を上げて、緊張を吐き出す小さな溜息。吐息に色はないが、春の手前の朝はまだ少し冷える。







あ。
そう思うと同時に、やっぱりと思考。早く出たつもりだったんだけどなぁ。

「かっちゃん!」

声を張ると、スマホを見ていたかっちゃんが顔を上げる。私のことを見たままホームボタンを押してポケットに入れた。パタパタと走り寄っておはようと伝えると、同じように返る。続けて「早えな◎」と一言。

「いやいやかっちゃんこそ。待たせたよね、ごめんね」

「別に待ってねーよ。約束の時間より前だぞ」

「そうだけど。むーん、かっちゃんより早く来てるつもりだったのになあ」

「おめーは時間通りに来りゃいんだよ」

軽い会話の後、いざ出発と足を運ぶ。肩が並んだタイミングでぽんと背中を押された。それに合わせてかっちゃんの隣を歩く。どこに行くのか聞いたら、「駅」とだけ返ってくる声。今日どこに行くのか、私はまだ一切知らない。
後の楽しみにしてくれてるのかな、とそれ以上訊くのはやめた。かっちゃんのことだから考えなしにどこかに行くということはないと思う。おそらく今日という日のために色々考えてくれたのではないだろうか。口元が緩くなった。だって、そんなの嬉しい。

「朝はまだちょっと冷えるねえ」

息を吐きかけるほどではないが、空気はひんやりとしていて少し肌寒い。子供みたいにはしゃいでるみたいなのがなんかちょっと恥ずかしくて、ニヤニヤ顔を喋ってごまかした。仕方ない。いくつになっても嬉しいものは嬉しい。仮に生きてる経験年数が自分の親よりも長くてもそれは変わらない。私の場合は仮じゃないけど。

「ん」

横から短く聞こえて、見ると私を見下ろしたかっちゃんが掌を上にしてこちらに差し出してきている。あ、これは、と思った途端反射的に口角が上がった。外側の手で口元を隠しながら俯いて、近い方の手でその手を取る。触れると厚い掌にぎゅっと強く握られた。

「ニヤけてんじゃねーよ」

バレてる。そりゃそうか。あからさまに隠したもんね。誤魔化したの全然意味なかった。っていうか元々誤魔化せてなかったかも。

かっちゃんの声色もなんだか照れ隠しみたいで、手を繋いだ後はぷいと前を向いた。だけど手は繋がったままポケットの中に突っ込まれる。ぬくぬくのポケットにあったかいと思った直後、気恥ずかしさが急激に迫り上がる。なんだこれ、照れるぞ。照れるぞ。

朝からこんなに顔が緩みっぱなしでいいのだろうか。





かっちゃんが組んだ十二時間のデートプラン。朝早いし長いなと思ったのに、過ごしてみればあっという間で。過ごしている間も楽しかったけど、名残惜しくそれを思い返せばかっちゃんの頑張りが想像できて、それにもまた胸があったかくなった。

時計の針は間もなく十九時。もう帰らなきゃね、なんて話して、帰り道はゆっくりした足取りで並んだ。楽しかったけど、一日中外にいたから体はやっぱり少し疲れてる。今日はぐっすり眠れそうだ。

道中かっちゃんは当然のように紙袋を渡してくれた。中には丁寧にラッピングされた箱。袋にも箱にもお店のロゴがないから、多分かっちゃんが自分で作って包んだんだろう。本当になんでもできるなあ…なんて感心する。
中身を訊いたら、クッキーだそうで。今日の幸せをお持ち帰りしているみたいでつい顔が綻ぶ。今日の余韻に浸りながら大事に食べようと密かに決めた。

「◎」

「ん」

緩んだままの顔を上げると、かっちゃんの顔が目の前にあって。
びっくりして緩んでた顔がどっかいった。その一瞬の後に唇が降る。
触れるだけの優しいキスの後、静かに唇を離して、目線を合わせたままかっちゃんは笑った。

「頑張ったやつにはご褒美やんねーとな」

ニヤリと、悪戯っぽくそう言った。


そのセリフは私の中でかっちゃんから私への決まり文句みたいなもので。最早そのセリフすらもご褒美のようなもので。それを言われてしまうと、私は密かにやったと内心ほくそ笑んでしまう。

そのセリフは、私に対するかっちゃんの「大好き」なのだ。


ポカポカするほっぺを自覚しながらあははと小さく笑って、かっちゃんの胸に頭を当てて顔を隠した。大きな手が後頭部に触れて、厚い胸板に私の頭を押し付ける。あああ、もう。

(好きだなぁ)

首まで熱くなったニヤけた顔。見られるのは恥ずかしいから、もうしばらくこうしててくれますように。あと今かなり幸せなので、どうか離さないでください。