色溺。







(♂夢/忍卵/潮江文次郎/年齢操作)



ああ、だから言ったんだ。
三禁を冒したらろくな事が無いって。





今の六年生が一年生だったとき。最上級生に色に溺れていた●○という忍たまがいた。
否、正確に言えば、彼は溺れていなかったのだ。彼の色に溺れた人間が数多いたというだけで、彼自身は確立した自意識を維持していた。


会計委員長だった彼は、潮江文次郎の先輩に充たった。だからなのか、顔見知りの○を見かけると、意識して彼の周囲を観察した。して、文次郎は彼の周りには常に誰かがいるということに気付いた。しかも共にいるのが誰であろうと、みんな○に対して恋情の眼差しを向けていた。

色恋に疎い文次郎がそれを恋情のものだとわかったのは、彼らが口吸いをしているのを見たからだ。それを見れば、あの目は相手を愛しく思うものなのかと、いくら色恋に疎いとは言っても理解できた。


だけど、その目をするのは○と共にいる人たちに限ったことで、○自身は誰にもその目を向けなかった。

気になって、文次郎は一度聞いたことがある。「何故好きではない不特定多数と恋人のように共にいるのですか」と。○の表情は驚いていたようだが、すぐ平素の優しい笑顔を浮かべると



「口吸いや性交が気持ち良くて好きなんだ。程々にね」
と、



まだ十歳の文次郎に対して後ろめたさも恥ずかしげもなくそう言った。文次郎は優秀な先輩がそんなにも好きだというそれらが気になったが、その興味が心を惑わすのだと、大人の部分が自分を自制させた。


節操なしかと思えばそうではなかった。彼は異性愛者にも関わらず、女の純潔を決して汚さなかったし、得体の知れない者の誘惑には乗らず、男にも嫌がる相手には強要しなかった。自分を求める男にしか手を出さなかった。
つまり極めて理性的な男だったのだ。


また生徒として、彼は優秀だった。
能力も思考も判断も、誰にも劣らなかった。当期の最上級生の中で一番有望だったのだ。そうなれば目に余る不純行為も目を瞑られる。




ただ、どうしても文次郎は解せなかった。
○は限りなく完璧に近い忍者として彼の目に映ったのに、色魔ということが軽蔑の念を抱かせた。



それさえなければ、と何度も思った。

それさえなければ、自分は○を純粋に尊敬できたのに。




意地を張るように、文次郎は○を敬う素振りを見せずに彼と接した。
色魔というだけでそれ以外の理想像も否定するのかという自問は無視した。


「三禁を冒したら、ろくな事がありませんよ」


無意味だと知っている言葉を投げ付けても、○は「そうだな」と一言で流して能天気に笑っていた。











確か、雨が続いて湿気がしつこい夜だった。



六年生は外に実習に出ていて、課題をこなした生徒から学園に戻ってくるというものだったはずだ。連日雨が続いてじめじめした日々の中、一人また一人と六年生が戻ってきた。い組である○は早いうちに帰ってくるだろうと思っていたが、実習期間を過ぎても○は帰ってこなかった。


先生方が捜索に出た。委員会は五年生が仕切った。
だけど○を慕っていたその五年生は行方不明の委員長を気にして常に落ち着きが無かった。頼りになるはずの上級生がその有様で、下級生も不安を煽られた。そんなんでまともに委員会活動できるわけが無い。会計委員会はボロボロだった。


もちろん、文次郎も姿を見せない○に不安を抱いた。



何故戻らないのか。

何故戻らないのか。

何故戻らないのか。


誰よりも長けている忍たまの彼が戻らないはずが無いのに。




文次郎は己のその不安を、周りから煽られたからだと思い込んだ。
だって、彼は色に生きているけど、優秀な忍なんだ。誰にも負けないくらい強くて頭のいい忍なんだ。自分の理想の忍なんだ。絶対に帰ってくるはずなんだ。











○の遺体が運ばれたのは、連日の雨が止んだときだった。











ああ………。



かつて自分が彼に向けた言葉が頭の中で反芻した。






ほら、だから言ったんだ。三禁を冒したらろくな事が無いって。






本当は知っていた。○の死は彼の落ち度によるものではないと。巻き込まれた迷子の子供を傷一つ付けさせぬように守るためだということを先生に聞いた。
色なんか全く関係ないと。



だけど、三禁を冒したせいだとでも思わなければ………じゃあ彼は何故死ななければいけなかったんだ?




彼が馬鹿だったのだ。
禁を冒した彼が。

そうしたら死ぬこともなかったろうに。





そうしてお門違いなことを思わなければ、世界を憎んでしまいそうだった。
彼には死に繋がる要因があったのだと思い込まなければ、この悲しみの矛先がわからなかった。





彼が死んだのは、三禁のせいなのだ。










(だから、貴方は馬鹿だと罵らせてください。)





(貴方がただ優しい人だなんて、本当は知っているから。)














死んだ後に、「好き」の気持ちだけ残るなんて、なんて残酷なんだ。