気持ち価値観
(アスラン×レイ/ファンタジー/特殊設定)
「思ったより深いな」
アスランの発言にレイの目付きは鋭くなった。その視線にアスランは自分の呟きが失言だったと気付く。だが悪怯れている様子はない。「おっと口が滑った」という程度の気持ちだとレイにはわかった。というかアスランのそういう態度はもう慣れた。
アスランの肩に回復魔法をかけながら、レイは不服そうに口を開いた。
「だから、俺が前に出ると…」
無駄だと知りつつ、レイは義務的な発言をするようにそう抗議した。アスランが聞く耳を持たないのは百も承知だったが、自分は召喚魔族なのである。主人のために身を挺して敵を討つも、己が犠牲になろうとも主人を護るのは当然なのに。それは義務というより、召喚魔族としての本能だった。
しかし目の前の男は、レイを手駒として扱うどころか、レイを傷つけないことを最優先にする。そのためには自分が怪我を負うのを厭わない…レイにしてみれば気違いとしか思えない行動を起こす。これではどちらが召喚魔族でどちらが主人なのやら、とレイは常々呆れていた。優れた魔導を扱えるアスランに召喚された自分は、主人の能力に見合うだけの、つまりは他より長けている魔族だというのに。
猫に小判…否、利用価値を知っているはずだから正確に当てはまる言葉は宝の持ち腐れか。馬鹿げている、と内心愚痴がこぼれた。
「仕方ないだろ。俺は好きな人を傷つけるなんてできない」
また羞かしげもなく。
内心の囁きは、顔に集まった熱のせいで声に出すことはできなかった。赤面であしらう言葉を吐いても説得力がないことをレイは知っている。
動揺して震えた手が魔力の抽出量を誤り、アスランの傷は一瞬痺れたが、当の本人は満足そうに笑っている。レイも主人への乱雑な扱いにもう焦ったりはしていない。自業自得だと思える余裕を、二人で交流した時間が作り上げた。
溜息と共に目を閉じると、初めて出会った日を思い出す。気配だけで互いを認識できるほどに長い時間を過ごしたのに、その日の記憶はいつも色褪せることなく鮮明に蘇る。
『俺の命令を聞いてくれるんだよな?』
あれ以前のアスランを自分は知らないけれど、さぞ優秀な魔導師であったろう。使い捨ての召喚魔族に跪くという愚かなアスランの行為を、ひどく驚いた人間がいるのだから。
一目惚れなんて。
しかもそれに絆されて、自身の心も色恋に染まってしまった。あんな命令に従うことになるなんて、まさか思いもよらなかった。
なのに、それでもいいと思えてしまうのだから、恋愛とは誠にやっかいな病症である。
お互いさえいればいいなんて、ひどく愚かしく、だけどこれ以上ない幸せな願いだ。
『俺の命令を聞いてくれるんだよな?』
『はい。なんなりと』
『俺のことを愛せ。あとは何もいらない』
『…は?』
(隣にいるだけ)
(後は何もしないで)
(同じ場所の酸素を吸おう)