予定の変更はしない。
(♀夢/英雄学/爆豪勝己)
「おい、買い物しねえのかよ」
仮免講習の後、買い物に付き合ってほしいというからわざわざ待ち合わせ場所に来たのに、◎は勝己と会うなり「じゃ、帰ろうか」と言った。
「うん、いい」
どことなくテンションが低い。今までカフェで時間を潰していたので、読書していたはずだ。
なんか滅入る小説でも読んだか?と推察したが、結局帰るなら先に言えよ、と舌打ちした。◎が買い物するならついでに自分も何か買うかと、昨日欲しいものを見繕っていたのだ。
「何ヘコんでんだよ。うぜえな」
「ん…服汚れて」
「ああ?」
「はあ…」
溜息とともに◎は肩を落とした。
汚れ、と言われて勝己は◎の服を見下ろした。パッと見たところ目立つ汚れはないように見える。が、パステルカラーのスカートの裾に薄く黒っぽい汚れがあるのを見つけた。何故か後ろに。飲み物を零してできた訳ではないようだったが、カフェで汚れるような理由が飲食物以外に思いつかなかった。
「どうしたらンなとこ汚すんだよカス」
「………女の子の日」
「………」
察した。
返す言葉を失っていると、「勝己が来る少し前に気づいたの。ごめんね」と覇気のない声で詫びられた。
クソと、また舌打ちした。
「お前ハンカチ持ってんだろ」
「ん?うん」
「貸せ」
◎が鞄から出したハンカチを奪い取ると、勝己は通りがけのベンチに座るよう◎に言いつけて自分はどこかに歩いて行った。数分してから勝己は戻って来たが、その間に◎は勝己の行動理由を推測していた。
「寮に帰って洗濯するわ」
「うるせえ。買いてえもんあんだよ俺も。いいからさっさと裾出せ」
◎の隣に腰掛けた。胡座をかいた姿勢から片足だけ地面に下ろしたような座り方で、勝己は体を◎に向けた。鞄は◎の膝の上に乱暴に置いた。右手には濡らした◎のハンカチ。
◎は勝己に背中を向けるように体の向きを変え、少し腰を上げると尻の下に敷いていた裾を引っ張り出した。座るとベンチと直に接した太ももがひやりとした。
自分のタオルを持ったままスカートの裾に手を入れると、勝己はその上からハンカチでトントンと血の染みを叩く。
「取れそう?」
「応急処置で全部取れるわけねぇだろ。帰ったら後は自分でしやがれ」
「うん」
時折、道行く人がちらと二人を見た。
一、二分ほどそうして、勝己は「おら」と◎の前にハンカチを突き出した。終わりということらしい。アイボリーのハンカチは薄い赤が移っていた。
「ありがとう」
「うっせえ。さっさと行くぞ」
◎の膝から鞄を取り、タオルをしまうと勝己はさっさと歩き出した。
すぐに後を追ったが、壁に据え付けられた鏡の前を通りかかった時足を止めた。鏡に背中を向けてスカートの裾を振り返ると、汚れは見えなくなったが、それより大きい範囲で濡れていた。おそらく目立っては残らないだろう。
再び歩を進めると、勝己はついて来ていない◎に気づいて立ち止まっていた。
自分が歩いた場所を目で辿り◎を視界に入れると、わかりやすく表情をイラつかせた。
「止まってんじゃねえクソが!」
勝己の怒鳴り声に、◎はふふと笑って歩調を速めた。足取りは弾むようだった。