軽く飛ぶ。
(♀夢/英雄学/爆豪勝己/notヒーロー志望)
(※主が雄英編入後)
昼食を摂って、図書館に行って、これから午後の授業が始まる。
人気が疎らになった校内の共有スペース。教室に戻る前に何か飲み物を買っていこうと、自動販売機で◎はカフェオレを購入した。
「あ」
自動販売機の電子版に「オメデトウゴザイマス!」と表示され、その後商品ボタンが全て点灯した。電子版には30の数字が現れて、一秒ごとにカウントダウンしていく。五秒ほど無駄に硬直し驚いていた◎は、先ほど押したばかりの商品をちらと見上げた。続けてカフェオレにしようかとも考えボタンに指を伸ばしたが、二本は多いかな、と思い直す。並ぶ商品を眺めた後、半ば反射的に目に入った炭酸飲料のボタンを押した。取り出し口にガコンと商品が落ちる音がして、電子版の表示は見慣れた状態に戻った。
取り出し口に手を入れると、自分では買ったことがない炭酸飲料。当然、今◎が自分で選んだ商品である。
左手にカフェオレ、右手に炭酸飲料を持ち、どうしようと考える。
(自販機のルーレットって本当に当たりあるのね。初めて見た)
◎は積極的に炭酸を飲まない。それなのにこの右手にある商品を選んだのは、勝己がよく飲んでいるからという理由に他ならなかった。しかし勝己にあげる目的があったわけではない。何分、雄英に編入してからは勝己と会う時間はめっきり減っている。ただ見慣れてたから押した、というだけだ。
炭酸が苦手なわけではないので飲もうと思えば飲める。しかし既に好きで購入したカフェオレが◎の左手にある。
クラスの子に適当にあげてしまおうか。しかしせっかく自分が当たったのに人にあげてしまうのはなんだかもったいない気もする。やはりカフェオレにすればよかったかもしれない。選んだものは仕方ないから寮の冷蔵庫に入れておいて後日飲もうか、と頭の中で会議を繰り広げる。
考えごとをしながらも視界はきちんと進行方向に向いている。昼休みが終わりに差し掛かっているこの時間を行き交う生徒は少ない。
「あ」
その中で、なんと間のいいことか。
勝己が階段に向かうところが見えた。
◎は手にある炭酸にできるだけ衝撃が加わらないように小走りに勝己の影を追った。階段を上っていく勝己の背中に声をかける。
「爆豪くん」
「あ?」
「すごくいいタイミング」
無論長く引き止める気は無い。挨拶を割愛してそう言うと共に、◎は勝己に近付き、炭酸飲料の缶を差し出した。勝己は◎の手元に目線を落とすと一考もなく受け取る。冷たい感触は入手したてだとわかった。
◎が炭酸を買うとは思えず、勝己は口をへの字に曲げて怪訝そうに受け取った缶を軽く上げる。
「どうしたこれ」
「自販機のルーレット当たった」
「あれ当たんのか」
「みたいね。よかったら飲んで」
「おう」
「じゃ」
「ん」
短くやりとりすると、勝己は階段を上り、◎は下った。
ちょうどそうした時に、角から他の生徒がやって来た。上る先の階上を見ながら歩いていたが、恐らくその目には、◎と勝己がただすれ違ったように見えただろう。たったいま、◎がその生徒とすれ違ったのと同様に。
誰にも知られてない垣間だけの関係。そんな言葉が浮かび、その響きに少しワクワクした。勝己に対する他人のふりなど慣れ切ったものだが、勝己が寮生になってから自分たちが会合する時間は希少になった。もう自分たちは人目が多い学校でしか会えない。その中で、するりと人目を憚りわずかに交流するスリル。
それは秘密めいていて、とても楽しかった。
ふふ、と口元が緩む。
下る階段で◎は最後の段を飛ばし、弾むように着地した。