轟家での雨宿り。5
冬美は大慌てで着替えて、その間もまだ動揺していた。
焦凍が女の子を連れて来てる。彼女?彼女なの?お母さんに言った方がいい?彼女とは言ってなかったけど友達とも言ってなかった。ああ、焦凍って彼女が来てるとは言わなそうだわ。そんな思考が巡っていた。
どんな子なの?と想像する。派手で軽い感じだったらちょっと抵抗あるな。でも靴の感じからするとあんまりそういう印象は受けなかった。ああ、仲良くできるかしら。
そわそわと思考しながら居間の襖を開けると、焦凍と◎は相変わらずテレビを観ている。襖が開く音に気付いた◎は振り返り冬美を見上げた。あ、と表情を変え、座り直し体を冬美に向けて会釈する。
「こんにちは、お邪魔してます」
(あ、礼儀正しそう)
その時点で安堵した。第一印象はとりあえず苦手なタイプではないようだった。
焦凍もちらと冬美を振り返った。友達だと紹介しようかと思ったが、冬美は◎に目を向けたままで、焦凍に紹介を求めていないようだった。じゃあいいか、と黙ったまま二人の様子を伺った。
冬美は◎と向かい合う形で一度その場に腰を下ろして目線を合わせた。
「どうも。焦凍の姉の冬美です。はじめまして」
「はじめまして、●◎です。とどろ…焦凍くんとは学校で仲良くさせてもらってます。雨がひどかったのでご厚意で屋根をお借りしてます」
焦凍くん。
小学生くらいの時はそんな風に呼ばれてたが、近年では家族以外に焦凍を下の名前で呼ぶ者はいない。そうか。轟の姓が複数いるとそうなるのか。
なんとなく感じた気恥ずかしさとむず痒さは、淹れ直したお茶を啜って誤魔化した。
挨拶を済ませると、冬美は腰を上げて焦凍の隣に移動した。
「今日の雨ひどいわよね。どうぞ楽にして。…それ、焦凍の服?」
「あ、そうです。びしょ濡れだったので貸してもらって…」
「焦凍、●さんの服乾燥機かけてあげた?」
「…いや」
「もーなんでよ、乾かないでしょ」
「ごめんなさい、私がいいって言ったんです…その、ええと………肌着も、濡れたので……」
尻すぼみに話し目を泳がせる◎を、轟姉弟は不思議そうな顔で見る。だが、冬美ははっとすると隣の焦凍を見た。その視線に気づいて焦凍も冬美を見返したが、冬美がなんでこのタイミングで自分を見たのかわからず、きょとんとした表情だ。
冬美は慌てて◎の隣に寄り、何か耳打ちした。何を言ったのかは焦凍には聞こえなかったが、◎は少し恥ずかしそうに俯いて小さく首を振った。
「…●さん、ちょっとおいで」
「…すみません」
◎は急に両手で顔を覆った。何故か耳が赤い。冬美は◎の手を取って立たせ、二人は並んで居間を出て行った。
唐突なことに焦凍は戸惑い、なんとなく後を追って居間を出た。二人は二階に続く階段を上り始めているところだった。もしかして自分は何か失念していたのだろうか。意思の疎通が取れてる二人に焦凍は置いてきぼりだ。一人訳がわからないまま、二人の背中を目で追う。
「どうかしたか」
「焦凍は来ちゃダメ。居間にいなさい」
「…おお」
姉にしては語気が厳しい声で言われ、焦凍は言われるままにすごすごと居間に戻った。一気に二人がいなくなった居間は急に寂しく、テレビの音だけが明るい。焦凍は自分の場所に戻り、テレビの音を聞き流しながら胡座をかいた。
…なんだ?
気になる。決して多くない先ほどの会話量を思い返す。冬美は何に反応した。それで何を察したんだ。当然、◎の発言に何かフォローしなければならない点があったのだろう。冬美が反応した直前の台詞。
焦凍の服。びしょ濡れ。服を貸す。乾燥機を断る。肌着。…。
(………、あ)
何故気付かなかったのだろうか。焦凍は下着まで着替えたというのに。
濡れた下着を着けたまま乾いた服を着れば、それと重なってるところだけ濡れるのが然りである。
だが、◎に着せた服は完全に乾いていた。
着ていた服を見られるのが恥ずかしいと言っていた理由。下着もあったのだ。干している服の中に。
「………」
二階に上がった女性二人が、いま何をしているのか理解した。テーブルに肘をつけた手で額を覆い俯くと、マジか、と思った。
焦凍は心の中で◎に深く謝った。
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