花のような









(百合/種が運ぶ命/アスラン×レイ/性別操作/現パロ/女の子でもアスランの一人称は俺/前サイトから転載)



この気持ちを恥ずかしいと思っているわけじゃない。
ただ、一歩踏み込めないだけなんだ。

「好きです」
少しだけ高揚した女の子の声を、利用頻度の少ない廊下で聞いてしまった。男子がいるはずのない女子校で、そんな告白場面に遭遇するということは、普通ならありえないはずだ。その声が告白している相手が男性教諭であっても先輩であっても同級生であっても、禁断と言われる行為には変わりない。
だが俺自身、後輩や同年から幾度となく告白を受けたことがあるので、恐らく既に禁断という枠からはみ出てしまって、異性や同性に対する感覚が麻痺してしまっているのだと思う。そうでなければ、反応するはずがないのだ。
「すまないが、私にはお慕いする人がいる」
彼女の、声に。
*
溜息が出た。
半端じゃない量の仕事にいい加減嫌気がさしても、誰も文句は言わないだろう。生徒会室を出てすぐに設置された自動販売機で購入したミルクティーは、もう飲み干してしまった。生徒会長のラクスが差し入れに持参したハニークッキーを食べ続けたせいで口の中が乾くのだ。次にミルクティーを買いに行ったら、もう三本目になる。いい加減飲み過ぎだと思う。ああ、そんなこと思ってるから。
席を立つと、隣に座るカガリがどうした?と言いたげに俺を見上げた。
「ちょっと、お手洗い…」
小声でそう伝えると、カガリはそうか、と言って委員会からの提出書類に再び目を通した。それを見て、俺は生徒会室を出て、誰もいない廊下を進んでいった。
化粧室の前まで来ると、中で水音が聞こえた。今日は休日のため、部活や生徒会に属していない生徒は学校にいない。そして、大会前で部活優先の者を除いては、生徒会員も全員生徒会室にいた。ということから考えて、部活で登校した生徒の誰かなのだろう。しかし、この化粧室はグラウンドからも体育館からも芸術文化棟からも離れているのに。
そんなことを数秒間で考えて入ってみると、見えた姿に一瞬全身の筋肉がピシリと張り詰めた。
金髪。
ハンカチで手を拭いていた彼女が鏡越しに俺の存在に気付くと、青色の瞳が振り返って直接俺を見た。そして彼女が口を開く。
「アスラン先輩」
ああ、どうしよう。
その声で名前を呼ばれてしまった。
思わず浮かんでしまった笑みを隠し切れないまま、「やぁ」と挨拶した。会釈を返されるのを見て、ふと口の緩みを閉じて首を傾げる。
「レイ、まだ部活中…だよな?文化棟の化粧室使わないのか?」
レイは奏楽部だが、部員が一人しかいないため大会には参加できず、そのため声楽部に取り込まれて現在は伴奏を担当している。ラクスも所属している声楽部は芸術文化棟で活動しており、レイもそこで共にいるということは、当然ながら芸術文化棟にいるはずなのだ。それなのに何故わざわざ長い距離を歩いてまで本校舎の化粧室までに来るのか。
俺が問うと、レイは顔を上げて俺を見た。少しだけ、意外とでも言いたそうな表情を見せて。しかしすぐにその顔は常の冷静なものに戻り、彼女は再び静かに開口した。
「文化棟の化粧室の水道が故障したんです。もう一週間前からですが…」
言われて、顔の温度がわずかに上がった。レイが見せた意外そうな表情は、そういう意味だったのかと知る。まさか、俺がそんな水道の事情を知らなかったとは思わなかったのだろう。
恥ずかしくなって、俺は逃げるようにして足早に個室に入った。そのまま洋式便座に腰掛けると、両頬を包むようにして手を置いた。やはり顔は少し熱かった。
やがてドアの向こうで遠ざかる足音が聞こえて、あっと顔を上げて数秒経つと、少しだけ惜しいな、と思った。せっかく偶然会えたのに、間抜けなところばかりを見せてしまった。
小さく溜息を吐いて用を済ませると、個室を出た。やはりそこにレイはいなくて、少しばかり肩が落ちた。手を洗いながら、記憶の中でいつかのレイの言葉を思い出し反芻した。
―――私にはお慕いする人がいる
無意識に溜息が出て、また無意識に、言葉が漏れた。
「レイの好きな人って…誰なんだろう」
やはり、男の人なのだろうか。
そう思い、水に濡れた手から視線を上げて鏡を見た。そこに映るのは、中性的な顔立ちの自分。しかしそれは確かに女のもので、細い首も、幅狭い肩も、華奢な身体も、何一つ男性らしいものなどなく。
また、溜息が出た。
*
化粧室を出ると、その瞬間に違和感を抱き、立ち止まる。視界の端に、誰かが何気なく映った。ドアのない化粧室の出入口の脇の壁に寄り掛かっている。直視しなくても、その存在が非の打ち所がない程に姿勢正しく、と言うよりは、華麗に立っているのがわかった。いつも視線を向けていた彼女の佇まいは、忘れられない程に記憶している。
つまり、そこに立っているのは。
レイ。
「わからないのですか」
振り返れなかった。
だって、俺はつい先刻、鏡の前でなんて言った?
だって、レイはいつからそこにいた?
聞かれた?
…察せられた?
まるで金縛りだ。
静寂が耳に痛い。だから、背後でレイが動く気配がはっきりとわかった。壁から背中を離して、ゆっくりと俺に近づく。
「私が誰を好きなのか、鈍感な貴方ですらわかるように振る舞ったつもりなのに」
腕に制服越しだが指先が触れる感触がした。意識した時には、右腕はレイの両手にそっと包まれて、更に近づく気配。それは右半身とレイの身体とが触れ合う程に。
長く感じた沈黙は、本当はどれほどのものだったのだろうか。
「…好き、です」
躊躇いがちに囁かれた乾いた声は、確かに俺の耳に届いて。
身体が強ばった。まさか、そんな。
耳が、焼けるように熱くなった。静止して固まった足を動かすと、わずかに軋んだ気がした。レイを振り返ると、彼女は俯いていて、つむじが見えた。ああ、違う、そうじゃなくて。
今、彼女はなんて言った?
「…レ、イ?」
擦れた声で呼ぶと、彼女の手は一瞬ビクリと強ばり、俺の腕を包む手の力が抜けて離れそうになる。はっとして咄嗟にその片手を左手で掴むと、レイの肩が跳ねた。俯いたまま顔ごと視線をそらし、セミロングの金髪が揺れた。顔を覗き込むように、自分より身長の低いレイに合わせて緩やかに屈む。
「本当…?レイ…」
彼女が怯えないように、優しく言えただろうか。震える声は自分でもどうしようもなかったけれど。
レイは、緩慢な動きでこくりと頷いた。その瞬間、胸に何かが盛大に、だが静かに溢れた。
ああ、どうしよう。
嬉しすぎて反応できない。
右腕は包まれて、左手では掴んで、離せない。離したくも、ない。
「…俺も、好き…。レイが…」
言うと直ぐ様その金髪に唇を触れさせて、髪の間からおでこが見えたから、そこにもキスをして。それで、ああ、いい匂いだな、とか思ったりして。
恐る恐るレイが顔を上げると、その目は涙が零れてしまいそうなくらいに潤んでいて、その顔はまだ少し不安そうで。
自分の方が少しだけ余裕があるみたいだから、なんとか安心させるように微笑んで。
「好きだよ」
はっきり、伝えた。まるで幼い子供に教えるような口調で。
するとレイは素早くまた俯いて、俺に掴まれていない手で目を擦った。俺は空いた右手を上げて、レイの背中に回した。一層レイとの距離が近づいて、隙間がなくなって、抱き締めた。
レイの髪の香りが優しく鼻孔を掠め、心地よさに俺は目を閉じた。