感情播種。:メシ処にて。






(♀夢/英雄学/轟焦凍/緑谷出久/飯田天哉/麗日お茶子/蛙吹梅雨)



 昨日、焦凍があの場所を歩いてたのは本当に偶然だったので、●◎とはもう会う事はないだろうと思っていた。だが、思いの外再会の機会は訪れて、それはとても早かった。

 メシ処で焦凍、出久、お茶子、飯田、梅雨の五人で同じテーブルで昼食を摂っていたときだ。ふと目線を席の外側へやった出久が食事の手を止めた。「えっ」と小さく声を漏らし一点を凝視する。同席している三人は出久の様子に気付き、彼を見た後出久の視線を追った。焦凍だけは啜っていた蕎麦を咀嚼していたが、口の中のものを飲み込むと、三人よりワンテンポ遅れてから出久の視線の先を見た。しばらく視線を彷徨わせる。出久が見ているものと合致したから不明だが、ふと見覚えのあるものが目に留まった。

(…お)

 ◎だった。
 メシ処に入って来て、辺りを見回しながら歩いている。空いている席を探しているようだった。

「デクくん、誰?知ってる人?」
「あ、うん、でも学校違うはずで、ここにいるはずないんだけど…え?」
「他人の空似じゃないの?」
「そうかな、でも、すごい似てる…」

 お茶子、梅雨と問答しながら、出久が再度◎を見る。そのまま様子を伺っていると、◎も自分を見る集団の視線に気付いたようだった。ばちりと五人それぞれと目が合う。出久を見ると、意外なところで見知った物を見つけたように瞼を大きく開き表情を変えた。一瞬動きを止めた後、こちらに歩いてくる。数メートル近くまで距離が縮まると、小さく手を振った。微笑みながらテーブルの脇に来ると口を開いた。

「出久くん」
「ええ!?◎ちゃん!?やっぱり!」

 先に気付いていたはずなのに、出久の声は裏返っていた。反応が過剰だな、と思って見ると、出久の耳は赤く染まっている。出久が女子に耐性がないとは承知しているのでそのせいだろうと思った。だけど、名字ではなく、下の名前で呼んでたのは意外だった。

「え、でもなんで…!?◎ちゃん雄英じゃなかった気が、あれ!?」
「まあ、色々あって。先生方ともお話させてもらって最近編入してきたの。よろしく」

 微笑む姿を見て、出久はまた緊張していた。お茶子はぽかんと口を開けたままじーっと◎を見上げている。見慣れない美人に目を奪われている、という感じでもあった。
 動じていないのは飯田と梅雨と焦凍で、その中で出久の隣に座っていた飯田が出久に声をかけた。

「誰だい?緑谷くん」
「あ、えっと、●◎ちゃん。幼馴染なんだ」
「こんにちは」
「はじめまして。僕は飯田天哉。緑谷くんのクラスメイトだ」
「よろしく」
「それで、彼は轟くん。そちらは麗日くん、梅雨ちゃんくんだ」

 さすが委員長と言うべきか、飯田は率先して◎に同席のクラスメイトを紹介した。飯田の手の動きに合わせて視線を追うと、お茶子と梅雨も自ら名乗った。

「麗日お茶子です」
「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」
「飯田くん、梅雨ちゃん…で、麗日さん。わあ、次会った時に名前間違えたらごめんなさい」
「無理ないよー。一度に四人やもん」

 女子同士で笑いながら話してる姿は何故だかもう親しげに見えて、それぞれのコミュニケーション能力の高さを感じた。焦凍はじっと◎を見つめ、昨日の違和感を思い出していた。やはり、何故か既視感がある。

(どっかで会ったか?思い出せねえ。緑谷と幼馴染で最近編入ってことは、学校関連じゃない事は間違いなさそうだが)

 黙って目線だけやる焦凍に、飯田は焦凍に向き直る。

「轟くんも自己紹介したまえ」
「必要ねえだろ」
「ふふ。そうね、昨日も会ったものね」
「お前、名乗る前から俺の名前呼んでたもんな」

 思考を中断され、思い出す事を諦めた焦凍は再び蕎麦を啜った。それ以上の会話には参加せず、五人が話すのを聞いていた。◎が昨日の事を掻い摘んで話した後、出久は「すごい!咄嗟に助けられるなんて!」と目を輝かせ、飯田も「素晴らしい!」とヒーローとして模範的行動だと話したので、焦凍は「普通だろ」とだけ返した。◎とお茶子はそのやりとりに笑った。
 出久は不意にはた、と気付いたように辺りを見回した。その後◎を見上げ、慎重な様子で口を開く。

「あの、ところで、かっちゃんは◎ちゃんの編入のこと知ってるの…?」
「ん?うん」
「そっか…」

 ◎は微笑みながら答える。それを聞くと出久は、やっぱり、とでも言いたげに返した。
 ここで勝己の名前が出たことは唐突に思えたが、いち早く察した飯田が口を開く。

「そうか、緑谷くんと幼馴染ということは、爆豪くんとも幼馴染なんだな」
「うん」

 飯田の発言に答えた出久の声はどこか小さかった。

「編入してからはまだ会ってないけどね。元気?」
「うん、元気…というか、いつも通りというか」
「そうね。今日も叫んでたわ」
「ふふ、そう」

 笑い声は先ほどよりどこか楽しげで、焦凍は思わず蕎麦から一瞬◎に視線を移した。
 ◎はカウンターに並ぶ行列を見て、それからテーブルの上の五人の食事を見た。何を食べようかまだ決めかねている、と短く話し、一番手前の出久の丼に視線を下ろす。

「カツ丼美味しそうね」
「あ、うん!ここの学食はクックヒーロー、ランチラッシュの料理を食べられるんだ!ランチラッシュはすごいんだよ、六年前の大型台風で被災した一万人以上の人たちに、たった一人で、しかも無償で炊き出しをしたっていう伝説的なエピソードがあってね、しかも夕食はなんとフランス料理のフルコースを振る舞ったって逸話もあるんだ!」
「へえ、本当?コミックみたい」
「本当だよ!」
「すごい人なのね」

 ブツブツに並ぶ出久名物のヒーロー語りが繰り広げられ、◎は「雄英の先生方ってやっぱりすごく活躍されてる人ばかりなのね」と相槌を打ちながら聞き、出久も口の滑りが平素よりかなりよくなっていた。が、途中からは食べ終わって立ち去った後の空席に意識が向き始めて、何度か目線を外している。気付いた梅雨が出久に言った。

「緑谷ちゃん。◎ちゃんこれからご飯買ってくるんじゃないかしら」

 ハッと我に返った出久が梅雨と◎を見比べる。◎は何も言わなかったが、梅雨の言葉に対して肯定の意思はあるようだった。少し申し訳なさそうに笑っている。出久は恥ずかしそうに俯いた。

「あ、そっか。…引き止めてごめん、僕ったら熱くなって」
「ううん。じゃあ、また会えたら」
「うん」

 ◎が席から離れる。それぞれは数秒目で追っていたが、やがて自分の前の食事に体を向ける。出久は緊張を吐き出すようにふーと息を吐いた。

「つい我を忘れたけど、…びっくりしたな。本当に」
「緑谷ちゃん緊張してたわね。幼馴染なのに」
「えっ!う、うん。実は小さい頃少しだけ一緒に遊んでただけで、幼稚園か小学校の途中からは機会ないと全然話さなくなっちゃったから」
「そうなんや。でもいい子やねえ。めっちゃ話しやすかった」
「そ、うだね」

 梅雨とお茶子が◎の話をしている間、出久は未だ顔を赤くさせたまま、目を泳がせて少し据わりが悪そうにしていた。饒舌に語った先程のことを恥ずかしく思っているのかもしれない。
 各々箸の動きを再開させたが、飯田は一人振り返ってカウンターの方を見て、◎の姿を目で追った。しばしそうして、やがて出久に声をかける。

「一人みたいだが、誘わなくて良かったのかい?」
「え?」

 出久はきょとんとして飯田を見返す。そしてちらと◎を見て、「いや、」と口を開いた。

「てっきりかっちゃん探してると思って」
「バクゴーくん!?なんで?」

 お茶子が心底驚いた声を出した。勝己と◎が並んでる姿が想像できなかったのかもしれない。
 出久は何かを思い出しているような間に「あー」と置いた後、ぽつ、と言った。

「◎ちゃんは僕よりかっちゃんと仲良かったから」
「えー!意外や!」
「そうね。爆豪ちゃんが女の子と一緒に仲良くご飯食べてる姿なんて想像できないわ」
「あ!いや、今はわかんないけどね!?昔は仲良かったのと、かっちゃんには編入の報告してたみたいだったから…!」

 弁明するように必死な口振りには、今の話を勝己に聞かれてはまずい、という思考を感じた。確かに、勝己が特定の女子と仲が良いなんて話が流れたら確実に揶揄の対象になるだろう。芦戸や瀬呂は積極的にイジっていきそうだ。その話の種を出久が流したというのが本人に知られたら怒りの矛先は出久に向くのは避けられない。

 焦凍もちらと◎の方を見た。◎は誰もいないテーブルに着いた。その周りも見回したが近付く者や、勝己の姿は見えない。一人で食事をするようだった。

「友達いねえんじゃねえのか」
「えっ…そっか、まだ編入したてだからかな…飯田くんの言う通り、誘えば良かったかな…」

 いや、でも…と出久は躊躇ったまま、◎の方を見る。かなり珍しいことだ。その人の救いになると思うことは考えるより先に行動をする質であるのに。
 幼馴染同士の付き合いの中で、行動を制止するような何かがあったのだろうか。出久の様子を見て焦凍はそう思った。またちらと◎を見ると、焦凍は箸を置いて席を立った。四人の目が焦凍に向く。

「轟くん?」

 焦凍は無言のまま、まだせいろの上に蕎麦が残ってるままのトレイを持ち、◎のいるテーブルまで移動した。正面に座ると、◎は焦凍に気付いて視線を上げた。

「…轟くん?どうしたの?」
「一人なんだろ」
「?、うん」

 焦凍の行動の真意を瞬発的に理解できず、◎は不意を突かれた表情のまま、きょとんと焦凍を見つめた。元々一人で食べることに対して抵抗はなかったのかもしれない。それから先も焦凍が言葉を続けると思っていたが、焦凍は腰掛けると早々に蕎麦を啜り、それ以上は話さなかった。
 なるほど気を遣ってくれたのか、と察した。ふふ、と小さく微笑むと、◎もそれ以上は問いかけることはせず、箸を手に持った。
 元のテーブルにいる四人が焦凍の行動を意外そうに見ていたが、飯田はハッとして指を揃え広げた掌を胸元まで振り上げた。

「そうか!編入間もない中での不安をケアしようという心遣い…!ヒーローとして求められる配慮か!流石だ轟くん!」
「やるわね轟ちゃん。私も行くわ。◎ちゃんと仲良くなりたいもの」
「私も行く!」
「僕も行こう!さ、緑谷くんも」
「あっ、うん!」

 ぞろぞろと大移動をすると、座ったまま四人の姿が見えた◎はまた意外そうに顔を上げた。焦凍もそれに気付いて首を◎の視線の先に向けて捻ったが、近付いてきたのが四人だとわかると気にせず食事を続けた。

「お隣いいかしら?」
「もちろん。どうぞ座って」

 それぞれ、女子と男子が向かい合う形で席についた。奥から◎、梅雨、お茶子。男子は奥から焦凍、出久、飯田の順に並ぶ。テーブルが賑やかになると、◎は嬉しそうに笑った。

「みんな優しいのね」
「そんなことないわ。でも、最初に轟ちゃんが動いたのは意外だったわ」

 梅雨が焦凍を見ながら言うと、本人はなんでもないように返した。

「全然知らねえ間じゃねえしな。こっち五人で、そっち一人じゃなんか気分悪ぃだろ」

 淡々とごく当然のことを言っているような口調に、◎はふふ、と笑った。

「轟くんって、」
「…?」
「うーん、しっくりくる言葉が出てこなかったから今度言うわ」
「おお」

 笑ってる◎は楽しそうで、言葉は出されなかったがその様子を見るとだいたいどんなことを思ったのかは周囲にも伝わった。

「私らだいたいみんなでご飯食べとるし、見かけた時は一緒に食べようよ。ご飯の時くらいしか会えんし」
「ありがとう。そうね、そうさせてもらうわ」




 出久は記憶と変わらぬ朗らかな様子の◎に安堵していた。やっぱり一緒に座ってよかったと思う。相変わらず◎に対しては緊張してしまって、どこか遠慮してしまうことを改めて思い知った。だが、二人きりじゃなければきっと大丈夫だ。

 だが、お茶子と◎の会話を聞きながら、ある不安要素を胸の内に浮かべていた。

(◎ちゃんと一緒に食べてるところ、かっちゃんに見られたらすごい逆鱗に触れそう…。そういえば食堂で見かけたことないけど…かっちゃんいつもどこでお昼食べてるんだろう)

 見つからないといいな、と思いながら、箸を進めて◎を見る。そして、席に着く前に見た光景を思い出しつつ、隣に座る焦凍を見た。

(◎ちゃんと轟くんが並ぶと絵になるなぁ…)

 美男美女だ。
 率直にそう思った。



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