感情播種。:既視感邂逅。






(♀夢/英雄学/轟焦凍/神野事件後)



(※1:林間合宿出発直後、主は爆豪引き込みの材料として連合から誘拐されてた。神野事件からの保護後、主が誘拐された理由、●家母の要望、関係者を保護監視下に置く等様々な理由により雄英が転入試験を設け、試験合格後、雄英生になった主。普通科)

(※2:轟とは転入前の夏に偶然会ったことがあり、一期一会の縁で迷子を保護したことがある(絵日記参照))










「あっ」

 そんな短い悲鳴が小さく聞こえて振り返ると、背中から倒れそうになってた女子が階段の上に見えた。

 階段を下り中程にいた焦凍は瞬時に体の向きを変え、左手で階段の手摺を握った。右腕を広げた直後、女子が腕に降ってくる。手摺を握る左手を支点にして、慣性の流れに逆らうように強く力を込めて引き寄せた。右腕でしっかりと抱き締めその体を支える。咄嗟に何かを掴もうとした女子の手が焦凍の制服を強く握った。

 きゃあ、という甲高い悲鳴が外野から聞こえた。張り詰めた緊張感の中で本が散らばるバサバサとという音がやけに耳に響く。その後、しんと一瞬時間が止まったような静寂を感じた。

「ご、ごめん!大丈夫!?」

 階段の上から慌てて下りて来た男子の声で、時間の流れが再開したようだった。駆け下りてきた男子は焦凍の腕の中の女子に声をかけたが、女子は呆然としていて状況を正しく判断できていないようだった。
 驚いた表情のまま「え、」と、声をかけてくる男子、目の前に見える焦凍の胸、自分の体に回っている焦凍の腕、階段についていない自分の足、手摺を掴んでいる焦凍の左手、階段の下に散らばる教科書類やペンケース、階下から自分たちを見上げる数人の野次馬を数秒で見回し、「ああ…」と呆けてるながらも理解したような声を出した。

「はい、大丈夫です」

 男子に向かって微笑んで言うと、彼女は足元を見て足の裏がしっかり着く段を探した。焦凍が手を離したら倒れてしまうバランスだったので、焦凍は彼女が立てる場所を見つけるまでその体勢でいた。彼女の動作に合わせて腕の力を調整する。「平気か」と声をかけると、女子は足元から目を離さないまま「一回座りたいかも」と言ったので、焦凍は膝を曲げ、女子が階段に座れる場所まで姿勢を落とした。腰を下ろし、女子の重心が完全に床に移ったことを確認すると、焦凍は手を離して立ち上がって様子を見た。

 女子は手摺を掴んで、思いの外すっくと立ち上がった。胸に手を当てて「はー、びっくりした」と小さく言ったのが聞こえた。少しだけ弾んだ声は、存外平気そうな雰囲気だった。
 彼女は焦凍を振り返り言った。

「ありがとう、助かったわ。力強いのね」

「、ああ」

 瞬間、焦凍は妙な違和感を抱いた。違和感と呼ぶにはあまりにも小さく、思い過ごしに分類した方が正確である程度の違和感。なんだ?と思ったが、無視してそのまま答える。

「怪我ねえか」

「うん。お陰様で」

「本当ごめん!大丈夫?教室まで帰れる?」

「大丈夫です。轟くんが受け止めてくれたので。びっくりしたけど、普通に歩けます」

 何事もなかったような笑顔で言うと「それじゃあ」と手を上げ、彼女は落とした教科書類を拾いに颯爽と階段を下った。焦凍も止めていた足を再び動かして階下へ向かった。

 女子は膝をついて床に落ちた物を拾っている。焦凍も成り行きで落ちたノートの前にしゃがんで拾うのを手伝った。
 広がって落ちた拍子に折れた教科書のページを見て、女子がどこか残念そうに「あー」と小さく漏らしたのが聞こえた。

「悪ぃ」

 拾うのを手伝いながら、焦凍が呟く。焦凍が拾ったノートは折れてはなかったが床の汚れを拾ってしまっている。少し埃っぽくなりザラザラした感触がした。一目瞭然にまだ新しいノートだったので、それに対してもなんとなく悪い気がした。
 女子は意外そうに焦凍を見た後、ふふ、と可笑しそうに笑った。

「轟くんが謝ることないと思うわ」

 また、何かの違和感。今度は既視感と言った方が近かった。だけど思い出せない。
 知り合いだったかと思い、ふとノートを見下ろす。書かれた名前を見たが知らない名前だった。●◎、と頭の中で二、三回繰り返す。やはり思い出せないのでそれは無意味な思考に終わったが。

 拾い切ると全部をその女子、◎に渡した。「ありがとう」と微笑んで、焦凍の手の中の物が無くなる。焦凍が「おお」と返すと、二人ともその場から別の方向に向かって歩を進めた。焦凍はヒーロー科、◎は普通科の教室の方へ。

 事の成り行きを見守っていた周囲もその場から動き始めた。しかし胸に残る興奮を抱えたまま、今の情景を手近な者に語る声が聞こえてくる。

「なんかすごいところ見ちゃった」
「轟くんかっこよすぎー!」

「さすがヒーロー科って感じだな」

「あの子怪我しなくてよかったねー」

 ちらちらと向いてくる高揚した視線を感じたが、わざわざリアクションするものでも無いと思い気にせず歩いた。
 しかし、自分の行動によりあの女子の怪我を防げたことに焦凍もどこか高揚していた。改めて、人助けっていいもんだな、と思う。怪我をしなくてよかったとも。

 同時に、胸に残るしこりのようなものに意識が向く。

 違和感と既視感。●◎という名前に覚えはなかった。だからそんなに近しい場所で会ったわけではないのかもしれない。なのに妙に引っかかった。

 そして冷静になるほど、咄嗟のことで認識されなかった実感が、拾うように思い出されていく。平素触れない意外なものから、一つずつ。
 支点にした左腕の微かな痛み。右腕に収まった華奢な体の重み。頬を掠めた長い髪と、焦凍の制服を握った小さな手。かなり強く抱いたのにふわりと飛び込んできた感触。
 女子ってあんなもんなのか、とぽつりと思う。

(なんか、すげぇいい匂いしたな)

 もう落ちねえといいけど、と思考して、焦凍は自分の教室に向かった。



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