18。:性差感情。
(♀夢/英雄学/爆豪勝己/notヒーロー志望/(勝己が◎を意識してたら)というパラレルif)
幼馴染には独特な距離感がある。
家の外で関わる多くの人より圧倒的に近しいのに、しょせんは他人でしかない。家族のように過ごしていても血の繋がりはない。意識してみると不思議だった。片方が遠くへ引っ越してしまえば途端に疎遠になる。薄弱な縁だ。勝己はそのことを時折考える。
勝己には数人の幼馴染がいる。その中で最も親しくしているのは隣の家に住む●◎だ。生まれた時から家族同然に過ごしてきた。互いの両親が婚姻前からの友人で、●夫婦が仕事を理由に◎を爆豪家に預けることが多かったためだ。
当たり前のように寝食を共にし、遊び、風呂に入り、過ごせる時間はほとんど一緒にいた。勝己と◎にとってお互いは、毎日触れる食器やベッド、手になじんだ玩具と酷似した存在だった。生活に組み込まれた自分ではない自分の一部。所有物とも思える密接な関係。だから子供の頃は本当の兄妹だと信じていた。実際、自分たちには血の繋がりはないけれど、それを知ったからといって何かが変わることはない。おそらく普通の兄妹もそうであるように、成長と共にそれぞれが違う過ごし方をするようになっただけだ。
◎はある程度の年齢になると、自宅の風呂を使い、自分の部屋で寝るようになった。家族間の憩いの場として爆豪家へやってきて、自宅では家族の知らない時間を過ごす。家の外の世界を知れば誰にでもやってくる自立の過程だ。親の目から離れたい年頃でもある。その成長過程は当然勝己にも訪れているし、むしろ自立意識が芽生えたの勝己の方が早かった。第二次性徴を迎えると共に、自分たちの性差を先に意識したのも勝己だった。自分の可能性に期待して強い自信を持ち、大人の保護下に置かれる未成年という立場がもどかしくて、早く大人になりたいとも思う。早く子供から抜け出したいとも。……否、彼はとある事柄において、既に子供と同じ感覚ではなくなったのだ。変わりたいと思ってるのは、自分自身に対してではなかった。
先日のこと。家にゴキブリが出たと言って◎が爆豪家に風呂を借りに来ていた。彼女が虫が苦手であることは勝己もよく知っている。だから事情を聞いた時は、家の中に出たらそりゃあ風呂を借りに来るかもな、と、すぐに納得ができた。
問題は、ヒーロー基礎学で汗をかいた勝己がその事情を知らないまま帰宅して真っ先に脱衣所に向かったことと、◎が他人の家であるにも拘らず脱衣所の鍵をかけなかったことだ。勝は仕事。光己は台所。誰もいないはずの脱衣所のドアを勢い良く開け、予想外の人影に勝己は足を止めた。それと同時に◎の裸を目の当たりにした。不意を突かれ、目に飛び込んできた細くまっさらな背中に息を飲む。かろうじて下着はまだ付けていたけれど、思春期の少年にとって異性の下着姿など裸と大差ない。ドアの開閉に気付いた◎がこちらへ向きかけた時に勝己は我に返り、慌てて叩きつけるようにドアを閉めた。
『鍵かけろやクソが!』
ドア越しにそう怒鳴りつけた。顔が沸騰するように熱かったのを勝己は今も覚えている。
なんでいんだよ。風呂はこっち使ってねえだろが。
今しがた起こった事故に脳内でそう言い訳を並べる一方、先ほどの光景が勝己の頭の中を占領する。
数年振りに見た◎の裸には女のやわらかい凹凸があった。勝己はそれにひどく動揺した。同年代の女の下着姿を生で見たのは、思春期を迎えてからはそれが初めてだった。脱衣所の記憶が無意識のうちによみがえり、勝手に卑猥な想像に繋がる。兄妹同然の◎にそんな想像をしていることに気付いてはイラついて、無理やり別のことを考える。そんなことが◎が風呂から出てくるまでの数十分間に何度もあった。そして風呂から出た◎に、なんで爆豪家の風呂を使っているのかの事情を聞いたのだった。
話を聞いた勝己は光己に焚きつけられて●家へ向かい、それを撃退した。にも拘らず、◎は家で寝るのを怖がって再び爆豪家に戻ってきた。しかも当然のように勝己の部屋で一緒に寝ようとする。勝己は拒否したが、勝己がいないと怖いと散々言われたのと、今にも泣きそうな顔で懇願されたせいで、結局は部屋に入れることを渋々許した。昔から◎が弱ると勝己は調子を崩して彼女の思い通りになってしまう。さすがに夏の薄着で同衾しようとしてきたのは断固拒否して、来客用の布団を持ってこさせて別々に寝たけれど。
同じ部屋で寝るのを拒んだのは、◎へ向かう意識を自覚しているからだ。
気を許している。居心地よくも感じる。だがそれとは別の意識が勝己にはあった。緊張するのだ、◎といると。学校で明らかに男子と女子で区別されるようになってからそうなったように思う。着替え。体育。選択できる授業の科目。身体測定。合唱のパート分け。学ランとセーラー服。
その区別によって知らない◎が増える度に、所有物だという意識が薄まっていく。クラスが分かれているせいで余計に知らない一面が増えていくようだった。そう感じる度に、勝己の中で◎は兄妹から女子となり、関心と緊張が強まっていく。果ては、当たり前のように◎に触れることすら、平常心を意識してから臨まなければいけないありさまだった。
◎の個性は温度変化だ。体感温度や肌の温度をコントロールでき、季節を問わず快適に過ごせる。ある夏の盛りに程よく冷えた彼女の肌に触れた時から、勝己は毎年夏と冬には◎を保冷剤やカイロ代わりにしてその体に触れていた。今それを◎に要求する時、自分の中の下心を完全に否定しきれない。彼女の服装がみだらなものに変わったわけではないのに、露出した部分から服の中に続く稜線を想像することが増えた。服の中に手を入れて素肌を触れても、その間は◎は抵抗しない。この手を少し動かせばどこに触れるかと、いつからか女の象徴的にやわらかい部位を考えては理性でねじ伏せるようになった。◎の腹の肉を掴み揶揄の言葉を交わして戯れることで、まったく意識していなかった時の自分を取り戻そうとした。
昨年の冬。背中から抱きしめて、まだ◎のことを手に入れていないと思い知っては一人奥歯を噛んだ。そのまま腕に力を込め、やわらかい髪に頬を強く当てたりした。その髪はとてもいい香りがして、勝己の心臓を掴んで離さなかった。◎は勝己がひどく寒がってると思い、温度を上げた手を勝己の手に重ねてきた。そのやわらかい手に、憤りに似た悔しさを感じた。
感情の変化があって以来、意識する点を上げればキリがない。ふと香る石鹸の匂い。食事中の間接キス。握った手の小ささ。やわらかい華奢な体。二人きりの時に聞く、耳に落ち着く笑い声。……笑った声なんて生まれた時から聞いているのに。
学校と家では互いに態度を変えていることなんて、今では当たり前のことすらそうだ。秘密の共有。自分たちの間にある特別。秘密の内容自体は大したものではない。ただこの特別を決して他人に触られまいとする潔癖さが異常に強かった。だから学校では徹して疎遠になったふりをする。また、いま◎を意識しているこの状態で、小学校時代のように周りから付き合ってるだのなんだのと囃し立てられたら、◎にこの気持ちを隠し通せるとは思えなかった。
この粘つく意識を疎ましく思うのは、◎が自分と同じ感情を持っていないせいだ。◎が勝己に抱いているのは家族愛や兄弟愛。勝己が抱いているそれとは違う。そのことが我慢ならなかった。逆恨みであることはわかっている。伴う感情が先に変わってしまったのは勝己なのだから。
変わらない◎と、変わっていく自分に勝己はずっとイラついていた。その不満はふつふつと、◎の女の面も自分の物にしたいと、ずっと勝己に思わせてきた。
それは熱烈な執着で、空回るような恋だ。
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