疑似喪失。:土曜午後2時頃。
(♀夢/英雄学/爆豪勝己/notヒーロー志望/怪我表現あり)
遠い場所で聞こえる音。隔絶された世界の出来事にも聞こえるそれらは、自分の死を連想させた。
ああ、私死ぬのかな。痛い。死ぬのって突然なんだな。そんな現実逃避にも似た思考がのんびりと◎の頭を巡る。
腕から発火した炎は右腕から燃え広がって皮膚を焼き、ヒリヒリとした痛みが毎秒ごとに襲ってくる。火そのものは消えたのに、まだ爛れていく感触がある。負傷した場所を誰か切り落としてほしい。◎は本気でそう思った。本当に痛い。身体を動かす力すら残っていないのに、興奮している意識が気絶させてくれない。もう死んだ方が楽なんじゃないか、とうっすらと思い始める。
(今日の夕飯、辛いカレー作るって言ってたのに)
勝己、怒るかな。ぽつりとそう思う。
地面に倒れ臥した◎の目はアスファルトを映す。その遠くを駆ける足と、遠巻きに眺めている野次馬の足がぼんやりと見える。視界は少しずつ滲んでいく。
不安が膨らんでいく中、自分を保つ為に意識的に思考を奮い起こす。
道に投げ捨てられた買い物袋と、夕飯を作れないことと、勝己が怒る姿。勝己はなんて言うだろうかなんて頑張って回していたその思考も、数秒も経たないうちにべったりまとわりつく痛みに侵され霞んでいく。
痛みだけの世界で◎は嗚咽をもらした、気がした。もう何もわからなくなってきていた。広く深い闇に包まれていくようで怖かった。ひとりぼっちで消えていくようで。
脳裏に勝己と家族の姿が浮かんで、ひどく心細くなって涙が溢れる。睫毛を伝い、ぽたと落ちたのを感じた。
………、…
……………………嫌。
やだ 。
嫌だ。こんなの。死にたくない。
私だけ。
ひどい。
怖い。
怖い。
怖い。嫌だ。
嫌だ。
(…誰か…、………)
誰か助けて。
涙が流れる感触と激しい痛みが克明だった。手応えのない孤独に呑まれるように、深い闇に沈む感触がした。
視界は黒。
出口はない。
◎の周りでは、敵を捕獲したヒーローが声をあげていた。
「おい!早く救急車!!!」
「女の子が火傷してる!!誰か冷やせる個性のやついないか!!」
「俺がやる!誰か清潔な布を持って来てくれ!!」
怒号飛び交う中、バッグドラフトが倒れる◎に布を被せ、その上から冷水をかける。◎は顔を歪め叫んだ。痛くて動けないのに、動かないと痛みに耐えられない状態で逃げ場がないようだった。子供のような泣き声が悲痛に響く。気の毒そうな顔でその応急処置を眺める野次馬達。その後ろを勝己は通りかかった。
「………は………?」
非日常の現場で、普段絶対に声を荒げない幼馴染が、もんどりうって泣き叫ぶ姿を見た。
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