橋渡し。:爆豪勝己の日課。
「お前今日滋牙に手紙渡したろ」
爆豪家での夕飯の後。隣家の自宅に帰ろうとする◎を見送る際に玄関で勝己が言った。声量は抑えられていたため、リビングにいる光己に聞かれないように配慮しているようだった。光己に詳細を聞かれたら確実に揶揄されるからだろう。
◎は玄関で靴を履いたまま、勝己を振り返って微笑んだ。
「うん。受け取った?」
「爆破した。もう持ってくんな」
「ふふ、ごめんね。本当は捨てるつもりだったんだけど、滋牙くんがいたから」
「ゴミ箱代わりに使ってんじゃねえよ」
はー、と呆れ顔で肩を落とした。◎は楽しげに笑って、そのまま何往復か軽口を叩く。可愛い子だったわよ。興味ねえ。そんな会話の先で、ふと◎は声の調子を変えて勝己に問いかけた。
「ねえ、前から思ってたんだけど、聞いてもいい?」
「んだよ」
「勝己って誰とも付き合わないわよね。好きな人いるの?」
「いねぇよそんなん」
「よかった」
ぴた、と勝己の動きが止まる。そのまま怪訝な気持ちでじっと◎を見た。よかった、の言葉の意味がなんなのか。反射的に頭の中に出てきた予想は口にしたくなかった。「お前俺のこと好きなのか」。そんなことを尋ねて万が一肯定が返されでもしたら、その体を突き飛ばしてすぐにでも玄関から追い出したくなる。また、そう訊くのは女に好かれる自惚れやその好意を期待しているようにも思えて、勝己は口を閉ざして◎に応答しないでいた。
勝己のその内心を知ってか知らずか、◎は微笑みながら続けた。
「それじゃあこれからも遠慮なく捨てられるわ」
聞いて、そりゃそうだ、と勝己は納得する。その回答に感じたのは安堵だ。◎からそういう意味で好きだと言われても、長年抱き続けた家族愛のようなものを容易く切り替えることはできない。自分を恋愛対象として見る女子たちと◎が同じではないことは勝己にとって望ましいことだ。何故なら、勝己の中で恋愛は既に嫌悪に分類されてもおかしくないくらい億劫なものだったからだ。その分類の中に◎が含まれてしまうことは、勝己の精神衛生上よろしくない。生まれてからの付き合いと◎の家庭環境の都合もあり、家の中で会うことは不可抗力の状況だ。そこに恋愛が絡んだら鬱陶しいに違いないのだ。
(まあ、こいつに限ってそりゃねえか)
恋する女がどういう表情をするのか、勝己はおおよそ見ればわかるようになってきていた。目が合いそうになると逸らされる、話すと照れ笑い、紅潮した頬、潤んだ瞳、上擦った声。眼前に差し出されてもどうしようもないものばかりだ。そのどれもが◎には該当しない。考えるまでもなかったことだ。
「それじゃあおやすみ。鍵よろしくね」
「おう。じゃあな」
「うん」
◎が玄関を出ると勝己はドアを施錠し、自室へ行くため二階へ向かった。勝己の部屋は隣家、つまり◎の家に面している。カーテンを開けて外を見ると、◎は自宅の門を通ったところだった。すぐ隣だから心配することもないのだが、◎は目を離したらすぐにどこかに行く性分がある。しかもそれに対する危機感もない。半ば親心のような気持ちで帰宅する◎を眺め、家の電気が点くまで自室の窓から外に目を向けるのはもはや日課でもあった。
玄関の電気が点く。続けて階段の電気がついたところで、勝己は窓から離れた。
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