橋渡し。:彼女にとっての彼。
(♀夢/英雄学/爆豪勝己/中学/notヒーロー志望/爆豪の友人に名前つけてる/モブ女登場)
◎が抱いた勝己への第一印象は、手綱であった。
◎は幼い時分、よくいなくなる子供だった。特に行き慣れない場所に行くと頻繁にいなくなった。
物珍しさに高揚し、あらゆるものに関心を奪われ、よそ見をしてはふらふらとどこかへ足を運ぶ。離れるつもりなんてないまま立ち止まり、ふっと我に返った時には知ってる人が誰もいない、ということがザラであった。
あれ、と思うが危機感はない。迷子になっている自覚はあったが、それで泣いたことはなかった。
このまま誰とも会わなかったらどこに行ってしまうのだろう。そんなことをわくわくと考えて、まるで異世界に飛び込むことを空想するように、孤独への恐怖に胸を躍らせていた。
が、最後には知っている人に会って◎の小さな旅はそれで終了。ただいま現実。
爆豪家の面々と一緒にデパートに出かけた時、やけに慌てた大人の顔と再会すると◎はニコッと笑った。大丈夫だよ、と伝えなければならないと思って自然に起こす行動だった。
母親代わりの光己が迷子を叱る前に、◎の傍に走り寄ったのは幼馴染の勝己で。ずんずん近付いてくると、思いっきり◎の頭を殴って怒鳴り散らした。痛い。
『いなくなんなっつったろーがバカ!』
殴られた頭を押さえ、勝己に怒鳴られたことへの驚きと、徐々にぐわんぐわんと響いてくる痛みでじわっと涙が浮かぶ。◎が小さく声をあげてめそめそと泣き始めると、勝己は反射的にギクリと硬直した。強く殴りすぎたと一瞬戸惑った直後、母の光己に頭を叩かれて今度は勝己が叱られた。理不尽な叱責に勝己は反抗したが、光己は親友の娘である◎をいたく可愛がっている。泣いている◎に拍車をかけて怒るよりは、女の子に対して手加減なく手を挙げた我が子を叱る方が矛先を向けやすかったのだ。
夫の勝が妻と息子に「まあまあ」と声をかけて宥めるが、二人は収まる様子がない。苦笑いを浮かべた後、◎の前にしゃがんで涙を拭きながら「勝手にどこかに行ったらダメだろ?」と優しく伝えると、◎はごめんなさぁい、と涙声で言った。
合流してはい安心、となったところで、キャンプ道具の見繕いを再開した。
『なんで俺が叩かれんだよ!』
『女の子殴るからでしょうが!』
『悪いの◎だろーが!くっそ、てめぇのせい…っておい!』
恨み言を言おうと振り返ると、◎は泣き続けながら明後日の方向に目線と身体を向けている。こいつ絶対動く!と察した勝己はむんずと◎の後ろの襟首を掴んでその後に続くであろう進行を阻止した。
『てめぇまた消えたら殺すぞ!』
物騒な物言いにまた光己に叩かれた。そのまま◎のこと見てなさいと言われ、なんで俺が!と反射的に離したくなる。が、離してまた◎がいなくなったら理不尽にも自分が叱られるし、◎を探す羽目にもなり面倒だ。幼いながらもそれを重々理解していたので手の力は緩めなかった。
勝己が前に進むと◎は後ろ向きに進まなければならなかったので、勝己は◎の手を取った。出先で誰かと手を繋ぐなんて格好悪いと思ったのに、◎は「手繋ぐの?」と喜んだ。「お前が迷子になるからだよ!」と勝己は怒鳴った。こんなんで喜ぶなんてバカじゃねえのと思ったのに、繋いだ手を離したいとは思わなかった。
手を繋いだ後、◎は勝己の傍を離れなかった。
それが◎の中で、家族との最初の記憶だった。
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