マフィン。:甘い匂い






(♀夢/英雄学/爆豪勝己/中学/幼馴染/小ネタ「notヒーロー志望」より)







 登校した時から、なんとなく浮き足立った空気は感じていた。それが昼休みに入った辺りから、甘い匂いとともに色めき立ったものに変わっていった。



 中学生にとっての昼休みは、登校から下校までの間で最も自由な時間だ。勝己は大抵友人を引き連れて、体育館でバスケなり、裏庭で駄弁るなり、それなりに有意義に過ごしている。とりあえず教室からは出て開放的な気分を謳歌しているのが常だ。

 が、勝己の友人たちは今日ばかりは教室に待機を希望して動こうとしない。談笑しながらそわそわと教室のドアを見たり、不必要に席を立っては教室の外を覗いたりしている。
 教室から出る誘い文句の時に「いや、今日はいいわ」と断られ肩すかしをくらった勝己はその理由を悶々と考えていた。

 思い当たる節がひとつあったが、そんなくだらない理由で断るわけねえ、と思いその予想は即座にドブに捨てる。うやむやなまま一人離れるのが釈然としなかったので勝己も渋々教室に留まった。

 そして理解した。友人達が教室にい続けてる理由は、勝己がドブに捨てた予想通りだった。





 隣のクラスの女子が調理実習でマフィンを作った。ほのかに香る甘い匂いの正体はそれだ。友人達はバレンタインさながらに、そのお菓子の受け渡しを意識しているのだ。隣のクラスからやって来た女子がお裾分けに来ている姿を羨ましそうに眺めているのを見て確信した。

 今のところ実際に見かけているのは女子から女子へ、だが、机を囲んで繰り広げられてる会話の中では「綿貫はもらったみてぇだぞ」みたいな話が横行していてげんなりする。
 話の温度感から推測するに、「綿貫」とやらは男子だ。勝己の中では名前と顔が一致しないどころか誰だよそいつ状態で、そもそも名前なんて初めて聞いた。


 自分よりもお菓子とそんな話を優先されていることに虫の居所が悪くなる。友人がまともに自分の相手をしないことに完全にヘソを曲げていた。

 そしていつまでたっても隣のクラスの女子が友人にお菓子を渡しに来る気配はない。全くない。夏に雪が降るのを期待している阿呆を見ているようだった。

 友人は勝己を引き止めているわけではないのだが、勝己はどこかに移動する気が完全に削がれて仕方なしにそのまま付き合っていた。待つという行為がそもそも嫌いという質もあって、至極面倒くさそうな声で文句を垂れる。

「んなもん買えばいいだろーが」

「いや、腹減ってるだけならそれでもいいんだけどよ〜、女子からもらうってのに箔がつくんだよ。わかるかい勝己くん」

「んな気配毛ほどもねぇだろ。くだらねぇ」

「およ、カツキどこ行くの?」

「るっせーな便所だよ」

 友人らは勝己の声をまったく聞き入れる気がない。彼らの中にある、女子からお菓子を受け取りたいという願望やら、それに伴う待機姿勢に対して勝己はイラついていたが、矛先は調理実習そのものに向いていた。

 そもそも調理実習などやったから友人らは勝己を相手にしないのだ。同年代の女子が作った生焼けや焦げた手作りよりも、市販のものの方が美味いに決まっている。同じクラスの女子たちが調理実習でそんな悲惨な生焼け焦げマフィンを生み出したのは記憶に新しい。そんなものを欲しがるなんて味覚がどうかしている。生地そのものが失敗してなければ最悪食べれなくはないだろうが、そうまでして欲しいと思う心理が理解できない。第一、女子から物を貰ったところで何の箔もつきはしない。

 文句が過剰に湧いてることを自覚しているが収める気はない。

 しかも隣のクラスと言えば、生まれた時から付き合いのある幼馴染がいるクラスだ。あいつまでこの渦中にいんのかと考えると、早く今日という日が終わっちまえばいいと舌打ちした。



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