marbling/1
(お粗末/あつトド)
「トド松くん」
呼びかけるが、返事は気持ちの良さそうな穏やかな寝息だけだ。呼びかけに、起こさなければという意思はない。むしろ眠ってるかの確認をするためといった方が近い。
はて、今日はいったい何杯の酒を呑ませたのだったかと、酔いが回った頭で考える。グラスの中の酒を飲み干すと、会計をして店を出た。酔って意識がないながらも、トド松くんはふらふらと足を動かして歩く。トド松くんを抱えながら道でタクシーを捕まえ、後部座席で自分に寄りかからせながら自宅の住所を運転手に伝えた。車は発進し、車窓の外はきらびやかな夜の街が流れていく。それを眺めながら、肩にもたれ掛かるトド松くんの頭に触れた。呼吸で定期的に動く体が、愛しかった。
ずいぶん長いこと、僕はこの男に恋をしている。きっかけなんて全然覚えていないけど、僕が事を起こしてしまったときも、こんな風にトド松くんを自宅に運んでいた。あのときは僕も恥ずかしいくらいに酔っぱらっていて、帰巣本能だけでタクシーに乗ったようだった。自分でタクシーを止めたのか覚えていない。それくらい酔っていたのだ。運転手に起こされて重い体に鞭打ってトド松くんを連れてマンションに入った。寝たら酔いが醒めるということもそのときばかりはなくて、部屋に入ってからもずっと酩酊としていた。ベッドにトド松くんを放り出したときに、彼は一瞬だけ目を覚まして、僕を認めると「ん」と両腕を広げた。
「兄さん、だっこ…」
いくつだよ、と思った気がするが、それをはっきりと考えられるほど僕の頭は理性的でなく、言われたからそうした、といった感じでトド松くんに覆い被さった。それから彼はまた寝息をたて始めたけど、僕は朦朧とした意識の中で、今腕の中にいるのは女の子だと錯覚を抱き始めていた。ほとんど無意識で、彼の体を撫でて、肌にキスをしていた。どこまでいったのかは翌日の僕が推測した域を出ないが、互いの唇を触れ合わせたまではしても、事に及んではいないはずだった。男性との経験がないのに無意識でそこまで事を運べたら僕は自分を軽蔑できる。
だけど、それから僕はあの夜が忘れられないでいる。酷く朧気なあの夜を。
単純に酒に酔っていたせいもあるだろうが、あのひとときは実に夢心地で、大変気持ちがよかった。それを確かめるために、その数日後に僕はトド松くんを酒に誘い、彼が酔いつぶれるまで呑ませてまた自宅に運んだ。あの時と違うことは僕の意識がはっきりしていることだったが、それでもあの時の心地よさは再現できていた気がする。
トド松くんに触れるとあの夜がリフレインされる。それがわかると、僕はトド松くんを何度も飲みに誘った。頻繁ではなかったけれど。僕がその感覚に酔っている理由は、人の肌に触れることが心地いいから、という単純なものではない。おそらく、何も知らない眠っている男に、性的な意識を向けているという背徳感が気持ちよかったのだ。
もともとトド松くんに対しては、他の友達よりも好意的に思っていた。かわいさの演出をしている割に、男らしいというか、ドライで付き合いやすい。友達としても彼は僕にとって居心地がよかった。
こんなことをしていると知ったら、どう思うだろう。軽蔑するだろうか。絶交だろうか。それとも案外、受け入れたりするのだろうか。
ただの性欲のはけ口と言われればそれを否定することはできない。だけど僕はこの感情を恋だと思った。彼が目の届く範囲にいると手を伸ばしてキスをしたくなる。無防備な彼を独り占めしたい。その欲が次から次へと溢れて、どこにも行き場がなく、悶絶としていた。恋だと認識する決定打は、トド松くんに対してのみ、欲が生まれるのだ。
マンションのベッドに寝かせたトド松くんの髪に触れる。気持ちよさそうに眠っている。見ていると笑みが浮かぶ。性欲以外の理由はなく、彼がひどく愛しかった。
トド松くん。
(トド松)
心の中で呟いて、僕は彼に唇を合わせた。