幸せの権利.1









(特殊BL/種が運ぶ命/アスランとレイとキラ/レイが女の子/死/現パロ/前サイトから転載)



prologue

目に映るものに現実味を感じなかった。
自分の目で見たものが嘘としか思えなかった。
騙されない。
そんなことありえるわけがない。
そんな幼稚な嘘に騙されるわけがない。
…何度もそう自己暗示した。
なのに流れる時間が、虚しい声で話す幼馴染みが、異状な空気が、守られない約束が、嫌に冷静で他人のような何処かの自分自身が。
目に映るものが夢幻でも嘘でもないことを俺に自覚させていった。



女子から「好きです」と告白をされた時、「今は恋愛に興味がない」と言えば大抵の子は諦めてくれた。事実それは嘘ではなく、記憶のある限り俺は恋愛に興味を湧かしたことがない。「興味ない」と言って引き下がる程度の好意が恋愛ならば、安いものだと思う。そんな安いことが何十回も繰り返されて、恋愛に冷めた目しか向けなくなったのだろう。自慢ではないが、俺は告白された経験は多かった。
だが、かといって、「恋愛に興味がない」という言葉に屈せず、食らい付いてくる女子が情熱的で心惹かれるというわけではない。むしろそういうのは鬱陶しかった。目の前の女子は典型的なそれだった。「付き合ってる人がいないなら付き合って」と言われて彼此十数分経っている。
そもそも俺は、流行に流されてころころ嗜好が変わる人間が好きじゃない。スカートを短くして、校則違反して化粧をしてるこの子はまさに苦手タイプの模範だ。
だが俺にも良心というものはある。「君には興味ないよ」という言葉を直接言えば、相手が深く傷付くことくらい想定できる。だからそうならないように毎度断るたびに歯に衣を着せて言ってるのだ。が、遠回しな言い方だと時々こうして納得できない人や、諦めてくれない人がいる。そういう時は少し言葉を変えて同じことを言うのだが、この子にはそれが通用しない。
呼び出された場所が図書室というのもあり、このやりとりを早く終わらせたかった。どうやってかわそうかと思い、静かに溜息を吐く。長年この言い逃れだけで過ごしてきたから、咄嗟には思いつかない。頭を掻いて視線を彷徨わせるといつのまにか近くの棚に女子生徒がいた。金髪で細身な子だった。メモを片手に本を探している。一年生なのか、皺一つない制服が少し大きくて、スカートが規定以上に長く見えた。それを見て名案を思いついた。
「実は好きな子がいるんだ。知られたくないから今まで恋愛に興味ないって言って誤魔化してたけど、その子のことしか考えられない」
幼馴染みに付き合って見たドラマだか映画の台詞を改造して言ってみたら、それまでのしつこさが嘘のようにその子は引き下がった。その呆気なさに少し唖然としたが、俺は別れを告げるとすぐにそこを立ち去った。本を探している女子の横を通り過ぎたが、特に視線をやったりもしなかった。彼女を見て「好きな子がいる」という作戦を思いついたが、実際に彼女を好きなわけではない。
まるで最初から視界に入っていないと言うように颯爽と通り過ぎた。
*

翌日学校に来ると、幼馴染みが寄ってきた。昨日ああいうことがあった時、彼が来る理由は一つだった。
「おはよう、キラ。昨日は校舎裏と屋上で先輩、図書室で同学年の子から告白されたよ。みんな知らない人だ」
何故か、今年になってからキラは俺に告白してきた女の子のことを聞いてくる。学年、容姿、服装。可愛かったか綺麗だったか。
なのに聞き終わるとすぐに関心をなくす。いったいどういうつもりなのだろうか。今も俺の報告を聞いてすぐつまらなそうにした。
「最近アスランにコクるの今時って感じ子ばっかりだね」
一人くらいスカートが長い子とかいれば良いのに、と言うキラに、無理だろ、と返した。少なくとも俺のクラスには、規定通りのスカートの長さの女子は一人もいない。
キラの発言を聞いていると、新しい恋人探しでもしているのだろうかと思った。キラは常に恋人がいて、気が付けばその相手はころころ変わっている。そのうち刺されるんじゃないだろうかと俺は時々思う。
俺のクラスは今朝から体育のため、キラは自分の教室に帰っていった。
今年は新入生の数が多くて、一学年は通常より一つクラスが多くなった。そのため俺のクラスは週に一度だけ、とある一年生のクラスと体育の時間が被っている。今日がその日だった。
俺のクラスの男子は外でサッカーをするらしい。クラスに特に親しくしている友人もいないため、俺は早々に校庭へ出た。校庭と校舎の間の一部には小さい芝生と植木があり、そこに目をやると既に人がいた。昨日図書室で見かけた金髪の一年生が、木陰にぽつんと体育座りしている。彼女はいつも授業に参加せずに端の方で座っている。この体育の時間で初めて見た時は、半袖から伸びる彼女の細すぎる二の腕に気味悪さを感じたが、今では見慣れてしまった。筋肉がまったく無さそうなその腕を見て貧弱な印象を受けた俺は、彼女は身体が弱いのだろうと思った。少なくとも、サボりではないことは考えられた。
ふと、彼女が俺を見た。だが、見知らぬ人だとわかると再び視線を前に戻してどこかを見つめた。俺も特にそれに干渉せずにグランドへ入った。
*

帰りはほとんど毎日キラと一緒だった。小学校の時からそうしているため、それが当たり前になっている。今日もそうしてキラと帰ろうとしたが、キラは図書室に用があるらしい。普段滅多に本なんか読まないくせに、何しに行くんだと思い尋ねてみた。
「借りた本返さなきゃ。昨日借りてきたんだ」
そういって出したのは政治経済関係の分厚い本。漫画ばかり読んで新聞を見もしないキラがそんな本を借りるとは意外だった。しかし、昨日借りて今日返すということは、確実に読んでいないだろう。いったい何のために借りたんだか。
本の返却程度なら時間がかからないだろうと思い図書室に付き合った。
図書室は疎らに人がいた。テスト前ではないし、普段図書室を使う人間なんてこの程度だろう。キラはカウンターで返却作業を済ませると、何故か奥に歩いて行ってしまった。返却が終わったらすぐに帰るだろうと思っていた俺はキラの行動に困惑し、戸惑いながらも見失わないうちについていった。キラは音楽関係の棚を探し、見つけるとその通路へ入っていった。学校の図書室にある音楽関係の本なんてキラの興味の対象外じゃないかと思っていたが、どうやら彼の目的は本ではなかったらしい。キラが入った通路の先に、冊子になっている楽譜を見ている女子がいて、キラは彼女を目がけて歩みを進めた。彼女は俺も見知っている人物だった。話したことはなかったが、俺は今朝も彼女の寂しい姿を見たのだ。
「レイ」
それが彼女の名前なのだろう。彼女の視線が楽譜から上がり、空色の瞳がキラを見た。声を掛けたのがキラだとわかると、彼女の雰囲気が和らぎ安心した顔を見せた。初めて見る表情だった。
「今日ラウさん迎えに来られないんだよね?送っていこうかと思って来たんだ」
初めて聞く内容の話に、そんな話聞いていない、と言おうとした。だがその前に、キラの声がいつもより優しく聞こえたのが不審だった。見てみると、キラの瞳は今まで見たことがないくらい優しくて、まるで包み込むような眼差しだった。初めて見るキラに戸惑って、思わずキラの視線の先の彼女に目を向けて逃げた。すると意外にも、キラを見ていると思っていた彼女の目は俺に向けられていたようで、一瞬目が合った。ビクッと彼女の肩が震えて、視線はすぐに彼女が俯いて逸らした。自分は怖い顔でもしていただろうかと思い頬を撫でるが、鏡も見ずに自分の表情なんてわかるはずはない。
「いや、今日はギルが来てくれるから…」
少し震えているように感じる声は、キラの申し出を断ってしまう遠慮からだろうか。俯いたままの彼女に、キラは些か残念そうに「そう…」と答えた。
少しだけ気まずい間が開き、二人の会話に入ることのできない俺は居たたまれなくなった。というか、キラは俺と彼女が一応初対面だということを忘れているのだろうか。小さい溜息と共に肩を落とすと、再び彼女に視線を向けた。すると先程と同じように目が合い、またすぐに彼女から逸らされた。青い瞳はキラに向けられて、遠慮がちに声を発した。
「あの、キラ…」
声を掛けられたそちらに目を向けると、キラは彼女の言いたげなことに気付いたらしい。「ああ」と少し高く声を上げて俺を見た。そしてまたすぐ彼女に向き直る。
「ごめん、紹介してなかったね。レイ、この人はアスランで、僕の幼馴染み。って知ってるよね、しょっちゅう話してるんだし」
彼女は素早くこくりと頷いた。しょっちゅう話してるって、いったいどんな話をされているんだ。
キラと彼女の関係を考えていると、キラが今度は俺を見て彼女の肩をぽんと軽く叩いた。
「アスラン、この子はレイっていって、僕の従妹なんだ」
そう言われて、ああキラの新しい恋人ではなかったのかと思う。
ぺこりと軽く頭を下げる彼女を見て、よろしくと言っておいた。一応お互い顔を知っているので、改めて自己紹介というのもどこかくすぐったかった。
今朝のキラとのやりとりを思い出して、彼女の服装を見た。スカートは膝丈で、ネクタイもきっちりと締めている。化粧なんてまったくしていないし。まさに模範生を想像させる着こなしだった。今のキラの好みは彼女なのだろうかと考えていると、彼女のポケットでバイブ音がした。彼女は慌ててポケットから携帯電話を取り出して、鳴り続いていたバイブを消した。そしてすぐキラを見上げる。
「ギルからだから…もう行く」
「うん、わかった。気を付けて帰ってね」
彼女はこくんと頷き、持っていた楽譜を棚に戻した。そして俺を見上げると、ぺこりと会釈をして「さようなら」と挨拶した。まさか俺に挨拶をするとは思わなかったため、俺は少し吃って、「また」と返した。それに対し彼女は小さく頷くと、キラに「それじゃあ」と言って歩きだした。キラは「バイバイ」と言って手を振り、彼女の姿が見えなくなると手を下ろした。キラを見ると、少し寂しそうだった。
「好きなのか?」
ストレートに尋ねてみた。キラに対して遠回しに言う必要はない。キラは俺の問いに僅かに顔を赤くし、答えるのを躊躇うように少しだけ間を開けて、小さく「うん」と答えた。だが、彼はまた俺が見たことがないような切ない顔で微笑んだ。
「でも、告白できないんだ」
キラのその言葉が不思議だった。今まで何人もの女の子と交際してきたのに、何故今更彼女にだけ遠慮するのだろう。本気ということなのだろうか。
そうなると、今まで付き合っていた女子たちは遊びということなのだろうか。確かに、キラから今付き合っている女性の惚気なんて聞いたことはない。彼女のことが好きならば、彼女と付き合えば良いのに。キラの女性関係は俺にはよくわからなかった。