雨の日。四






(お粗末/あつトド)


 映画を流しながらご飯を食べて、皿が空くとコーヒーを煎れた。画面の中は失敗を乗り越えて主人公が報われるシーンで終盤間近。ハッピーエンドで終わりそうだった。
「こんなトントン拍子に進んだら苦労しないよねぇ…」
 ポツリと隣で独り言が聞こえて、横に目を移すと随分白けた顔が見えた。至極つまらなそうで、彼はこの映画が好きじゃなさそうだった。
 映画の物語自体はどこかで見たことがあるような王道で、キャスティングと演出で人気を攫っている印象を受ける。女の子が抱く理想の男性がこの主人公の相手の男なんだろうな、と僕も冷静な目で見てしまい、あまり夢中にならなかった。
「映画だしね。作り物だからそうしないと成り立たないでしょ」
「そうだけどさぁ、なんで男の方がこんなに立ち回ってるの。好きだからってここまでするもんかな」
「トド松くんはしないの」
「しないね。僕が細々とケアしなきゃならない女の子だったらそもそも好きにならないし。勝手にしてよって感じ」
「でも、好きな人はこの映画が好きなんでしょ?」
「は?」
 トド松くんがこちらを振り向く。きょとんとした顔は僕が言ったことを理解すると怪訝なものに変わり、誰のこと?と言いたげだった。何か考えるように目線の色が彷徨って、しばらくしてから考えながら声を出すように言った。
「いや、そんなことないと思うけど…」
 あれ。
 きっとお互いに、何言ってるの?と考えている気がした。
「…この間デートした子、夢中になってるんでしょ?」
 え、と声にならない息が漏れて、数秒逡巡したあと、ハッと動いた。
「…あっ、あー!あの子ね!うん、そうそう。ずっと話しててさー、なんかもーすごかったよ」
 何か誤魔化すように早口で捲し立て、トド松くんが言葉を切ると部屋の中はテレビから流れる音声だけが堂々としていた。何かを隠そうとしているのは明白だった。というか、何か、なんて言うまでもなく。
「トド松くんデートした女の子以外に好きな人いるんだねぇ」
 そう言うのが一番自然だと考えた。たぶん。きっと。だけどそれが間違いなくベストなリアクションだったのかはわからない。そんな判断力はなかった。
「いやー…別に。そんなちゃんとした感じじゃないし」
 苦笑いで歯切れが悪いそんな返事が来る。言いたくなさそうな態度が、本気で好きなんだろうなと思わせた。どうしよう、と思う。ヤれればいいと思っている女の子と、好きな女の子は違う。言うまでもなく、後者の方がリセットをさせることが難しい。まさに今僕も好きな人がいるから、それがよくわかる。
「どんな感じなの。その子」
「えーいいじゃん」
 躱されたが、ここで探りを入れなければ恐らくこの話を後日掘り起こすことができない。一言でも話させることができればいい。この話をタブーにする暗黙の了解を作りたくなかった。
だけど聞いたところで、どうすることもできないだろうと冷静な僕が僕に囁く。
 ―――トド松くんの好きなものは何でも知りたい。それが食べ物でも趣味でも人でも。否、知りたいのは彼が嫌いなものでもいい。彼に関わるものならば何でもいいのだ。些細な情報でも欲しかった。そして彼が関心を示しているものに、僕も関わりたかった。
トド松くんに関わる情報はあくまで、僕の行動の如何を左右するためのもので、彼自身の感情や行動を操作するためのものじゃない。彼がどうでもいいと思っているものは遠慮なく手を出すけど、意中の人に向かっている彼の感情はどうすれば鎮火するのか、なんて、願いはしても実行するような野暮はしない。彼が好きなものを僕は好きになりたいし、彼が嫌いなものを認めたい。ただ、トド松くんのことを1つでも多く知りたいだけだ。
(嘘だ)
 うるさい。
「教えてよ。大丈夫、取らないから」
 笑って僕はそう言えた。