雨の日。三






「あれ?あつしくん恋愛映画なんて観るの?」
 恋愛映画?と顔を上げると、トド松くんはDVDのパッケージを掲げながらこちらを見ていた。恋愛映画なんて持ってないはずだけど、と記憶を呼び起こすと、借りたものだと思い出す。
「ああ、それ職場の女の子から借りたやつだ。忘れてた。早く観て返さなきゃ」
「興味なさそー。なんで借りたの」
「成り行きで」
 その映画については本当に興味がなかったのだけど、女子社員の中で流行っているらしい。休憩中に相手役の俳優がかっこいいとかシチュエーションが最高とか話に花を咲かせてて、休憩室に入った時に勢いで、あつしさんこの映画観ましたかと話を振られた。観たことないと言ったら「観ましょうよ!」と言われて半ば強引にその場にあったDVDを押し付けられた。無下にもできず、仕方なしに持ち帰ったようなものだ。観ないまま返すわけにはいかないし、だけど観ようという気分にならなかったせいで置きっぱなしになっていた。
「これ流行ってるよね〜。こないだデートした女の子も夢中になっててさ、僕もちょっと観たいなーって思ってたんだ」
 まさかあつしくんの家にあるなんてねぇ、と、トド松くんはDVDをプレーヤーにセットした。社外でも流行ってるんだとか、トド松くんが観たいなら借りてよかったとか、今日観たら次出社した時に返せるとかいろいろ思ったけど、耳に付着して離れない言葉があった。
 …デート?
動揺したら包丁で指を切った。…しまった。絆創膏なんてあったかな。包丁を流しに置いて水道で血を流す。沁みた。救急箱はリビングにある。キッチンを離れて消毒液と絆創膏を探していると、調理音以外の物音を察したトド松くんがこちらへ振り向いた。
「どうしたの?」
「指切っちゃった」
「え、あつしくんそんなドジっ子だったっけ」
「いや…」
 一瞬逡巡して、続けて口を開いた。
「何もなし男がデートしたとか言うから、びっくりして」
「あつしくん、やっぱ喧嘩売ってるよね!怒るよ!?」
「いや、だって…そんな子いたんだ」
「えー?うん。最近いい感じなんだよね〜」
「へー」
 あ。
 水の中に墨汁を一滴零したような、不純物が胸の中に入り込んだ。希薄だけど黒い。どんな女だろうか。トド松くん趣味悪いからなぁ。変な女かもしれない。などと冷えて恐ろしいくらい安定した気持ちで思った。
「…写真とかないの?」
「ないなぁ。てか、あっても見せないけど。どうせあつしくん横取りするつもりでしょ」
「心外だなぁ」
(その通りだけど)
 僕が少しちょっかいだしてトド松くんから離れるような女だったら早めに摘み取っておいたほうがいい。トド松くんはヤれればいいって思ってるかもしれないけど。だけど、長いこと抱えてるこの恋を殺してまでトド松くんの性経験をポッと出の女にみすみすくれてやるなんて非常に面白くない。
 笑顔の裏でそういうことを考える。男に恋をすると身動きが取れない分、周りの悪い芽を摘み取るようになってしまう。仕方がない。僕と彼は友達なのだから。