プリンストド松






(お粗末/あつトド/プリンス/ちょっとシリアス)

六つ子の国は、それぞれの王子に領土を分け与えている。六人は自分たちの領土の中で生活しているので普段は別々に暮らしている。

トド松の領土は他の土地に比べて外交的。あつしくんは他国からやってきた流れ者。トド松の領土の騎士団に入団し、圧倒的な強さをトド松に認められて勅令で王子の親衛隊に任命される。
「王子!他国からの移住者を親衛隊にするなど危険です!」
「心配性だなぁ大臣。それだったら最初っから騎士団に入れなきゃいいじゃん。大丈夫だよあつしくんは。親衛隊も友達のよしみだし」
気さくで話しやすいあつしくんをトド松は気に入っていた。訓練終わりのあつしくんを連れて町に繰り出し遊びに付き合わせていた。付き合いも短くはない。

だが実際、大臣の言っていたことは正しかった。
あつしくんは六つ子の国に滅ぼされた一軍の国の生き残りで、移住したのは復讐が目的だった。
あつしくんは一軍の国の生まれだが妾の子。正妻である王妃の命令で生まれてすぐ別の土地で育てられた。そのため国籍が捏造されて一軍の国と関係のない子供として生きていた。あつしくん自身も己の出生の秘密を知ったのは、17歳を超えた頃。王が病に伏せて先が長くないこと、王妃が子供を産めなくて跡継ぎがいないことで王家の者があつしくんを迎えに来た。
「じゃあ、僕の本当の母さんは…」
「貴方のお母様は、三年前に亡くなられています。他国からの進撃の際に」
(何故?何故?何故?)
ーーー話は理解した。事情も理解した。だけどどうしてそれが今で、そっちの都合で蚊帳の外にいた僕を連れ戻そうとするんだ。今まで共にいた優しい家族を、信じられないと思わせるんだ。
自分が当然のように信じてきたものがすべて偽りだったと知る。家族、出生、土地。それを真実と知らなかったのは自分だけだったのだ。その事実は自分に向けられた家族からの愛情も偽りだと思わせた。
王家の命令に逆らえるわけはない。あつしくんは後継として王宮に連れて行かれた。

王室に入ると、ベッドから起き上がれない王があつしくんを見て目を細めた。
「おお…お前が私の息子か。聡明な顔だ。お前の母によく似ておる」
この人がこの国の王?僕の父?実感が湧かなかった。当然のことだが。
突然連れ戻してすまないと思っている、と王は言った。そこでいろんな話を聞く。迎えに来た従者から聞いたこと、いまこの国が何処と戦っているかということ、勝てる望みは爪の先ほどの確率であること、王妃のこと、この国の情勢や兵士のこと、母が誰に殺されたかということ。
「僕には荷が重すぎます。いくら血を引いていても、育ちが違いすぎる」
「お前しかいないんだ。それにもうお前が戻ることは国民中の噂になっている。頼む。皆を安心させてやってくれ」
「…僕が出てもどうしようもできない」
「お前は私の血を引いている。自信を持て」
急場凌ぎに連れてきた絶望的に経験不足な子供に、一体誰が安心できるというのだろう。血を引いている?だからなんだと言うのだ。そんなこと、先ほど知ったばかりだ。
断り続けたらどうなるのだろうか、と考える。きっと育ててくれた家族を人質に取るとか、この国民を皆殺しにするつもりかとか、情に訴えた卑劣なことを言い出すのだろうか。いずれにせよ、彼らはどんな手札も用意できるだろうし、このまま帰すことはきっとしてくれないだろう。それはあつしくんが王宮に連れてこられている時点で決まっていた。声色は穏やかだが、この国をあつしくんに継がせるために連れてこさせたのは目の前にいる王なのだ。
何もできないことはわかりきっていても、引き受ける他なかった。

程なくして王は亡くなり、王妃は憎々しげな目であつしくんを見て、あつしくんはできる限りこの国のために努めた。付け焼き刃の政治や戦術だが、もともと頭が良かったためと、城に残る要人たちのサポートのおかげで王位を継承してすぐに国が滅びることはなかった。だがそれも三年目までのこと。一軍の国は戦に負けて六つ子の国に滅ぼされた。わずかに生き残った国民は、あつしくんを支持しても国の再建は望めず、得はないと判断した。一方的に押し付けられた国の責任を下ろせないまま、あつしくんは一人きりになる。残された自分は何をすればいいのか。何も思いつかなかった。六つ子の国に自国を滅ぼされた喪失だけが頭を反芻していた。

祭だ。
あつしくんはトド松の護衛として街に下りた。二人は人混みを避けて訓練場に来ていた。周りには誰もいない。
「トド松くん。勝負しようか」
「え?」
「君も剣術くらいできるんだろ?」
「そりゃまあ、嗜む程度にはね。いざって時は自分の身くらい守れないといけないし」

いざって時。
(それが今になるんだよ。トド松くん)

真剣を取ったあつしくんにトド松は怪訝な顔をする。
「いざって時、真剣に怖気付くようじゃ身を守れないだろ」
「いや、真剣勝負くらいしたことあるし」
「なら勝負しようよ」
「はー。いいけど、僕だってただ守られてるわけじゃないからね。怪我しても知らないよ」
あつしくんの手から剣を取るトド松。
「そうこなくちゃ」

二人しかいない訓練場で、剣の音が高く鳴る。トド松は当人が言ったようにか弱い王子ではなかった。他国を滅ぼしたのは単に兵だけの力ではないと思わせる。騎士団で実力を認められるあつしくんと対等に剣を交えることができていた。
(きっと、彼は生まれた時からそういう訓練を受けてきたんだ。僕と違って)
剣を弾かれたあつしくんの喉元にトド松の剣先が構えられる。互いの息は切れ、体温が上がり顎に汗が伝った。
「はい、僕の勝ち!」
嬉しそうに笑うトド松。はー、と息を吐くとあつしくんから剣を下ろした。
「あつしくんも中々つよ」
かった、と続く言葉はあつしくんからトド松の心臓めがけて突き出された剣に遮られた。咄嗟に身を翻して致命傷は避けたが、剣はトド松の左腕を貫いた。
「うあっ!!」
「ねぇ、トド松くん。君は知ってる?王位継承後わずか三余年で国を失った王子のこと」
「はぁ…!?」
「そいつはね、王家の都合で自分の素性を知らないまま隔離された土地で生きて、君の国に滅ぼされそうな時に、王家の都合で今度は連れ戻された。戦わなければいけなくなったんだ。そんな国に愛も義理もないのにさ。理不尽だよね」
「あつしくん、何…?何言ってるの?なんでそんな話するの…!?」
「頑張ったんだけどね、勝てなかったんだ。君の国は強かった。国は滅びたけど、中途半端に押し付けられた立場をどうしていいのかわからなかった。何をすればいいのか考えてもわからなかった。だけど一つ確かにわかってることは、君の国が敵であること」
「あつしくん…嫌だ。そんな話聞きたくないよ!!やめてよ!」
「僕なんだよ。トド松くん。僕の国は君に滅ぼされたんだ」
トド松の腕から剣が引き抜かれる。トド松は悲鳴を上げた。
「あつしくんやめてよ!」
「仕方ないんだ。母さんを殺したのはこの国なんだから。君は敵なんだ」
「僕たちは友達じゃん!!友達を殺してまで貫き通さなきゃいけない過去なの!?愛も義理もない国なのに!」

「トド松くん!!」

「やめてくれ。僕の決意を揺るがすことは!僕は君が好きだよ。だけど君じゃなかったら、僕はどこにこの怒りの矛先を向ければいい?僕の国はもうない。僕を追い出した女も、僕の両親も、僕をこんなところに追い詰めた奴らはみんな死んだ!!ここを滅ぼさなければ僕は…っ」
「馬鹿なの!?忘れなよそんな嫌なこと!いいじゃん、足枷が全部なくなってるなら何処でも行けるし、新しい道に進むこともできるよ!それをどうして自分から暗い道に進むの!?僕は嫌だよ!あつしくんと戦いたくない!!友達と殺し合いたくない!!」
「報いだよ。僕の国を滅ぼした君が悪いんだ」

(本当に?)

(顔も知らない母親のために友達を殺すの?)
(一欠片の愛もない父のために殺すの?)
(そこに最後に残るものは何?)

「嫌だ!なんで…なんで…っ!!」
「ここでの日々は楽しかった。さよなら。トド松くん」
「っ!!」
構えられた剣にトド松は息を飲み懐を探った。素早く催涙スプレーを取り出してあつしくんの顔目掛けて吹きかける。
「うわ!」
あつしくんが怯んだ隙に鳩尾に拳を入れた。倒れたあつしくんを、他の親衛隊に運ばせた。

あつしくんが次に目が覚めた時、医務室の白い部屋だった。ベットに縛り付けられており動くことはできない。
しばらくすると、カーテンの向こうに話し声がして、トド松が姿を見せた。
「気分はどう?元気?…なわけないよね」
あはは、と笑って、トド松はベッドの脇に立つ。トド松はあつしくんを調べたと話した。調べたが、王位継承者にあつしくんの名前はなかった。王の隠し子ということだけが知れ渡り、母親のことは一切の記録がない。育った土地では失踪したことにされていた。この世にある全ての公的な記録において、現在あつしくんの生存を証明するものはない。
「まあ大方、王妃が手を回したんだろうね。側室の子が王位を継いだら正妻の立場がないし。プライドのためによくやるよ」

「ねえ、あつしくん。まだ僕の国を滅ぼしたいと思う?」
「………そうだね。そうしないと、このやりきれない思いをきっと昇華することはできない」
「そう」
トド松は目を伏せてしばし黙った。不意にふー、と長い溜息を吐く。

「じゃあ、僕がおまじないをかけてあげる」
「おまじない…?」

あつしくんの腕に勢いよくナイフを突き刺すトド松。

「が…っ!!」
「痛いよね。ねえ、僕が許せないよね」

「その傷を見るたびに君は思い出すんだ。僕に刺されている今この瞬間を。君が僕の体を傷つけたことを。そしてその度に祖国のことを忘れていくんだ。少しずつ…少しずつ。君は自由になる。君は僕を許さない。その傷を見るたびに君は思い出す。この痛みを。僕への恨みを。僕への憎しみを。僕への感情を」
暗示をかけるような平坦な口調でトド松はあつしくんに語る。あつしくんは痛みに悶える朦朧とした瞳で、トド松の曇りのない表情を見た。

「そして生まれ変わるんだ。僕の国で」

そのことを二人以外は知らない。二人は同じ場所に同じ傷があり、あえてそれを残し続けていた。傷跡を消す医療技術が発達しているにも関わらず、だ。時折あつしくんはそれを大事そうに撫でて、あの時トド松に言われたことを思い出す。そして己の国のこと、母のこと、責務に努めた三余年の自分のこと。
何故トド松があんなことをしたのかと考えると、自分を捉えるそれらの黒い触手が少しずつ朽ち落ちていくのを感じる。また、自分の意思としてそれを断ち切る整理ができるようになってきていた。
当然のことながら、親衛隊と騎士団での立場は剥奪された。処罰についての詳細は聞かされていない。トド松からは保護監視と言われたが、それよりも重い罰はあるはずだった。
優遇された環境で紅茶を飲みながら、あつしくんは正面に座るトド松を見た。部屋は質のいい家具が揃っているが、出入り口となり得る窓や扉は厳重に閉鎖されている。壁は分厚く、外からの音は聞こえない。
「僕は君を殺そうとしたんだよ。私情でこんな厚遇をしたら、君の立場が悪くなるんじゃないか?」
「そうでもないよ。あつしくんの強さはみんな知ってるから、牢に入れてこのまま力を腐らせるより、懐柔して改めてこの国の兵にするって意見に賛同する奴も結構いる。なんたって僕に傷を負わせたんだから」
優雅なお茶会を楽しむトド松の様子は、何も知らなかった頃と同じようだった。恐れていないのだろう。あつしくんのことを。
「だからさ、さっさと心改めて、また僕のことを守ってよ。街にあつしくんと一緒に行きたい店があるんだよね」
「…トド松くん。僕以外に友達いないの?」
「はあ!?舐めんなし!僕結構友達多いからね?僕もあつしくんが好きなだけだよ」
僕も、という言葉に訓練場で言った自分の発言をあつしくんは思い出した。
そう、と答えた顔は嬉しさを隠せないでいた。