投影恋愛。






(お粗末/松野トド松/あつしくん/松野おそ松/片思い)



おそ松兄さん。
んー?
大好き。
へへ、俺もだよトド松。

だけど僕たちは男同士で、6分の1の兄弟で、同じ血が通う家族だった。どんなに愛の言葉を重ねても、触れても、この心が壊れそうなまでに好きが溢れても、家族の枠を飛び越えることができない。決して結ばれない。これが僕たちの宿命なんだ。僕はきっとこの気持ちを永遠に断ち切れない。鏡を見るたびに思い出すから。兄さんたちのことを。おそ松兄さんのことを。この気持ちを。
僕はみんなで、みんなは僕。自己愛以上の愛を持っても、見返りは求めてはいけない。おそ松兄さんは、僕なんだから。







「君が好きなんだ」
友達だと思っていた男にそう告白されて、僕はどうするのが正解だったのだろうか。いつも涼しい彼の顔は、らしくなく真っ赤に染まって表情は情けないことになっている。言葉は嘘だと思えなかった。
「…あつしくん?」
何故、という疑問とともに、友人に自分の兄を投影させた。ああ、彼がおそ松兄さんなら、と。男同士だけど他人な分、今の僕たちよりはマシ、と。そして、友人からの告白に動揺するよりもそんなことを考えられる自分の冷静さに少し驚いた。
話を戻さなければ。
「…それって、どういう意味?」
「どういうって…聞かなくてもわかるだろ。改めてこんなこと言うんだから…と、特別な、意味、だよ」
しどろもどろに物を言うあつしくんなんて見たことがなかった。そんなにいっぱいいっぱいになる程僕のことが好きなのか。僕のどこをそんなに好きなのかわからないけど、あつしくんに好きになってもらえるだけの価値が僕にはあるんだろう、彼の中には。全然理解できないけど。
ああ、でも僕も、金さえあればギャンブルに投じるニートの実兄に惚れているのだから、人のことは言えないのかもしれない。冷静に見たら、あんな男なんて好きにならないほうがいいに決まっている。あつしくんもきっとそう思っている。どうして定職につかない実家暮らしの童貞男なんて好きになってしまったんだろうって。だってあつしくんは、まともだ。女の子にモテる一軍でお金も車もあって、人が描く理想の道を歩いている人だ。ステータスを除外したとしても、彼は女の子が好きな普通の男のはずだ。あつしくんに彼女がいたことを僕は知っている。合コンに誘ったら女の子と楽しげに話をするし、時には僕が狙っていた女の子を知ってか知らずかお持ち帰りして、後日デートの話なんかもされたりして、ムカつくけどあつしくんなら仕方ないな、僕だって自分が女の子ならあつしくんと付き合いたいな、とか思うくらいだし。付き合ったら大事にしてもらえるだろうな、くらいの気持ちだけど。

なのに、どうして僕を。
(僕はどうしておそ松兄さんを)

「ねぇ、あつしくん。僕って男なんだよ?」
「…知ってる」
「僕とどうなりたいの」
「それは、っ、今ここで声に出して言うものじゃないだろ」
「でも、僕が好きなんでしょ。好きならやりたいことなんて決まってるじゃん。女の子とやるようなことを僕としたいの?キスしてデートしてセックスして?そりゃあ僕は可愛いけどさぁ、おっぱいもあそこもないよ?結婚も子供もできないし、止めといたほうがいいよ。意味ないよ。愛さえあれば全てを乗り越えられるなんて僕は思えないしさ、考え直したら?」
あつしくんとは友達でいたかったから茶化すように言おうと思ったけど、それは失敗した。自分で思っているよりも淡白な声で吐き出された。
口から出た言葉は僕がおそ松兄さんへの恋情を断ち切ろうとするたびに思っていることで、今はあつしくんへの八つ当たりとなって声になっていた。…だって、ずるいじゃん。男なのに、僕から見たら何もかも持ってるのに、なんでわざわざ僕を好きになるんだよ。いいよね、あつしくんって。僕があつしくんみたいな人だったら、僕だっておそ松兄さんに好きだって言えたよ。一生養ってあげるから、ずっと僕と一緒にいてどこにも行かないでって。ずっと僕の兄さんでいて、僕だけを特別に思ってよって、言えたのに。僕が特別な人間になれれば、おそ松兄さんの特別な人にもなれたのに。僕が他の兄弟と違っていれば。
自分をあつしくんに投影させて、あつしくんを僕に投影させて、羨望と願望と嫉妬と自己嫌悪と事実的な失恋とエトセトラをしっちゃかめっちゃかにさせて、僕はもう何を考えているのかよくわからなかった。ただ、さっさとあつしくんが立ち去ってくれたらいいのにと思っていた。これ以上会話を続けたら僕はあつしくんの気持ちを否定しているていで自己嫌悪の言葉をあつしくんに向け続けるし、友達を傷つけた分更に自己嫌悪は深まる。そんなのごめんだからさっさとサヨナラして、そしたらジムでも行って思いっきり汗を流してすっきりしたい。
沈黙の中、あつしくんがじっと僕を見ていたけど、僕はあつしくんを見なかった。見れない。こんな不健康でぐっちゃぐちゃな思考回路じゃ、勇気を出して告白した人に対して闇人形みたいな感情しか出てこない。
「松野は」
少し戸惑って口を開いたあつしくんは、探るような態度で続けた。
「軽蔑しないのか。気持ち悪いと思うだろ、普通」
ぐちゃぐちゃな心が台風みたいに渦巻いている中、核心の部分が停止した。どうしよう。なんて答えればいいんだろう。どうすれば、あつしくんに軽蔑されないままこの場をやり過ごせるだろう。僕も好きな相手が男で、しかも実兄なんて絶対に知られたくなかった。唇が震えて、僕は頭を高速回転させた。忙しい。頭一つじゃ足りない。そもそも僕の頭がいくつあってもベストな回答なんて出てこない気がした。
オーバーヒートしそうな頭で出た言葉が僕の体裁を守れているのかは知らない。

「…仕方ないんじゃない。好きなら。どうしようもなくなったから僕に言っちゃったんでしょ、あつしくんは」

高速で回した頭のネジが熱くなりすぎて、歯車があるべきところから2、3個落ちた気がする。