架空の行為。









(♂夢/ダイ冒険/ヒュンケル/『大地の底の睦み。』『狸寝入り。』『孤独、剣、同じ影。』同一主)

(※フレイザート戦後、パプニカの宴前。主は地底魔城崩壊後、ヒュンケルが没したと信じたままミストバーンに拾われ、呪いのアイテム(兜)を装備される。装備後は生きる屍となりミストバーンに操られ、装備中の記憶はない。バルジ島にて魔王軍として戦いに参じた折、ヒュンケルから兜を破壊されミストバーンの操作から解放される。)




長い夢を見ていた気がする。
もう目覚めないのかもしれないと、ぼんやりと何度も考えていたことも覚えている。そのぼんやりとした中で俺は戦っていて、それを客観的に見ている『俺』は、なんのために戦っているんだと問いかけていた。俺は答えず、無心で剣を振るっていた。克明な経験としてそれは夢に足跡を残し、目が覚めた今も、それは記憶に残っていた。夢なんて忘れていることのほうが多いのに。
今、自分が夢から覚めたことを自覚し、俺は目に見えるものを意識した。星空と、石柱と瓦礫。遠くで聞こえるざわめき。独りで石畳に横たわり、しばらくそれらを他人事のように感じていたが、やがて現実の破片なのだと理解する。

「…ここは」

体を起こすと激痛が走った。いつの間に受けた傷だろうか、肩に深い傷がある。手当をされているが、傷は受けて間もないようだった。諦めて再び体を横にすると、冷たい空気がひゅうと流れた。体の上に掛けられたマントをたぐり寄せると、幼いころに戻ったようだった。遠くに聴こえる人の声は、寝静まった後に紡がれる両親の話し声を思い出さる。俺を持て余している二人。明日はどうやって扱うものかと相談しているのだ。ごめんなさい。友達と仲良くできなくてごめんなさい。面倒な子供でごめんなさい。生まれてこなければよかった。幼い日はそう思いながらベッドの中で一人丸まっていた。それを思い出してしまった。今となっては過去のことに、つい感情移入してしまっているのは寝起きだからだ。長い眠りから覚めると、時間の感覚が曖昧になる。
落ち着こうと、ため息をつく。少しずつ、記憶を遡っていこう。…ここはどこだ。どういった経緯でここに横たわっているんだ。今いる場所がどこだか検討もつかないが、鬼岩城でないことは確かだ。思い出せる記憶を呼び起こそう。最後の記憶は確か、ミストバーンの手で兜を装備されたことだ。…それより先が思い出せない。そこから前は。

「…!」

団長が。

瞼が開いて焦点が合わないまま、唇が震えるのを感じた。声にならなかった息が、口から漏れた瞬間に行き場をなくした。

ああ…―――。

思い出さなければよかったと。朦朧とした意識から足を踏み出さなければよかったと。急に現実を思い知った。だけど現実離れしているようにも感じた。
横向けにした体を丸め、傷を負っている肩を強く握り、痛みで意識を逸そうとする。あるいは、溢れ出る感情を誤魔化そうと強く力を込めた。何かを飲み込もうと喉に力を込め、その後に嗚咽を吐き出すように詰めた息を吐く。夢からたった一人取り残されてしまったように、世界にたった独りしかいないかのような寂しさが再び襲ってきた。頭のなかで短く呼ぶ。あの暖かな手を。耳に響く低い声を。強く孤高な姿を。差し伸べてくれた手を。だが、こちらが手を伸ばして触れる前に、彼は砂塵の如く崩れ果てた。

「―――…っ」

息が詰まる。拠り所にしていたあの人はもういないのだと、右から左から畳み掛けるように頭を押し潰してくる。うるさい。黙れ。やめろ。静かにしてくれ。まだ認めさせないでくれ。まだ信じさせてくれ。
息をすれば、微かな嗚咽が吐き出されて深呼吸すらままならない。自分の肉体に起こっているその生理現象こそが、認めたくない事実を認めていると主張している。自分の体を再起不能にしたくなった。自分の体なのに、どうして言うことを聞いてくれないんだ。少しの間くらい見たくない現実から逃げたっていいじゃないか。どうして突きつけてくる。
鼻先がつんとして、いよいよ嗚咽が止まらなくなる。遠くに誰かがいる。近くにも誰かがいるかもしれない。この声が誰にも聞かれないようにしなければ。泣き声を聞いた誰かがどうせ慰めてくれないなら、はじめから知られたくない。大丈夫だ。子供の時から、悲しいことがあってもずっとこうやって泣いていたのだから。

「団、長…」

蚊の鳴くような声で呼ぶ。呼んだら来てくれるんじゃないかと、そう思うのは彼が死んだとわかっているからだ。あの人と共にいた時、呼んだら来てくれると思ったことはなかった。生きている人間は、物理的に聴覚が声を捉えなければ呼び声に応えないのだから。だけどもう生きていないなら、些細な呼び声を捉えて来てくれるんじゃないかと。生きている人間の轍がなくなった後だから、応えてくれるのではないかと。…だけど、死んだ人間こそ、いくら呼んでも応えてくれないのに。
死にたい。
あの人のいない世界など、生きている理由は無い。このまま肩の傷を抉って傷口を開けば、血が溢れて出血多量で死にはしてくれないだろうか。そう思うより先に傷口を押さえる手に力が籠もり、掌にじわりと液体が広がるのを感じた。嗚咽には痛みを堪える呻きが混じり、自分が何を考えているのかもわからなくなってきていた。

痛い。
苦しい。
気が狂うほど悲しい。
寂しい。
つらい。
逢いたい。

団長。

「何をしている」

血に濡れた手首を取られ、何事かわからず硬直していると、今度は名前を呼ばれた。聞き慣れた声で。
混乱した。これも夢だというのだろうか。だとしたら、束の間とわかっている分、残酷な夢だ。だけど、夢でも良い。この人とまた会えるならば。

「団長…?」

名を呼ぶと、自然と口元が弧を描き、力が抜ける。体を仰向けに倒すと、見慣れた影。ああ、これが夢ならば、この瞬間息の音も止まってここで全てが終わればいい。
それまで見えなかった顔が見えると、ヒュンケルの手はぴくりと痙攣した。儚く微笑む▽の涙に動揺した。この男は、こんなにも脆かったのだろうか。握っている手首は、こんなにも頼りなかっただろうか。傷を抉るほど、彼が自暴自棄になるのは。

「…▽」
「団長。団長。団長、俺…」

それしか知らぬというように、▽はヒュンケルを呼ぶ。体を起こし、手を伸ばして触れようとする手をヒュンケルから掴んだ。傷のある腕を、あまり動かさせたくはなかった。

「団長、俺、あんたと生きたかった。あんたと生きたかったよ…」

ヒュンケルの胸に体を預け、そう繰り返す▽は半ばうわ言のようだった。肩を抱き体を支えながら、ヒュンケルは黙って▽の言葉を聞いていた。彼の心のなかにこれほどまでにヒュンケルが根強く存在していることを、ヒュンケルは知らなかった。

「なんで死んじゃったんだよ…」

小さな嗚咽と共に、そう訴える声がやたらと耳に残って。
それには答えず、ただ力強く胸の中の体を抱きしめる。胸中にある感情はまだなにか知らぬまま、ただ▽の嗚咽が止まるのを願った。どうかこれ以上、泣かないで欲しい。今はお前を置いてどこかへは行かないから。俺は生きているから。
この温もりを夢と信じたまま、やがて▽は泣き疲れて眠った。
ヒュンケルはそっと体を離し、再び腕の中の体を横たえようとしたが、ふと動きを止めた。涙に濡れた顔を見つめ、そっと親指でその雫を拭う。まだこんなにも脆い少年だったと知らなかった自分の目が節穴だと思う。剣の腕に気を取られて、彼を見ることを疎かにしていた。そもそも、人の内面など見ようともしなかったかもしれない。復讐を誓っていた時の自分は。…そんな自分が今、彼を守りたいと、愛しいと思うことは、許されざることだろうか。
これが▽の夢の中に収まることを祈り、ヒュンケルは静かに▽の瞼に口づけをした。そして、彼が目覚めた時には全て夢の中の出来事ということにしよう。彼がその夢を覚えていても、忘れていても。