たとえ距離が近くとも彼女の心はいつも彼に繋がり。








(♀夢/ダイの大冒険/アポロ/ヒュンケル/片想い/『鎧堅』『軌跡』同一主)



バルジ島の件以来、ダイたちは国を救った英雄としてパプニカで名を知られ、アポロ、マリン、エイミのパプニカ王家の三賢者からもその実力を認められた。ダイたちに対するその敬意は、三名各々、ダイの旅に加わり己も腕を磨きたいと申し出、そのために三賢者としての象徴を外す覚悟を抱かせるほどだった。
中でもアポロは、△にとりわけ強い敬意を抱いていた。女性の身でありながら、魔法の実力のみならず剣の腕も確かなもので、冷静な性格と素早く的確な判断力、人々が親しみやすい柔らかな物腰も、何もかもが勇者として理想の姿に映った。アポロは賢者だが、△の周囲に対する振る舞いは、勇者や賢者などは関係なく、人として好感が持てた。常にそのように人と関わりながらも、時折唐突に姿を消してしまうミステリアスさも、目を引かれてしまう。
彼女と共に国のために腕を磨き、彼女自身に対しても理解が深められたらどれほどいいだろう。それはもはや、賢者としての立場としてではなく、きわめて個人的な感情も混ざっていることを、アポロは自覚した。残念ながらバルジ島での戦いが終わり、宴を開いた夜に彼女はいつのまにか姿を消し、ダイたちの仲間になりたいと申し出たときには既にパプニカを出ていたのだが。加えて、ダイの仲間になりたいという申し出も王女レオナから許しを得ることができず、結局旅の同行はかなわなかった。
しかし喜ばしいことに、レオナがダイと懇意にしているため、△もパプニカに姿を見せることが多い。見つければそのたびに声をかけ、話をするように積極的に△の姿を追った。彼女はダイたちと行動を共にするようになってからも、合間には散歩と称して一人でどこかへ飛び立ち、遠い町へ行ったり森を歩いたりと、様々なものを見に出かけるという。三賢者の一人という立場を持って一国に留まっているアポロにとって、△の話は面白く新鮮だった。しかしその話は、△がヒュンケルと共にいる時には聞けることが少なくなる。ヒュンケルが側にいるときは、放浪そのものの回数が減るのだ。ヒュンケル…元魔王軍不死騎団長で、今はアバンの使徒として生きる剣士。

今は亡き、勇者アバンの元で共に修業時代を過ごした、幼なじみだそうだ。△は一匹狼というわけではないが、常に誰かの隣にいるわけではない。人々の輪の中を平等に巡る。そういう関わり方をする。しかし、そこにヒュンケルがいるならば、選んで彼のいる場所へ歩を進める。他の者たちと関わるときと比べて、会話が増えるわけでも、親密なスキンシップをするわけでもないのだが、まるで羽ばたく蝶が花に留まって羽を休めるように、そこが好きなのだと言うように、ごく自然に△は彼の隣に歩いてゆく。そして彼も、厭わず△を隣に迎える。むしろ彼女が側に来るのを待っているようにも感じられる。元来そうするべきだというように、二人の足はお互いに向かって進む。あからさまではないが、だからこそ二人の絆が見えた。

恋人ではないと聞くが、そういう関係上の概念の問題ではなく、二人が繋がっていることをアポロは感じていた。本人たちが言うように、本当に互いを兄妹のようにしか見ていなくとも、二人の間に誰も介入できないことは変わりない。△を隣に留めておくことができるのはヒュンケルしかいないと、確信に強い思いが胸にあった。彼に嫉妬しないわけではないが、ならばヒュンケルから△を引き離して己の隣に繋ぎ止めたら満足なのかと言えば、それはエゴだと思う。△とヒュンケルが隣にいるのは自然な姿なのだ。嫉妬しないわけではない。ただ、△の隣にいられる彼が羨ましいとは思う。

「アポロ」
「!△さん」
「この間借りた本だ。ありがとう、勉強になった」
「いえ、このくらいでよければいくらでも言ってください」

思考に更けていたためだろうか、背後にいる△に全く気づかなかった。そういうところが未熟なのだろうな、と少し自分に落胆する。
本を貸してほしいと言い始めたのは△の方だが、それは話しているうちに、買うばかりで読まない本が増えていくと言ったアポロの発言がきっかけだった。△は本が好きだが、旅をする間は荷物になるからと所有しないようにしているらしい。買い癖があって良かったと、アポロは己のあまり誉められたものではない癖に感謝した。△は読書のペースが早く、貸しても二日か三日で返ってくる。故に頻繁に彼女に会える口実があるわけだ。
読書家であることも彼女が博識である所以なのだろう。素敵だ。

「次は何を読まれますか?」
「うーん…」

いつものようにアポロがそう言えば、△は苦笑いで言い淀んだ。いつもならばこのままアポロの部屋に行き△は読みたい本を選んでいくのだが、今日はいつもと反応が違った。

「いや…しばらく控えようと思うんだ」
「えっ、な、何故です?」

想像しなかった△の返答に、アポロは自分でもわかるほど大きく動揺した。△は言いにくそうに、だが穏やかな口調はいつもの通りに言葉を紡いだ。

「恥ずかしながら、剣の腕が落ちてね…改めて剣術の修行をしようと思うんだ。だからしばらく本は我慢しようと思って」

剣と聞き、同時にヒュンケルの姿が脳裏をよぎった。剣を扱う者はダイもその内なのだが、△の口から出る言葉にはヒュンケルの存在が強く現れてしまう。



ああ…せっかく自分と繋げるためのものを見つけたというのに、結局彼女は彼の土俵に行ってしまうのか。



「…そうですか」

わかりやすく落ち込んだ声が口からこぼれた。やはりどうやっても、△の優先すべきはヒュンケルなのだろうかと、漠然とした疎外感が胸に浮かぶ。どうすれば彼女は、自分を見てくれるのだろうか。

「すまない。鈍った腕が戻ったら、また本を貸してくれ。アポロとは本の趣味が合うようだから」

申し訳なさそうに言う彼女の言葉が、耳を熱くした。社交辞令かもしれない。そう思っても、じわりを胸の中に熱いものが広がる。たった一言でこんなに心が引き上げられるなんて、恋とはなんと単純だろうか。少なくとも本の好みは彼女と似ているのだと知っただけで、嬉しかった。

「はい。もちろんです」
「よろしく頼む。それじゃあ」

そうアポロが答えると、△は別れの言葉と共に微笑んで、来た道を引き返していった。彼女の後ろ姿は毅然とした足取りでアポロから離れていき、歩く度にマントが揺れた。その姿に手を伸ばせたらと、アポロは焦がれたが、現実ではただ見送るしかできなかった。掻き毟られるような想いはアポロの表情を切なく歪め、離れていく背中に振り返ってほしいと思いながらも、そのまま振り返らないでほしいとも思う。



彼女の歩く先に今日もまた、ヒュンケルはいるのだろう。



その姿が鮮明に頭に浮かんでしまって、アポロは振り切るように堅く目を閉じた。ほんの数秒そうした後、静かに瞼を開け再び顔を上げたとき、もう△の姿は消えていた。誰もいない廊下をアポロはしばらくそうして眺めていたが、やがて振り返り再び歩を進めた。