軌跡に想い馳せ。








(♀夢/ダイの大冒険/ヒュンケル/幼馴染/『鎧堅』同一主)



ヒュンケルの手を取ったら、その手の大きさと力強さに驚き、時間の流れを感じた。


「ここは足場が悪い。気をつけろ」

物ともせずに△の体を引き上げて、先を歩くヒュンケルはそう言った。先導する彼は確かな足取りで岩場を歩いていき、その背中はとても大きい。△は決して非力な女ではないが、男と女でこれほどまでに力の差があるという現実に胸を絞られた気分だった。生き別れていた間にヒュンケルは追いつけないほどの力を付け、△には踏み込めない場所で生き、知らないことを増やしていった。それは当然だとわかっているが、素直に言葉にすると少しだけ口惜しい。共に過ごした思い出をいつまでも心の拠り所にしていたせいだろうか、記憶の中にいる幼いヒュンケルと、今目の前にいる彼のギャップに、△は不意に物言えぬ切なさを感じた。

「もう、ヒュンケルには力でかなわないなあ」
「なんだ、唐突に」
「いや…」

ぽつりと呟けば、ヒュンケルは顔だけをこちらに向けた。

行方知れずのヒュンケルを探していたとき、再会を果たしたら幼い時のように、気の置けないやりとりができないだろうかと考えていた。同じ時に修業を共にし、剣の腕を磨き、過去を話し、互いに受け入れ、心を通わせた。今でもその時のことは色濃く記憶に残っている。人生で最も懸命に生きたのは、間違いなくあの修業時代だった。故郷で迫害された心の傷を癒したのは、遠い血縁である義兄のアバンと、ヒュンケルに他ならない。二人と出会わなければ、今のように人々のために戦うことができなかったのではと、今でも頭をよぎることがある。悪意のないモンスターと幼少期を過ごした△は、それを理由に迫害されたが、故にモンスターに育てられたというヒュンケルには特に親近感を覚えたものだった。生まれてから今まで、△が最も気を許したのはヒュンケルだと確信している。日々を過ごしていくごとに話さないことはなくなっていったし、ヒュンケルのすべてを受け入れることができた。あの心地良さをまた享受することができたらと、ずっと過去を追いかけていた。どんな困難が訪れようと、孤独に胸が痛んでも、そのヒュンケルの面影を希望として生き延びてきた。



だが再会した時、ヒュンケルは魔王軍の軍団長だった。



それを事実と知った時、漠然と、ああ、敵になってしまったのかと緩やかな喪失感を受け止めたのを覚えている。しかし、勇者にあるまじきことながら、ヒュンケルに対する敵意は一切芽生えなかった。恐らくそれは当然なのだろう。△は、不死騎団長ヒュンケルと対面しておきながら、心の中では鮮やかな思い出を甦らせて、目の前の彼に投影していたのだから。
探し求めていた彼が敵になったと事実を受け入れても、人々のためには戦わなければと思っても、やはりどうしても剣を取ることができなかった。かつて隣で笑いあった彼が自分の目の前で剣を抜いても、倒さなければならない敵であっても、彼はかつての友であるヒュンケルに違いないのだから。
結局△は終いまで剣を抜くことができず、ヒュンケルとの戦いから逃げ出した。

己の甘さと、勇者としての不甲斐なさと、ヒュンケルと敵同士という事実は、△の心を悲しみに染め上げた。それでも、ヒュンケルが生きていることがわかっただけで心は喜びで崩れ落ちそうだった。

いつかまた彼と戦わざるを得ない時が来ても、きっと今日のように剣が抜けないだろうと△は確信していた。きっとその時がくれば、自分の最期になるだろうと。だが、ヒュンケルに殺されるならばいいだろうと、△は自嘲し、死ぬ覚悟を心の奥に留めておいた。ヒュンケルに殺されるまでは生きていよう、そう思い旅を続けた。だが何の因果か、次に再会した時ヒュンケルは魔王軍を脱し、ダイの仲間になっていた。
敵同士ではなくなったことの喜びよりも、予期せぬことに驚き、もう彼と戦わなくてもいいのだろうかと、至極簡単な疑問ばかりが先に頭を埋めた。その答えが出た時には胸の中で波が溢れ、孤独感やヒュンケルとの立場や、いずれ彼に討たれる己の覚悟の、心の枷がすべて外れたことを知った。感情の波が混ざり合って、それがどんな名前の気持ちなのか明確にならないまま涙が流れた。


そしてあの時のように、ヒュンケルは△を隣に招いた。それが何より嬉しかった。本当に嬉しかった。




ほんの一瞬、そう記憶を巡らせた△は穏やかな笑みを浮かべた。

「大人になったんだな、と思って」
「…?」
「もう子供の時とは違うな」

過去は動かず、現在は前しか進まず、終わった時間には戻れない。少し寂しい気もしたけれど、面影を追って今を見失うわけにはいかない。ヒュンケルも△も生きているのだから。
同じくらいだった背も見違えるほどになり、声も低くなって、剣の腕も驚くほど上達している。思い出は色褪せることないけれど、知らぬ場所で築かれたヒュンケルの軌跡も今では愛しい。
△のセリフの意図を察したのだろうか、ヒュンケルもふと目を伏せ、根強く残っている記憶を見た。

「今のオレは、あの頃のようにお前を失うほど非力ではない」

探索した森でモンスターを倒せず、己の身を守れず、△を死なせてしまった。それを深く心の傷として残し、己の弱さの戒めにもしていた。思いがけずに生きて再会が叶ったとき、敵と知っても△は変わらずにヒュンケルを友と…兄妹と言ってくれた。悪の道に進んだことを咎めず、この世に生きていることを喜んでくれた。それでも後戻りできずにヒュンケルは魔王軍として剣をふるい続けたが、ダイの仲間になってから、もう△を失わうわけにはいかないと心に決めた。父であるバルトスを亡くし、憎しみに渦巻くヒュンケルに人間の温かい気持ちをくれたのは、いつだって△だったのだから。

△がいるから、人でいられるのだ。










こうして隣にいることが幸福だと、心から思う。