恋の病。








(♂夢/忍卵/食満留三郎/一方通行片思い/主人公ひどいかも)





長年の片思いは報われない形で成就した。


自室にて、伊作の不在を見計らって○はやってきた。もはや既にいつものことである。留三郎の前に跪いて両頬に手を当て口吸いをする。
留三郎は○の合図があれば部屋から一歩も出ずに彼を待ち続ける。○と恋人として逢える時間はごく僅かで、一秒たりとも無駄にしたくないという思いからそうしている。

口吸いをされて、あわよくば体を重ねて、○が何も考えずに自分だけを見てくれれば、留三郎は幸せになれた。



留三郎は入学して間もなく○に恋をした。○は留三郎同様に闘うことが好きで、互いに己を高める目的から親交を深めた。
はじめ、留三郎はそれを恋だとは思わなかった。世に男性同士の性関係があっても、恋心とそれは別物だと考えていた。男同士の性交は単なる性欲処理だと思った。決して心を通わせて行うものではない。
○に対して特別な念を抱いていた。それは友情の延長であると疑わなかった。笑顔を向けられて嬉しいのも、喧嘩して目を合わせてもらえなくて悲しいのも、友達ならば当たり前だと思った。

決定的だったのはなんだったか。しかし引き金は幾度かあった。
例えば、不調の彼に気付けぬまま手加減なしの組み手をして怪我をさせてしまい、己の腑甲斐なさと彼を案じる思いがとめどなく溢れたとき。
例えば、い組の潮江文次郎と彼が同じ会計委員会である繋がりで仲良くなり、ひどく寂しく思ったとき。
例えば、寂しくて苦しんでいる自分に気付いて、ずっと一緒にいてくれたとき。
例えば、長期休暇で実家で過ごしている間、真っ先に会いたいと思っているのが彼であったと気付いたとき。
例えば、自慰の際に彼のいやらしい姿を想像している自分を自覚したとき。

それでも、男の自分が男の彼に恋情を抱くのは異常だと思っていた。留三郎自身、その想いが恋に属するものと考えたとき気持ち悪いと自己嫌悪した。そんな自分を打開したくて、○と距離を取ってなんとか気持ちを殺そうとした。だけど寂しさは他の誰でもなく○を求めて、しかも限界が来ると見計らったかのように○の方から歩み寄ってきてくれた。そうしているうちに、想いは殺すどころか膨らんでいってしまった。
そのうち、開き直ってしまった。友人に対するものとしては異常な執着で、自分の気持ちでありながらも抵抗を持っていた。しかし月日を過ごすうちに、気持ち悪いと思うことは無くなってきた。常識が非常識に慣れたのだ。

告白したら、受け入れてくれた。

同性という高い壁を越えて恋仲になれても、自分達の関係は誰にも言えなかった。自分のように、異常だと思う人間のほうが多いだろうとは容易に想像できる。
二人は今日のように、人目を忍んで逢瀬してきた。周りの誰にも知られてはならないという状況が留三郎を刺激し、精神的な快感に導いた。



しかし、そのうちに気付いたことがある。





両頬を○に捕らえられたまま、口吸いが続く。舌を絡め合い、留三郎の口はだらしなく濡れていた。恍惚とした充足感に満たされるが、そのうち拒否の念が生まれる。酸素が足りなくなったのだ。苦しい、という意思表示で○の体を必死に押すが、ぼんやりする頭では力も満足に入れられない。それどころか○はさらに噛み付くように責め立ててくる。ゾクゾクと快感が留三郎を襲う。やがて気が遠くなって全てが他人事に思えたとき、○はようやく留三郎を解放した。死んだように脱力し、肩で息をする留三郎を見て満足そうに微笑む。

「食満、かわいい」

留三郎を抱き締めて、頭を撫でながら○が言う。はじめ、自分が○を組み敷くことを考えていた留三郎は、その扱いにどこか敗北感を抱いていた。なのに、人一倍負けん気が強い自分を自覚しているのに、○の手によれば敗北感すらも心地よく感じてしまう。



○の胸の中で、留三郎は思う。伊作が、ずっと戻ってこなければいいと。怪我人でも綾部の蛸壺でも何らかの不運でも、伊作を足止めしておいてくればいいと。
伊作がいない間だけは、○は自分だけのものになってくれる。










恋仲になって、気付いたことがある。
○は伊作が好きだ。
留三郎が○に向けている好意と同じものを、○は伊作に向けている。

それまでは気付かなかった。留三郎自身、同性への恋情は異常だと思っていた。自分の恋ですら気持ち悪いと思ったのだ。そんな気持ち悪い感情を友人が抱いているなんて想像できるわけがなかった。

気付いたのは、一緒になってから間もなくだ。二人きりの時はまだしも、○の視界に伊作がいると、○の意識は集中的に伊作に向かう。教室でも食堂でもそうだ。誰と一緒にいてもそうだ。
今まで気付けなかったのが愚かしいほどに、留三郎は○の気持ちに気付いた。
○の伊作に対するものが友情とは違うものだと、自分の気持ちを暴露してからようやく気付いた。
そして、自分は○にとって身代わりなのだと。

それでもいいと思ってしまう留三郎は己の愚かさを自嘲した。二人きりの時だけは○は自分を見てくれるのだと言い聞かせた。○が自分を通して伊作を見ているということを知っているのに。

それでも、恋しい人が自分に触れてくれる事実が幸せだった。







○の手が、留三郎の体に触れる。合わせから手を滑り込ませ、襦袢の上から乳首に触れる。既に硬くなっていた。

「っ、○…」

「食満かわいい。お前ほんとに俺のこと好きなんだね」





「当たり前だ…っ」





屈辱も恍惚に変わる。
「好き」という想いだけで全てが満たされる。
それだけが真実で、他の全ては空虚だというのに。

本当は苦しくて切なくて遣る瀬なくて仕方がないのに、それでも好きであることが幸せなんだ。


だからどうか誰も壊さないで。
時間が別れを与えるまで、彼と共にいさせて。





















(○、………俺、お前が好きだ)

(え………?ん?そういう意味で?)

(…………そういう、意味…だ)

(じゃ、付き合う?)







いま思えば彼には「好き」の言葉も無かったけれど。