どこから来ましたか。五









(♂夢/忍卵)



びっくりした。
すごくびっくりした。
起きたら兵助いるんだもんよ。何事だよ。心臓止まるかと思った。

兵助の表情は虚ろで、それを見たら寝起きとは思えないくらい俺の頭と目は冴えた。頭の奥の方が急に兵助を気遣って深刻になった。

「どうした?」

俺が問うと、兵助は幾分緩んだ顔を見せて大事そうに言った。

「会いたかったんだ」

それを聞き、やっぱり昨日のことかと確信した。昨日の自分を思い返すと、友人相手とはいえ、さすがに無礼極まりなかったと思う。
そう思って、思考には「ごめん」の言葉が出たのに、意識とは裏腹に、俺は気の抜けた吐息を洩らして、そうするのがごく自然であることのように声を発した。

「………変な奴。教室行ったら会えるのに」


顔の筋肉が楽に動いて、朗らかな声が聞こえた。声が先行して俺の心持ちも極めて穏やかになり、またそうするのが自然であるように兵助の頭を撫でた。撫でながら、どことなく心地よさを感じて目を閉じた。


(変わってないなぁ、こいつ)



…………。

…………、
え。



瞬間、体の奥に劇薬を打たれたように全ての意識が爆発的に目覚めた。襲われているようだった。兵助の頭を撫でていた手は石のように固まり、呼吸をしているのかも忘れた。きっと止まっていたに違いない。

なんだ。
俺は今何を考えていた。

頭が回る感覚がしているのにずっしりと重く、体と意識がまるっきり別物になっている感じがする。いつのまにか何を見ているのかもわからなくなって、視界が今何色なのかも自覚できない。

待て。
怖い。
待て。待て。
消える、どこかに。どこへ?
いやだ、行きたくない。
怖い。

助けて。



「○?」



やけに大きく兵助の声が耳に響いて、耳だけは正常だと知った。だけどその途端、それも幻聴ではないかと疑った。灰色の闇が見えてきて、一瞬全てを見失う。
何かを動かさなきゃと反射的に思い、右の足首を動かした。そこは確かに動いたとわかって、まだ消えてないと知る。どこに消えるのかは知りはしないけど、やけに明確な直感が俺に予告している。右足首に意識を集中すると、だんだん狭まった視界が開けてきて、部屋の天井が見えた。

戻ってきた。

全てにおいて感覚的すぎて自我が消えかかっていた。今何が起こったのかすらわからなかった。
自分で思うままに思考できる意識も戻ってきて、俺は俺の自由を自覚した。

長く深呼吸すると、意識が明確になってきて、目が覚めてきたとわかる。
あれは夢だ。目が覚めたらわかる。何を象徴しているのかはわからないけど。いや、覚えてないことの象徴かな。
いつのまにか無意識にまた兵助の頭を撫でている。兵助はこうされるのが好きなんだよな。目を閉じて、緩く手を動かす。時々俺が寝てると俺の腹や胸を枕にして寝転がってくるのを思い出す。

可愛いなぁ。


「………、」


目を開ける。










―――あ、れ…?










俺、いま何してるんだ?

兵助を撫でている手を止めた。勝手に動いていた感じのする手に、もしかしてと静かな衝撃。


戻ってたのか………?



頭を起こして胸に寝転がる兵助を見る。兵助も俺の気配を感じたのか顔をこちらに向けた。気持ちよさそうな顔はとろんと溶けているようで、眠そうな猫みたいだった。

「………そろそろ起きようぜ」

迷った末、俺はそう言った。