鏡花水月 | ナノ

19 互いの想い

(21/22)


「結蓮! 玉蘭!」
見知った声がもう一つ。
「華ちゃん!」
あ、もう一つ聞こえた。

もう安心だ、と心の隅で思った瞬間。
角宿を覆っていた風が止んだ。

「て、てめぇ……!」
鬼宿が声を上げる。
それもそうだろう。
亢宿とそっくりな顔をした青年がそこにいて、自分達の家族を襲っているのだから。
「違う! 彼は……彼は、亢宿じゃない」
「その通り。俺は青龍七星士が一人、角宿! お前らが殺した亢宿は俺の兄貴だ!」
「それは違う!」
華が叫んだ。
ゆっくりとその場で立ち上がり、角宿の目をまっすぐ見つめる。
「亢宿を殺してしまったのは、私……。朱雀七星士は関係ない」
そう、あの時もう少し早く願っていれば亢宿を倶東国に無事に返せたかもしれない。
「だから、鬼宿の家族を襲うのはやめなさい! 憎むなら、私を憎むべきでしょ! だから関係ない人は巻き込まないで!」
その瞬間、流星錐が頬を掠めた。
「黙れ」
冷たい声音にゾッと背筋が寒くなった。
この状況をうまく解決する方法がわからなくなり、困惑する。
先ほどの応酬の間にいつの間にか鬼宿の妹二人と父親、弟は家に引っ込んでくれたらしく、対峙しているのは美朱と鬼宿、華と井宿だけだった。

「お前が兄貴を殺したなら、お前の一番大事なものを奪ってやる」
流星錐が音を立てて勢いよく飛び回りだした。
「やめて! 私を、私を殺せば済む話じゃない!」
「うるさい! 心宿にさえ止められてなければそうするさ!」
流星錐が、美朱目掛けて飛んでいく。
それを鬼宿が拳で払いのけると、今度は井宿の方へと向かっていった。
「井宿!」
あの夢がフラッシュバックする。

血が血が血が血が血が……!

「いやぁぁぁぁっ!!!!」

感情に呼応するように、ぱぁっと黄金色の光が華から発せられた。
同時に凄まじい勢いで風が吹き、流星錐が跳ね返る。
そのままの勢いで角宿の方へと向かっていった流星錐は、彼のコントロール下から外れたらしく、左肩に直撃して動きを止めた。
角宿は衝撃に膝をつき、肩を掴んでいる。
肩に直撃した流星錐は、その血肉を抉りとったらしく血に塗れていた。

華はそのままの勢いで願った。
「開神! 角宿を倶東国へ!」
今度は穏やかな黄金色の風が、角宿を包む。
そのままどこかへ彼を連れ去っていくと、漸く村に静けさが訪れた。


一部始終を何もできず見守る事しかできなかった鬼宿と美朱が、訪れた静けさ弾かれるようにして鬼宿の家へと入っていく。
へなへなとその場にへたり込んでしまった華を井宿が掴んで支えた。
しかし、自分の手についた血に軽いパニックを起こして、井宿の袈裟を引っ掴む。
「井宿、血が! 怪我! 死んじゃう! だめ、やめて! 嫌!!」
「落ち着くのだ! オイラはどこも怪我してないのだ!」
「でも、でも、血が! ついてる!」
「それは、華の血なのだ!」
だから、落ち着けと井宿が華に深呼吸を促す。
指が白くなるくらい掴まれた袈裟から、手を離させて井宿はその場にしゃがみ込むと華と視線の高さを合わせた。
「……落ち着いたのだ?」
だんだんと呼吸が落ち着き、自分の足の痛みに気付いたのか揺れていた華の目線が井宿をとらえる。
震える口で恐る恐る訪ねた。
「怪我ない……? 本当?」
「本当なのだ」
「ご、ごめんなさい……嫌なこと思い出して……」
震えそうになる身体を押さえつけるように自身を抱きしめる形で腕を掴んだ。
その手を井宿がやんわりと握ろうとして、途中でやめる。
宙に浮いた手を誤魔化すように、華の肩に手を置いた。
「……あ、鬼宿の家族……!」
思い出したように華が立ち上がり、鬼宿の家の扉を開ける。
そこには全員が生きて、鬼宿に抱きついたりして泣いていた。
「鬼宿……! 全員無事!?」
「あぁ、無事だ。華ありがとうな」
「よかった……そうだ! 妹ちゃん達に怪我は……?」
「膝を擦りむいてはいるけど、このくらい直ぐに治るさ」
自分が突き飛ばしてしまった妹二人を見れば、砂だらけではあるものの酷い怪我はないようだった。
近寄って、しゃがみ込んで視線を合わせる。
「ごめんね、突き飛ばして……痛かったよね」
「だいじょうぶだよ! おねえちゃん、ありがとう」
服についた砂を払ってやり、健気にもお礼をいう二人の頭を撫でる。
そして目を閉じた。
「開神」
ふわっと優しい黄金色の風が二人の足にまとわりつく。
驚いたような見る二人の目はこぼれ落ちそうなほど見開かれていた。
「二人の怪我を……治して」
風がやむ。
すっかり綺麗になった膝を見て、二人ははしゃいで華に抱きついた。
「おねーちゃんすごーい!」
「華、すまねぇ」
「怪我させたのは私だから、ね?」
鬼宿の声に、華は苦笑いをした。
「美朱、怪我平気?」
「あたしは平気だよ! 鬼宿が守ってくれたから」
「そっか、じゃあこれで解決だ」
全員に怪我がないことを再度確認して、立ち上がった。
これで終わったと安心したからか、ふらりと立ちくらみがして、思わずたたらを踏む。
少しだけ揺れた身体を井宿がさりげなく後ろから支えた。
「鬼宿、オイラ達は先に戻ってるのだ」
「俺はみんなを連れて後から追うよ。美朱も一緒にいいか?」
「うん!」
「では、お先に失礼するのだ!」
井宿が指先に力を込める。
華を掴んだまま術を発動させた井宿は、一瞬で宮廷へと戻った。



「ち、井宿! 待って! 私歩けるから……!」
「問答無用なのだー」
宮廷の庭に降り立った華を井宿がひょいっと横抱きにする。
「こんなの、自分で治せるから!」
「さっきふらついていたのをオイラが見てないとでも思ってるのだ?」
ぐっと言葉に詰まる。
麒麟にお願いして髪と引き換えにもらった気をだいぶ使ってしまったらしい。
昏倒はしないまでも、身体は少し重く軽い眩暈がしていた。
井宿は有無を言わさず、華を部屋へと運ぶ。
「そういえば、どうして井宿が一緒にきてたの?」
「華が勝手にどこかにいくから、追いかけたのだ」
そういえば、去り際に呼ばれた気がすると思い出して、眉を寄せる。
「あれ、井宿だったの……気のせいかと思った……」
「どこか行く時は誰かに一言、言ってくれると助かるのだが」
「ごめん……急いでたから」
部屋につき、寝台にゆっくりと下される。
改めて膝と足を見れば、大した怪我ではないが血が滲んでいて見る分には痛々しい。
「軫宿を呼んでくるのだ」
「大人しく待ってます」
何もしないと、戯けたように言う。
井宿がそのまま出ていき、華一人になった。
思い出すのは、角宿の言葉。
謝っても謝っても謝りきれない事をしてしまった。
大事な兄弟をこの手にかけてしまったのだ。
性の同じ兄弟の結びつきは強いと聞く。
例え、亢宿が自らその手を離したのだとしても。

「殺したのも同じ」

「私が、殺した」

「私……もっとしっかりしなきゃ……」

呟く言葉は誰に向けたものか。
トントンと扉がノックされ、軫宿と井宿が戻ってきた。
「井宿、ありがとう。軫宿ごめんね……」
「まったく、お前は怪我ばかりだな……」
軫宿の呆れたような言葉に、苦笑をこぼす。
しゃがみ込んだ彼が華の足に触れた。
手のひらから、暖かい光が漏れて足の痛みを吸い取っていくようだ。
「って! 軫宿、私なんかのために力使わないで!」
引いていく痛みに、慌てて拒否しようと足を動かそうとしたら、井宿に掴まれて止められた。
「怪我する華が悪いのだ」
「俺に力を使わせたくなかったら、怪我をしない事だ」
二人にそう言われ、ぐっと押し黙る。
全くその通りで何も言い返せなかった。
痛みが完全になくなったと同時に、井宿と軫宿の手が足から離された。
見れば綺麗に治っている。
「……ごめんね」
「ありがとうの方が嬉しいんだがな」
軫宿が、持ってきた軟膏を取り出して華の膝に塗った。
擦りむいたそこが染みて、ぎゅっと手を握りしめる。
ガーゼを張られて、テープでしっかり固定された。
見た目は大怪我だ。
絆創膏を持ってくればよかった。

「……痕は残らないだろうが、ここはどうする?」
軫宿の手が頬に触れちりっとした刺激が走り、始めてそこも怪我をしていることに気づいた。
「そこも怪我してる?」
「切れてるな。膝と同じ処置でよければするが……」
顔だから、気になるだろう?と聞かれて、華はくすりと小さく笑った。
「気にしてくれてありがとう。でも、私気にならないから、膝と同じようにしてくれて大丈夫」
「そうか?」
軟膏が塗られて、膝よりも小さいガーゼが頬に貼られた。
テープもぺたりと貼られる。
「よし、これで終わりだ」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
軫宿が広げた軟膏のはいった器とガーゼ、テープを片付ける。
「華、あまり傷を増やすな。跡が残るかもしれん」
「気をつける」
片付け終わった軫宿が部屋から出ていく。
部屋には華と井宿の二人になった。


「ねぇ、井宿」
「だ?」
「私に……気をくれた時、なんだけど……あれから、気が大きくなったとか、変化ある……?」
そう問えば、井宿が少し考えたあと口を開いた。
「確かに、少し大きくなった気がするのだ」
「やっぱりそうなんだ……」
太一君が嘘をついたとは思っていなかった華だが、やはり効果が本当だと知って落胆した。
(心宿も……ってことだよね……)
元から強い心宿の気をさらに増幅させてしまったのかと思うと嫌になる。
華が思わずため息をつくと、井宿の手が頬に触れた。
「全く、無茶ばかりするから困るのだ」
「無茶じゃないよ、私のやる事なの」
「だとしても、やり方があると思うのだが……」
「ないよ。これが一番いいやり方だった。誰も死ななかった、傷付かなかった」
「華は?」
「……私なんか、どうでもいいの」
その言葉をきいた井宿のどこかでぶちりと何かが切れる音がした。

井宿の手が華の手首を掴んだ。
願いのせいであまり力の入らないだろう身体は、安易に押し倒せてしまう。
井宿は華を寝台に縫い付けると、怒りをぶつけるようにその唇を奪った。


目を見開いた華だったが、抵抗する素振りはなかった。
それにも腹が立って、口を離すと井宿の顔から面が外れて落ちた。
「心宿にもこうしたのか」
冷たい声で問えば、華が固まる。
「そんなの許さない」
「なに……っ」
ぶつかるような勢いで、唇を重ねた。

頭の隅で冷静な自分が叫ぶ。
香蘭のことは、親友のことはと。
しかし、それ以上に華の発言に腹が立っていて、井宿は怒りをぶつけるように口付けをすると言うつもりのなかった言葉を吐いた。


「自分なんかどうでもいいなんて、言うな! オイラ達が信じられないか? そんなに信用ならないか!? 華の事を守るぐらいの力はつけたつもりだ! オイラはもう二度と愛しい人を亡くしたくはない! 未来がなんなのだ! そんなもの、どうとだって変えられる。華がしていることは自己犠牲だ! 華が傷つく姿を見るのは嫌だという俺の気持ちを少しは考えたらどうなのだ!!」

「ち、ちり……それって……」

「ここまで言ってもわからないのだ!?」

「……井宿、あの場所に私が行かなかったら鬼宿の家族は殺された。井宿達のことが信用できないんじゃない。どこまでも私達の力になろうとするから……私は一人でやるの。それに、私なんか好きになったらまた、井宿傷つくよ……」

その目のように。
そっと井宿の見えなくなってしまった左目に触れる。


「みんなで協力するのだ。今日だってそうした、そしたらどうなった? 変わったのだ。華が見てきた未来をオイラは知らない。みんなで協力すれば、道はいくらでも開ける。そして、華の事を好きになって後悔することはないと言い切れるのだ」


「井宿……」

ぽろりと涙が溢れる。
この人がどうしようもなく好きなのは、もう昔から知っていた。
初めて恋を自覚したあの時から、華の一番は井宿だ。
今回の結末が転ぶ先は、生か死か。


「私が死んでも同じこと……言える?」

「死なせない。華はオイラが守るのだ」

ぎゅっと抱きしめられた。
甘えてはならない。
そう思うのに、身体は正直で。
華の腕は井宿の背中に回された。

「井宿が好きだから……傷ついて欲しくなかったから、想いは伝えないって決めたたのに……」

ごめんなさい。

つぶやいた言葉は、小さく消えていく。





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