▼うたた寝

華は、一人ロンドン橋の歌をイギリス英語で歌いながら歩いていた。
「London bridge is falling down……」
ロンドン橋落ちるという内容の歌詞で、あまりいい歌の印象はない。けれど小さい頃から聞いているこのテンポの良い曲が大好きだった。
「London bridge is falling down My fair lady」
興味本位で調べたが、イギリス英語の最後の歌詞である『お嬢さん(貴婦人)』というのは、ロンドン橋が落ちないよう人柱にされた女性の事を言っているらしい。華はそんな事を考えながらぶらぶらと池の周りをまわった。

そんな折、ふと見かけたのは、見覚えのある錫杖と袈裟。そして笠。華はそれらを持つ人間の側に行くと……側に腰を下ろした。
3つ年上の彼は池に釣り糸を垂らしたまま、横になっている。珍しい。そう思いながら、華はキツネ目になっている井宿の仮面に触れた。
「……不思議」
その仮面は、井宿の皮膚のように馴染んでしまっている。未だにどんなカラクリなのか、井宿本人にもわからないらしい。
「それにしても……」
本当に珍しい。七星士の中でも最年長の彼は、いつも頼れるお兄さん的存在で、若い七星士から頼りにされている。そのせいか、井宿はあまり気を緩める事がない。人前で疲れた顔なんて殆ど皆無だ。
そんな彼が、この宮廷内の池の側で寝転んでうたた寝している。
「……やっぱり、井宿も疲れちゃうよね……」
華も21歳。井宿や軫宿と同じく年長クラスになるが、できる事は少ない。そのせいで、井宿にばかり負担がいっているのではないか、とたまに心配になる。
「……あのさ、井宿。こんな頼りない私だけどさ……」
寝ている彼に向かってつぶやく。なんだか、実らない恋の告白でもしようとしているみたいだ。実際のところ華と井宿は恋人同士だが。
「たまには疲れたとか、面倒くさいとか……甘えてくれてもいいんだよ?」
規則正しく上下する胸元を見つめ、そしてそっと、慎重に井宿の面を外した。現れる、綺麗に整った顔。そして、痛々しい傷跡。
仮面ではわからなかった閉じられた瞼からは、長い睫毛が見えていた。不思議と唐突に愛おしい気持ちが溢れ出し、こほんっと一つ咳払いをする。
「頼りないところ、どうにかするからさ、ね?」
(だから、頼ってよ。一人で抱え込まないで。私こんなだけど……一つぐらい荷物、もってあげれるよ。……少しでも、井宿の荷物が軽くなるように、願うから)

そう、心の中でつぶやいた瞬間。ぽっと胸の奥が熱くなり、たまらずに華は井宿へと顔を近づけた。間近で見る、井宿の顔。そしてゆっくりと視界に暗闇を落としていき……。華は眠る井宿に軽くキスをした。

途端に消える、胸の奥の熱い感じ。そして小さく井宿が身じろぎ、そして瞼が数回動いた後持ち上がった。
「……だ……?」
寝ぼけているのだろうか、井宿は華がいるこの状況が理解出来ていないらしい。華はくすりと笑うと「おはよう」っと挨拶をした。
「おはようなの……だ!?」
のんきにそう返した所で、華の手の中にあるお面をみて、井宿が狼狽する。華はにっこりと微笑んだまま、ずいっと井宿に顔を寄せると、顔色を伺った。
「ね、なんか悩んでる?」
「だ?……そういえば、ちょっと考えごとをしていたのだが……今はすっきりしてるのだ」
「そっか」
どうやら、願いは届いたらしい。最近いつも小難しそうな顔でそれこそ眉間にしわがよりそうな程、緊張した面持ちの井宿だったが、今は初めて太極山出会った時のような、晴れやかな顔をしている。
満足して華は井宿から少し身体を離すと、池を覗き込んだ。
「釣れそう?」
「元々ここには魚はいないのだ」
「……釣りの意味ある?」
「釣り糸を垂らしてるのが好きなのだー」

仮面をつけてない顔のまま、にっこりと微笑まれる。その顔にドキッとして。華は慌てて仮面を返すと井宿の顔にべたっと貼り付けた。


(あんな顔……反則!)


「それで、華は何の用だったのだ?」
「別にー」

仮面を元どおりに嵌めた井宿は、いつもの狐顔。華は、さて、と勢いをつけて立ち上がるとその場から歩き出した。
「私、お手伝いしなきゃ。じゃあね、井宿」

ひらひらと手を振って井宿から顔を逸らしたまま宮廷に戻っていく。

その口からはまた、あのロンドン橋のメロディーが流れ始めた。ここに来た時とは違い、かなりトーンが高めだ。華は滅多に見れないレア井宿をみて、少し、ほんの少しだけ優越感に浸っていた。


END


※765キリ番 リクエスト作品
井宿が眠りこけてそこに居合わせちゃうお話でした!

タイトルまんま笑
ありがとうございました!
なんか、書いていくうちに方向性を見失ってしまったので、イマイチ……な気が……( ´??` )

そういえば、ロンドン橋の歌は地域によって日本語の最後の所の歌詞が違うそうですよー。
私のところは、「ロンドン橋おちるー、さぁ、どうしましょう?」
でしたw
皆さんのところはどんなのですかー?




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