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井宿に頼んで瞬間移動で鬼宿よりも先に亢宿の元へ到着していた美朱が、今にも落ちそうな亢宿の手を掴もうと腕を伸ばした。「だめ…!」
しかし、わざとか事故か。
追い詰められた亢宿は、美朱をみて優しく微笑むと、そのまま濁流渦巻く川へと落ちていった。
「張宿ー!!!」
手を伸ばした。しかし亢宿の姿はすぐに川に飲み込まれわからなくなる。
美朱は、本当は優しかったであろう亢宿の最後の微笑みを思い浮かべると涙をこぼした。



その後、美朱は鬼宿とともに、華は井宿とともに朱雀廟へと戻ってきた。皆、一様に顔が暗い。当たり前だ、人が一人死んでしまったのだから。
「そうか……」
美朱が星宿へと亢宿の最後を伝える。
華はそれを見ながら、こっそりとほかの朱雀七星士達の様子を伺った。
(……酷いことしたのに、なんでまだ信じてもらおうとしてるんだろう……)
浅ましい考えに内心反吐が出る。
「ところで……」
こちらを振り向いた星宿と視線がぶつかり、ドキリとした。しかし、突然開いたドアにその視線は奪われ、華は胸をなでおろした。
「申し訳ありません、陛下……!  こら、入るなっ!」
「いや、よい。してそなたは……?」
兵士の止める声も聞かず、空いたドアから入ってきたのは小柄な男の子。齢は12歳か13歳だろう、男の子の腕をつかもうと兵士達が躍起になる中、それを手で牽制した星宿は目を見開いた。

「皆さん、ご無事で何よりです。僕の名前は、王道輝。七星士名は張宿と申します」
「ほ、本物の張宿!!??」

美朱が突如現れた張宿の元へと駆け寄った。
張宿は、自らの身分を証明するように足の甲に浮き出た、張の字を見せる。
美朱はそれを見て泣きそうな顔をした。

「科挙の受験勉強中に、皆さんの星に変異が見られたので遅ばせながら駆けつけさせて頂きました……しかし、遅かったようですね……申し訳ありません」
「か、科挙って……」
浮かんだ涙が自然とひっこみ、受験勉強という言葉に顔をこわばせこちらを振り向いた美朱。華はしかし、答えられない。目も合わせられなかった。
だが、美朱は何かを思いついたように声を上げると、目を輝かせた。
「…ってことは今度こそ全員揃ったってことだよね?  皆、まだ炎は消えてない、イチかバチか……祈ろう!」
美朱の声に慌てて全員が定位置につく。それは、華の後ろにずっと控えていた井宿も同じ。
華はその隙に、そっと朱雀廟から出ようとした。いたたまれなかったのである。しかし、見えないかべにぶつかって足を止める事になった。
(壁……?  何も無いのに……)
手を前に突き出すと、やはりなにかにぶつかった。見えないのに確かにあるその壁に、諦めて朱雀廟の端っこへと身を隠す。
鬼宿、星宿、柳宿、井宿、翼宿、軫宿、張宿。全員が指を組み、祈りを捧げる。四神天地書を呑み込んで燃え上がる炎は、消えることを知らない魔術のように燃え続けた。
やがて炎の中になにか揺らめく影が現れ、ぬっと顔を出した。
「すざ……」
「馬鹿者!!!」
喜びの声を上げかけた美朱は、突如現れた老婆の顔に驚いてのけぞった。その拍子に後ろへと倒れ込む。しゃがれ声に驚いた七星士も目を開け、その鬼のような老婆の顔を見た瞬間、あの井宿でさえもずっこけた。
「た、太一君!」
いち早く復活した美朱。太一君へと押しかかるような勢いで言葉を発する。
「どうして朱雀じゃなくて、太一君が現れるの!!??」
「美朱よ、お主は七星士を集め損ねた。朱雀召喚に失敗したのじゃ!」
「そ、んな……」
はっきりとした太一君の口調に、流石の美朱も膝から崩れ落ちる。
「おいババァ!  そこまではっきり言わなくてもいいだろ!?」
見かねた鬼宿が声を荒らげるが、太一君が牽制するように睨みつけると、その恐ろしさに黙り込んでしまう。皆が見守る中、太一君の言葉はさらに続いた。
「朱雀の巫女の使命は、神獣を呼び出すこと。生ぬるいことは言っておられん」
ふんっと太一君が鼻を鳴らす。
「違うの……違うの、鬼宿。悲しいんじゃなくて……悔しいの。私、悔しいんだ!」
ぎゅっと拳を握りしめた。頭に浮かぶのは、死んでいった人々の顔。
「この為に、多くの人が傷ついた。悲しんだ!  なのに、なのに……私は巫女として呼び出すことに失敗した……自分の責任を果たせなかったの……、それが、それが悔しいんだ!!」
(美朱……)
朱雀廟の隅っこで眺めることしか出来ない華。美朱の気持ちが流れ込んでくるかのように痛いほどわかった。いや、使命もなく、ただ護る事しかしない自分にはわかったつもりなのだろうけれど。

(言えなかった……、いいや、違う。私はそうする努力を怠った……美朱ならば何としても教えたはず。私は……)
紙に書けば美朱が気づいたであろう。口の動きで井宿にも伝えられたかもしれない。指の動き、手の動き。それらを使うことも出来た。
(何してたんだろう……)
喋ることさえもできず、また心宿に操られて迷惑もかけた。自分の目的は、死ぬことだった。この世界に来て、井宿と会い色んな人間と出会い、忘れていた暖かい気持ちに触れて、どこか舞い上がっていたのかもしれない。
(ゆるしてくれると……)

おまけに無理をして井宿を怒らせた。無理をしたのに、亢宿を止められなかったし、助けることもできなかった。
鼻の奥がつんっとする。喉の奥が大きな塊がつっかえたかのように苦しい。目尻が湿り……しかし華は己の掌に爪を立てると、それを耐えた。
(泣くのは違う。泣いてはいけない)
ちらりと、井宿を盗み見た。彼ら七星士は太一君から、神座宝を探すこれからの旅の為に、武器を強化してもらっている。美朱には、四神天地書の灰を。井宿も例外でなく、首に下げた数珠に新たな装飾が備わっていた。

(後で……聞かれるはず。弁明はせず、きちんと答えなければ……)

このあと行われるであろう、今日の出来事に発展した元凶の尋問。元凶は華。四神天地書を無くし、美朱が神座宝を探しに行かねばならなくなったのも自分の所業のせいである。おまけに、皆の心を深く傷つけてしまった。

(出来ることならば……)



ここから立ち去りたい、今すぐに。


でも。同時に思う。美朱を守りたい気持ちと、井宿のそばにいたい気持ち。



「華よ」

華は突然太一君に名を呼ばれて顔を上げた。

『立ち去る事は許さぬ』

しかし、突然聞こえてきた声に踏み出しかけた足を止めた。



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