■細く震える呼び声を知る今生はもうそればかりしか愛せぬと

10yearsold Diego・Brando

俺がジョースター家でホット・ウォーカーのバイトをしだして数年もたたないうちに、いずれライバルになるだろうと予想していたニコラス・ジョースターは死んだ。
落馬の事故だった。
喜んで良いのやら悪いのやら…奴の実力は確かなものだった。
だからこそレースで対決してみたかったのだ。

(まあ…それも今となっては無理な話だが)

野菜の入った桶を持って馬舎の中に入ろうとすると、中には先客がいた。
小さな背中が動いているのが見える。
耳を澄ませればぼそぼそとすすり泣く声が聞こえ、思わずぎょっとした。
よく目を凝らして見ればそこにはニコラス・ジョースターの弟が座り込んでいた。

(たしか…ジョニィだったか)

正直言ってこいつには何の関心もない。
ニコラス・ジョースターの弟、それだけだ。
ただここに居座られるのは困る。

「…どうかしましたか?坊っちゃん」

びくりと肩を揺らしてジョニィは振り返る。
大きな瞳は涙に濡れていた。

「…っ!…だれ?」

「新しく馬の世話係に雇われたディエゴ・ブランドーです」

ディエゴ、とジョニィは復唱すると突然顔色をかえ俺に掴みかかってきた。
持っていた桶が床に落ちる。

「…お前ッ…兄さんの馬に何かしたのか…?!」

「…?何のことですか?」

「とぼけるな!!お前が兄さんを殺したんだろう?!!」

掴んでいる腕に力がこもる。
何故だろうか?
目の前で睨んでくるジョニィ・ジョースターに、懐かしいような何とも言い難い感情が溢れてきた。
じわじわと俺の中の血液が沸騰するような感覚に襲われる。

「…フン、何を言ってるんだ貴様」

「それが…お前の本性か」

「お前に隠したところで無駄だと思ったんでな」

「…もう一度だけ言う。兄さんを殺したのはお前か?」

答えはNOだ。
俺はただ白いネズミが馬を横切るのを見ただけだった。
だが、違うと一言言ってしまえばこいつのこの瞳はもう向けられることはなくなってしまうだろう。

(それじゃあ面白くない)

「…さあな」

「やっぱり…!」

「そうカッカするなよ…可愛い顔が台無しだぞ」

「お前…」

ふざけるな!!、と言おうした唇を塞いだ。掴まれている手を外し、そのまま壁へと追い込む。

「…ッンぐ…!!」

舌を差し入れ口内を荒らす。
微かな水音が鼓膜を震わせる。
突然、されるがままになっていたジョニィの手が俺の頬を殴った。

「な、にするんだ…!!」

「…たかがキスの一つで騒ぐんじゃあない…乱暴な奴だ」

ジョニィはドン!と俺の胸を押し返すと扉まで走り、バッと振り向いた。
目元は赤いままだが、もう涙は浮かべていない。

「お前だけは…絶対に許さないからな、ディエゴ・ブランドー…!」

そう言って乱暴に馬舎を出ていった。
ジョニィが去ってなお、触れた唇の感触と、細く震える泣き声はいつまでも耳に残っていた。

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