逆トリップして来た槍のスパダリ力が極まってて困ってます | ナノ


  はじけた心は何を実らす


 アラームの音に叩き起され、不本意ながら意識を新しい朝へ浮上させられる。起きなきゃという思いとまだ寝ていたいという睡眠欲の狭間で揺れながらなんとか瞼をこじ開けると、端正な顔立ちの中で一層綺麗に輝く赤茶色の瞳が寝惚け眼の己の姿を捕らえていて悲鳴をあげそうになる。

「おはよ」
「お、おはようございます……」
 まさか御手杵と同じ布団の上で寝転がったまま向かい合い、朝の挨拶をする日が来ようとは。
 寝起きの顔をなるだけ見られないように両手で鼻から下を覆いながら「いつから起きてたの…?」と尋ねればくぐもった声が手のひらの中に小さく収まる。
「ん?ああ、結構前からだったかな?」
「眠れなかった?」
 まさか御手杵の方が早起きだとは思わなくてそう問えば否の答えが返された。
「いや、この上ないくらい安眠だったぞ」
「そっか。おてぎね、けっこう、早起きなんだね…」
「昨日寝についたのが早かったからなぁ」
 この槍が起きてからどれほどの時間が経っていたのかはわからないが、もしかして私が目を覚ますまでの間ずっと寝顔を見続けていたのだろうか。

「起こしてくれてもよかったのに」
「あんまり気持ちよさそうに寝てるもんだからさ、起こしたくなかったんだよ」
 その優しさには感謝する。
 けど、きっと見るに堪えないだろう不細工な寝顔をガン見するのはやめていただきたかった。顔洗ってないし、涎の跡とかついてなかっただろうか。まず昨日の夜中イビキとかかいてたらどうしよう、最悪だ。好きな人にみっともないところを見られたくないなんて思う乙女心が枯れかけた私の中にもまだ残っていたのかと感心しながら頭を抱える。
 なんなら早くに布団を抜け出して一足お早く朝食を食べていたってよかったのに、と胸の内で訴えていると枕に頭を預けたままの御手杵がふにゃりと目元を緩める。

「それに、起きたときあんたの側に居ないのは、なんか駄目かなって」
「え、」
「朝から主を泣かせるなんて真似したくないしな」
っ!!」
 その言葉を皮切りに昨夜のことが鮮明にフラッシュバックする。
 (そうだ、昨日の夜私は…!)
 みっともなく号泣した。しかも離れ難いからという、園に預けられる前にお母さんとバイバイしたくないと駄々をこねる幼稚園児さながらの理由で。

「昨晩は大変失礼致しました……」
 布団の上に正座し項垂れるように深々と頭を下げれば「や、やめてくれよ…!」そんな謝るようなことかぁ?なんていう少し戸惑いの声色が聞こえてくる。
「いや、なんというか年甲斐もなくあんなに泣くとは自分でも…思わなくてですね……出来れば昨日の事は全部忘れて頂けると、嬉しいんですが」
「やだ」
「や、やだって…」
「俺と離れるのが嫌で泣いてくれたんだろ?そんな嬉しいことがあるかよ」
 だからやだ。絶対に忘れてなんかやらないからな。
 深々と下げたままの頭に御手杵の大きな掌が落ちる。わしゃわしゃ撫でられるも乱れた髪の毛は寝癖の一部となって溶け込んで行った。
 事実を言われただけなんだが、なんというか御手杵の言葉は真っ直ぐすぎてそれを真正面から食らうとどうしようもなく気恥しい。

「と、とりあえず顔洗って、ご飯食べて支度しよ」
 今日は丸1日連れ回すから覚悟しといてよねと宣言すれば「おー」なんて間延びした返事をしながらこれまたゆるっとした笑顔を見せられる。

 ◇
「ごちそうさまでした」
 食器を片付け今日は何を着ようかと思いながら廊下を歩く。自室へ向かうための階段を1段上がって、くるりと振り向けばさも当然のように後を着いてきていた御手杵の姿が。階段を上っても尚同じ目線にならないのは一体どういうことなんだ。
「服、昨日のジャージに着替えといて貰える?」
 流石に上下緑は目立つから上になんか羽織もの、着て出かけよ。と提案すれば二つ返事でわかったと返って来る。
 どうせ服買って直ぐに着てもらうつもりでいるからそんなに目立ちはしないだろう。ドンキに居る若者もなんかジャージ来てたりするし。うん、許されたい。

「私はメイクするから茶の間で待ってて欲しいです」
「めいく?」
「あー、お化粧。イケメンな御手杵さんの隣にすっぴんで立つわけには行かないからね」
「今はすっぴんか?」
「う゛、そうですけど!?粗が目立ちまくって見せられたもんじゃないんだからあんま凝視しないで欲しいですはい」
 ほんとは寝起きの顔を見られてる時点で最悪だ。メイクをしたところでガラッと変わるなんて技術持ち合わせてないからしたところでなんなんだと思うかもしれないがこれはもはや気持ちの問題だ。
「元から顔がいい御手杵さんと違ってこっちは見れる顔になるまで時間がかかるんですよ…」
 無条件で綺麗な顔立ちが常に保たれている刀剣男士への羨ましさから拗ねた口調でそう口を尖らせば不意にがっと両頬を手で挟まれる。
「!?」
「見れる顔」
「…ふぁい?」
「今も充分見れる顔だと思うがなぁ」
「……ありがとうございます?」
 何事かと身体を固くしていれば褒められてるのかよくわからない言葉をかけられ、返す言葉を暫し悩みあぐねる。
「あ、いや、なんか間違えた気がすんなぁ…」
 もしかしてあとから加州にどやされるかぁ?とぶつぶつ言いながら頭を悩ませている御手杵。うんうんと唸りながらも御手杵の中では何かが問題提起し何かが自己完結したらしい。彼独特のテンポ感にリズムを乱されるのがこれから日常茶飯事になっていくのだろうか。
「なんでもいいけど結構時間かかるから私部屋行くね」
「なぁそれ見てちゃ駄目か?」
「え?なに、メイクしてるとこ見てるってこと?」
「うん。駄目か?」
「だ、だめっていうか…嫌、です、ね」
 御手杵は知らないかもしれないけど化粧しているときの顔面というのはそれこそ他人に見せられたものじゃない。女子同士だったら特段気にすることも無いかもしれないがアイラインを引く時の顔なんて酷いものだ。それを、興味津々な御手杵の前でやる?そんなことしたら十中八九この槍はガン見してくるに違いない。耐えられない、そんなもの断固拒否するに決まってる。

「いやかぁ。」
 わかった。じゃあ下で待ってる。
 素直に引き下がってくれた御手杵にホッとしたのも束の間
「なぁ、そのめいくっつーのするのって俺の為?」
 また、心臓が痛くなるような言い回しをする。なんだ?極になると女たらし特効でも見に付けて帰ってくるのか?
「お、大きく捉えるとしたら、まぁ、そういうことにならなくもないんじゃないでしょうかね」
「ふぅん、じゃあデートだな」
「デッッ!?!!」
 デートという単語を彼は正しい意味で理解しているのだろうか。想像するに、単なるお出掛けのことをデートと言い換える刀が居たからそれを真似ているのかもしれない。そう、きっとそうに違いない。御手杵さん僕と一緒にデートしようよなんて言いながら万屋に彼を引っ張っていく乱ちゃんの姿が目に浮かぶ。
「急がなくていいからさ、ゆっくり支度してきなよ」
 自分がやかんならとうに湯が沸いていそうなくらい蒸気が出ているであろう頭の頂きに、蓋をするようにぽんと手を置かれる。
 御手杵という槍は、人の頭を撫でるのが癖なのだろうか。
 あぁもう今日はチークなんてものは必要ないなと火照る頬に手を当てながら逃げるように自室へ駆け込んだ。


 ◇
 メイクし終わってからもう幾度となく鏡で顔を確認した。
 一瞬手持ちの中で一番可愛いと思うワンピースを着ようとも思ったが、デート、なんて言われてしまった手前、それを変に意識してると思われたくなくてガウチョパンツに切り替えてしまった。誰か私を、意気地がないと笑ってくれ。

 (平常心、何事も平常心で行かねば。)
「おまたせ。じゃあ行きますか」
「おー!待ってた、ぜ……」
「どうかした?」
「…」
「御手杵?」
 元気よく返事をした御手杵と目が合ったかと思えば視線をそろりと逃がしながら横を向かれる。
「あー、うんいや、大丈夫だ」
「そう?」
「あんまりかわいいんでびっくりしただけだから気にしないでくれ」
「かっ、わいくはないと思うな!?」
 驚くあまりいつもより大きめな声が口から出てしまう。気にしないでくれと言われて気にせずにいられないほどの言葉を選んだ自覚がないのだろう。たちが悪すぎるくらいの人たらしだ。
 どっちかと言うとうん、不、いや自分で声に出して言うのは悲しくなるくらいの顔の出来だとは自覚してるから自惚れはしない。
「気を使わせてすまんね…お世辞なんて言わせちゃって…かわいさの欠けらも無い主の自己肯定感を上げてくれてありがとう。いやはや見た目を褒められるなんて一生に一度あるかないかだから感動しちゃうなぁ。じゃあ、そっち側の扉開けて座ってもらって、」
 言われ慣れない言葉。それも大好きな御手杵から言われてしまっては幾らリップサービスとわかっていてもドキリとしてしまう訳で。はやる鼓動に引き摺られるように早口になってしまいあからさまに照れていることがあけすけな自分の態度に自分で恥ずかしくなる。鈍い御手杵のことだから、そんな感情の機微に気付かれていなさそうなところが唯一もの救いだ。
 早口に声をかけながら自分も運転席の方へ回ろうとすると手首を掴まれ引き止められた。
「あのさぁ」
「ん?」
 引き止めた張本人の方を振り向けば少しむっとした顔の御手杵が目に入る。
「人の美醜なんてもんはよくわかんねぇけど俺はあんたをかわいいと思うぞ」
「さ、左様でございますか…」
 随分とリップサービスが上手いんだなぁ、うちの本丸の乱や加州の教育の賜物だろうか。立派な紳士と呼んでも過不足ない優しさと包容力でいっぱいの御手杵に感動しながら、不意に触れられた動揺をひた隠すためへらりと笑みを取り繕って見れば、手首を掴む力がぎゅうと強められる。

「他の人間がどう思うとかは知らないけどとにかくあんたはかわいいよ。俺はかわいいの基準とかあんたのいう普通ってあんま良くわかんねぇけどさぁ。お世辞で出来るだけずっと顔見ていたいなんて思わないだろ。さっきは嫌って言われたから無理には見なかったけどさぁ、俺の気持ち?ってやつ?疑われるくらいならもう我慢すんのやめて我儘言ってもいいか?」
「あ、ぇ?」
「なんだそりゃ。いいのか?駄目なのか?」
「あ、えっと、え?」
「なぁ、いいの?駄目なの?」
「だ、駄目、…かな?」
 思考があまり追い付かないまま返事をすると「わかった」と少し不服そうな御手杵が目に入る。ここでうんと首を縦に振ったら、四六時中顔を凝視される。なんてことになりかねない気がした。
 今何が起きてる、なんの選択を私は間違ったんだろうか。何がどうしてこの槍に口説かれているみたいな状況になってしまっているんだろう。


「どーでもいいやつと出掛ける時に時間掛けて支度するほど主は細かい気遣いしないだろ?あ、いや別に面倒くさがりなところを指摘してる訳じゃなくて。ただ俺の横に立つ為だけに着てく服とかその紅の色とか悩んだりしたのかなぁと思ったら嬉しくて、なんかこう、そわそわして、抱き締めたくなる。かわいいと思うのは別に外見だけに限ったわけじゃないんだろ?まぁだからと言って俺があんたの中身だけかわいいって思ってる訳じゃなくて、ちゃんと外見も…ああなんて言ったらいいかな。つまり俺は頭の先から足の指の先、髪の1本残らず…いや魂ごとまるまる愛しいとすら思っているって話なんだが」
「ス、ストップ!!」
「お、おお?」
 なんだかどんどん話が大事になっている気がしてならない。この男はよくもこう、気恥しいことをつらつらと恥ずかしげもなく言葉に出来るのか。というか魂ごととかなんか最早恐ろしいんだが!?

「もういい、わかった、ごめん、私が悪かったからもう喋んないで」
「あんたのわかったと大丈夫はあんま信用出来ないからなぁ」
「なにそれ酷くないですか?」
「酷い、ねぇ…」
 含みを持たせた眼差しがついと此方に寄越され、身体が固まる。
「お、御手杵、なんか怒ってる?」
「…別に怒ってた訳じゃない。ただ、ムキになってるだけだ。」
「…御手杵は優しくて良い子だねぇ」
 きっと、自分を卑下する私を可哀想に思ったのだろう。自分の主を悪くいう奴は当の本人でも許せない、といった奴だろうか。本当に、感心するくらい良い奴で涙が出そうだ。心優しく全てを包み込んでくれるような包容力のある好青年に育ててくれた彼の故郷、結城の土地に感謝を送りたい。
「…あんた、ほんとに……いやまぁいい。早く行こうぜ。」
 言いたいこと全部言ってちゃ日が暮れちまうと何かを飲み込む御手杵に1枚上手な大人の対応をされ少し納得が行かないが休日という限られた時間を有効に使う為にもこれ以上言及し話を面倒くさくするのは辞めることにしよう。

 あ、そうだ。
「御手杵、私の車低いから」
「あいたぁ!?」
 頭ぶつけないように気を付けて乗ってねって言おうと思ったんだけど、ちょっと遅かったみたいだね。




 ◇
「かっっこい…」
「なぁ、主…これ、なんか窮屈なんだけど。着る必要あったかぁ?」
 興味本位、と6割の自分の欲望のために半ば強引に試着室へ押し込みスーツを着てもらった。
「今日買いに来たのは普段着なんだろ?ここで正装が必要な訳でもなし…」
「いいんだよ試着なんだから。買う買わないは後から決めるにしてお試しに、ね。いやはやそれにしても本当にかっこいい…眼福…」
「自分のかわいいは認めないくせに、かっこいいはよく言うんだな。」
「?だって御手杵はかっこいいじゃん」
「はぁー…あんたなぁ…」
 何を当然な事をと首を傾げれば、試着室という箱の中に窮屈そうに収まる御手杵がもごもごと歯切れ悪く口をもごつかせながら居心地が悪そうに頬をかいている。もしかしてこれは、照れていたりするんだろうか。
「カゴに入れたやつで十分かと思ったけどこれも買いたくなって来ちゃったな…」
「あ、こら。あんまり無駄遣いするなよ」
「御手杵に消費するお金は無駄遣いとは呼びませーん。必要経費でーす」
「俺にお金使うくらいならさぁあんたが着飾るもん買った方が良くねえか?」
 俺は別に着れればいいし見た目に拘らないからなぁという御手杵に自分好みの服装を押し付けてしまってごめんとほんの少しの罪悪感を覚えながら心の中で謝罪する。どれがいいって聞いてもなんでもいいって言うんだもの。安物のTシャツでさえ彼が着ればあっという間にブランド品のように見えてしまう魔法はなかなかに厄介で、何着ても似合ってしまうからどれをカゴに入れるべきか迷ってしまった。悩むあまり試着したもの全てをカゴに入れ続けていたら流石に多いから返してこようぜと先程量を半分ぐらい減らされてしまったけど。有無を言わせず御手杵に黙ってレジに行けばよかったかなともちょっと後悔してる。折角推しに直接貢ぐ機会を逃してしまった。
「それにもう十分着まわせるほど選んでもらったしさぁ、服の他にもまだ買わなきゃ行けないやつまだあるんだろ?」
「あー、まぁね」
 目立ちそうな緑ジャージから脱却し現代の若者に擬態するために先ず最初に足を運んだのがまずここのお手軽なお値段の服屋なだけであって、御手杵の言う通り買い物はまだまだ残っている。御手杵の茶碗にお箸にコップ、歯ブラシと…シャンプーも欲しいだろうか。別に構わないなら私のと共用でも構わないのだけれど、
「着る機会が少なそうな服にお金使うくらいならさ、なんか美味いもん一緒に食いたいなぁ俺は」
「それもそっか」
 確かに、御手杵の喜ぶ顔を見るなら洋服より食べ物の方がいいだろう。スーツ姿の御手杵は今この瞬間目に焼き付けておく事にして購入は諦めるか。
「いやほんとにかっこいい…」
「あんたさっきからそればっかだな。おい拝むなよ恥ずかしい…」
「だってかっこいいんだもの。さっき試着したパーカーとかも勿論似合ってたけどやっぱスーツは群を抜いて素敵だね。肩幅ガッチリしてるから背中広くてかっこいいし脚長いからラインが目立つスラックスが良く似合っててもうほんと、凄い好き…」
「っだー!もう!着替えるからな!!」
 気持ち悪いオタク全開で拝み倒していたら勢いよく試着室のカーテンを閉められる。いかんいかん、破壊力がすごい推しを目の前にして思わず素が出てしまった。
 先に会計してタグを切って貰ったTシャツとアンクルパンツを預け、着てもらうよう言ったのはいいが見慣れない洋服姿の御手杵が遠くから手を振り近付いてきたとき思わず逃げ出してしまいそうになった。見慣れないビジュの推しの破壊力、恐ろしい。
「すまん、待たせた」
「全然だいじょう、ぶ」
 何を言うわけでもなく、手に持っていた買い物袋をこちらの手から攫っていく。別に重くないから持ってもらわなくても全然大丈夫なのにと思う反面、サラリとそんなことをされてしまうと胸がときめいてしまうもので。
「次はどこ行くんだ?」
「…」
「あるじ?」
 誰にでもこういうことしてるんでしょ!とヒステリック女全開で叫んでやりたくなってしまった。ほんとにもう、根本がモテ男で困る。こんなイケメン現実に存在したら女の人は放って置かないだろうなぁ。
「調子乗って着せ替え人形みたいにしちゃってごめんなさい。ちょっと疲れたでしょう。アイスでも食べて休憩してからまた買い物再開しませんか?」
「アイス!いいな、食おう食おう!」
「私何味食べようかなぁ。あ、パチパチするアイスとかあるんだよ」
「へぇ、じゃあ俺それにしようかな」
「私もそれ好きなんだよね久々に食べたくなってきたなぁ」
 私も同じの頼もうかなぁと零せば「わけてやるから別なの食べれば?」と言う声が上から降ってくる
「え、あ、う、うーん…」
「そうしようぜ。俺いろんな味食べて見たい」
 そんな付き合いたてのカップルみたいなこと御手杵としたら顔から火が出てしまうと変な汗をかいているそばから先手を打たれる。
 食べてみたい、と言われてしまっては断る理由もなく「よし決まりな」と流されるままわけっこすることになってしまった。お目当てのアイスを食べれることに浮かれている鼻歌交じりの御手杵とは裏腹に、変に意識をしてしまっている己の欲深さというものに頭を抱える。

 数字が並ぶアイスクリーム屋へ足を運べば色とりどりのフレーバーが並んでおりそれを目にした御手杵は「おお」とどこか感心した声を上げていた。
「これ、本丸にあったらいいのになぁ。いや、あったらあったで端から順に全部食べちまうから飯が入らなくなるって蜻蛉切に小言言われちまうか」
「どんだけ食べる気…?お腹壊すよ?」
 輝かせる目は少年のようでかわいらしいが規格外の食欲に多少苦笑いが漏れる。

 お目当てのものと苺のフレーバーのアイスが入ったカップを持ち店内の席に座る。
「先食べていいよ」
「いいのか?」
「うん、初体験の味の感想聞かせて」
 アイスに刺さった小さなスプーンを御手杵が持つと更に小さく見える。カップもまるでミニチュアみたいだなと薄く笑みが漏れそうになったところに目をまんまるとさせた御手杵のかわいらしい表情が視界に入り、今度こそにやけてしまった。
「うまい、ほんとに口の中パチパチする」
 目を輝かせながらうまいと繰り返す御手杵を特等席で見るこの贅沢な時間。これを見るためにこれまで仕事を頑張ってきたのかもしれないとすら思ってしまう
「良かった。これ結構癖になるよねぇ。」
「あ、主も食べなよ。昨日みたいに気づいたらなくなっちまうかもしんねぇからなるべく早くな」
「ふふ、ありがとう」
 と言っても正直美味しそうにアイスを頬張る御手杵を見るだけで胸もお腹もいっぱいだ。舌の上で甘味をとろけさすくらいから目の前に座ってアイスを口にする御手杵を観察していたい。何よりこの槍は本当に美味しそうに食べるから見てて気持ちがいいのだ。見てて飽きない、というか最早一生見ていたいとすら思う。
 かと言って全く食べないでいるのも変だからアイスの塊の一角をちょびっと削り口にする。冷たさと甘さが染み渡る。おいしいをこの世で一番好きな人(槍)と共有出来る幸せが舌先に乗せられ、そこから全身に染みていくようだった。

 2種類のアイスを一口ずつ貰い、手を止める。口元がだらしなく緩まないよう気を付けながら御手杵を観察していると不思議そうに小首を傾げられる。
「もう食わないのか?」
「うん。おなかいっぱいだから御手杵食べちゃっていいよ」
 おなかいっぱいというか胸がいっぱいだ。多幸感で満たされている。それにやはり同じカップのアイスをつつきあうというのは些か気恥しいものがある。御手杵に全然その気は無いことはわかっていてもやはり、戸惑う心はどうしても湧き上がってくるのだからどうしようもない。

「遠慮すんなよ」
 納得行かないと語る目をしている御手杵からずいとアイスの乗ったスプーンが差し出される。これは、つまり、食えと言うことか。
 属に言うあーんの形を取られては食えるものも食えないというか、その、ハードルが上がってしまって食べづらいことこの上ない。どうすべきか固まっていると唇にちょいと冷たさを乗せたスプーンを押し付けられる。
「あの、御手杵さん?私ほんとにおなかいっぱいで」
「いいから」
「んぐ!?」
 やんわりとNOの主張をしていたつもりだったのだがそれを押し切り半ば無理やり口にアイスを突っ込まれる。ときたまやられるこの槍の押しの強さには一生適う気がしない。
「うまい?」
「ん…」
 こくりと頷けばぱぁと明るくなる表情。ああ、そんなに嬉しそうな顔をされてしまっては断るに断れないじゃないか。
 どうしようと内心心拍数を上乗せしているうちにも心臓をざわつかせてくる主犯格は「そーかそーか」と言いながら早くも二口目の構えに入っている。
「お、おてぎねもう、んぐ」
「んー?」
 この槍、あーんすれば私が口を開けるとでも思っているんだろうか。餌付けを気に入ったのかニコニコとしながらスプーンで次々アイスを運んでくる甲斐甲斐しさが今はとても恨めしい。


「美味かったな!」
 結局最後の1口まで御手杵に餌付けされ続けてしまった。途中で御手杵食べていいんだよと促せば「じゃあ食べさせてくれ」とねだられたときは卒倒するかと思った。(命だけは勘弁して下さいと声を震わせて言ったおかげでそれは回避したが)
 明日にでも食いたいくらいだと笑みを綻ばせる横で半ばぐったりとしながら「私は当分アイスはいいかな…」と弱々しく声を上げる。結局、付き合いたてのバカップル顔負けの行動をしてしまったという事実があとから羞恥心をつついてくる。
「?おいしかっただろ」
「美味しかったけど私にはちょっと甘すぎたかな…」

 ほんとにもう、胸焼けがしそうだ。





 ◇
 必要最低限と思っても結構な買い物をしたものだ。数十分の運転を終え、玄関に荷物を下ろしている時今日一番の失態に気付く。
「あ!?」
「んぁ?」
「大事なもの買い忘れてた…!」
 大抵のものは買って貰った気がするけどなぁと買い物袋を両手に持ちながら言う御手杵を余所にこの上ない焦りと直面する。なんで、よりによって絶対忘れちゃいけないものを忘れてしまったんだ…!!

「布団、買ってくるの忘れた……!!」



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