逆トリップして来た槍のスパダリ力が極まってて困ってます | ナノ


  立春、陽光をもたらす


 寝苦しい、
 立春を過ぎたといえどまだまだ寒さが絶え間なく続く近頃。
 昨晩もそのおかげ頭までとっぷりと布団を被って眠ったせいだろうか?暖かいを通り越してほんの少し汗ばんでしまって寝心地が悪い。
 目を開け熱の篭った掛け布団を剥ごうとした。が、どういうことか明らかに布団の重みがいつもとは違う。まるでなにか重しでもかられているように。

「んん、さむい…」
「は、?」
 鬱陶しい!寝起きで出せる最大の力で無理矢理布団を引き剥がせば何故か聞こえる自分以外の寝惚けた低い声。
 がばりと起き上がり、恐る恐る視線を下に見遣れば大きな身体を縮込めて寒さに耐える大柄な男の姿が、そしてこの男、どうみても…

「んぁ、?なんだぁ今日はずいぶんと来るのがはやいな……おれ、まだ支度してないんだけどな…」
「こ、声まですっごく御手杵…」
 驚きのあまり思わず声が漏れる。
 彼の生い立ちを表しているだろう燃える炎のようなデザインのTシャツ。どこぞの学生が着てそうな緑色のジャージにこれみよがしに書かれた【御手杵】の文字。
「いやいやいやいやいや?え?」
 目を覚ましたら、布団の中にこの世で一番好きな人(付喪神)が居た場合はどう対処すれば良いのだろうか。
 昨日は一人で寝たはずだし第一ゲームの中のキャラが現実に現れるなんて信じられない。二次創作の読みすぎでついに気でも狂ってしまったのだろうか。

「(コスプレ?不法侵入?それにしてはあまりにもクオリティが高すぎる。じゃあまさか本当に………いや、ありえない。ありえないから…!夢?これは夢なのか?)」
 一旦落ち着こう、この御手杵によく似た男の人はなぜ、私の部屋で寛ぐどころか爆睡していたのだろう。
 もちろん昨日は酒の一滴も飲んでいないから酔っ払っていた記憶はないし、男を連れ込むようなことをした記憶もない、そんなこと縁もゆかりも無さすぎて笑ってしまうくらいだ。

 しぱしぱと瞬きをしたかと思えばむくりと身体を起こし、目を擦る。身体を起こすと自分より大きな身体ということがあからさまにわかってしまい怖気付く。
「あんた、」
 御手杵(仮)が何か口を開いたそのとき、自室のドアノブを開く音が聞こえた。

「なんか聞こえたけど名前ちゃん大丈夫かーい?」
 声の持ち主はおばあちゃん。こういうとき、普通の夢主だったら一人暮らしで、都合良く家族が海外出張にでも行っているからゲームやら漫画やらのキャラが来ても誤魔化しが効くんだろうが現実はそうは上手く行かない。かく言う私は実家暮らしだしお母さんもおばあちゃんもももちろん息災だ。まずい、これは確実に誤魔化しが効かないぞ

「あらまぁいつの間に男連れ込んで」
 祖母から見た今の状況はそうにしか見えないだろう。年頃の男女が同じ布団の上で寝起きした所。どっからどう見てもそうだが、こちとらこんなイケメンと付き合った記憶も無理やり連れ込んだ覚えもない。完全なる無罪だ。

「あんたにもついに彼氏が出来たんだねぇ、しかも随分と男前。」

「いやいや言ってる場合か?!ちょ、ばあちゃん違うんだって!!」
 ちょっと待てと焦るこっちの話を聞き入れもせずに「お母さんにも伝えないと」とか言いながらドアを閉め、下に降りていってしまった。覚醒しているとはいえ寝起きにこの情報量は全くもって頭が痛い。

 たしかに、私が毎日毎日御手杵や他の刀剣たちに夢中になりながら「この子は加州、この子は五虎退、」なんてうちの子自慢をしているうちに刀剣男士の名前を自然と覚えていったような家族だ。面白いことに御手杵を私が絶賛しすぎたせいかいつの日からだったか御手杵さんみたいな彼氏を連れてこいと言い出したようなばあちゃんだからその反応はわからなくもないけど(ちなみにお母さんは蜻蛉さんみたいな旦那を連れて来なと言っていた)緩すぎやしないかうちの家族…

「…もしかして主か?」
「へぁ、」
 寝ぼけ眼だった瞳がくるりと輝いたかと思えばがっしりと両肩を掴まれる。
「うんうん、俺が間違えるわけない、やっぱりあんた俺の主だよなぁ!」
「ひぇっ」
 心底嬉しそうな声色が弾んだかと思えば力強く抱擁されこれまた間抜けな声が漏れる。最推しの過剰摂取で意識が飛んでしまいそうだ。いや、いっその事このまま意識を飛ばしてしまえたらどんなに楽だろう。
 見た目は年頃の男女が1つ同じ床(とこ)の上にいるというのに色気のひとつもありっこない。いや、勝手にこっちが無駄に意識をした結果、先程から顔の熱さと謎の変な汗が止まらないのだけれど。

「ちょ、ちょ、ちょっとまって」
「なんだ?」
「なんだ、じゃなくて…!貴方、もしかしてお、御手杵、なの?」
「俺の顔忘れちまったのかぁ?」
「わ、忘れるも何も、私と貴方は初対面、」
 のはずだ。目の前にいる男の人が御手杵によく似た普通の人間なのであれば。

 しかし『初対面』という言葉にあからさまに表情を曇らせ、しょげている大型犬のような愛らしい男の人が、私の本丸の御手杵だとするなら話は別だ。
 捨てられた子犬同然のそのしょげた表情を直ちにやめていただきたい。ぐっと息が詰まると同時に「こんなことはありえない」と主張する理性にそっと布を被せてしまった。全オタクの共通項であると信じているのだが、オタクはどうしたって推しの顔面に弱いのだから仕方がないようにも思える。
「忘れるわけ、ないでしょ…」
 それに、悲しげな表情を見せる大きな体を持った幼子のような彼を、どうしても赤の他人とは判別しきれなかった。
 これで彼が本当はよからぬことを考えている犯罪者だったとしたら不用心極まりないかもしれない。それでも、こちらを不安げに見つめる色濃い飴色の瞳が、幾度となく画面越しで見入ってきたそれと同じものとしか思えなかったのだからどうしようもなかった。

 大好きな私の刀を、槍を見間違うなんてことがあろうか。否、見間違うことなどないと断言出来るから困っているのだこっちは。
 毎日のように願っていた「御手杵に会いたい、本丸の皆に会いたい」という願いはあくまで夢だ、理想だ、己の内の願望だ。
 理想は理想でしかない。わかりきった叶いようのない夢と割り切っていながらも毎日のように願っていた。
 現実で会えっこないと、そうわかっていたのに、なぜ

「御手杵、」
「うん、そうだ。俺はあんたの御手杵だ。」
「…ほんとに私の御手杵なの?」
「ああそうだ。この前修行に出て帰ってきたばっかりの正真正銘あんたの槍だぜ。」
 修行から帰ってきたのは何日前のことか問えば私の記憶の中にある正しい答えと同じものが返ってきてしまい、いよいよ不可思議な現象を「誠」であることを認めざるをえない状況になってきてしまった
「なんで、おてぎねが…」
「こうして顔を合わせて名前を呼ばれるってのはいいもんなんだなぁ、」
 なあ主、もっと俺の名前を呼んでくれないか、
 顔を覗き込まれ心臓が危うく破裂しそうだった。危ない、

「ってそうだよ!俄には信じ難いけど、貴方がうちの本丸の子なんだとしたらなんで私の家に居るの?」
 危うくこの空気に飲まれて、名前を何度も愛おしそうに呼ぶ、恋愛ドラマもびっくりなラブシーンが始まってしまうところだった。理性を働かせながらそう食ってかかればキョトン、とした顔で数拍の間見つめられる。
「そういえば主、なんで俺の布団で寝てるんだぁ?」
「だからここ、私の家なんだって…!!」
 現状把握を私よりワンテンポ遅れて今まさに始めようとしている御手杵に目眩がした。
 自分のペースを崩さない感じ、すごい御手杵って感じだななんて感動している場合ではないのだがオタク的な心を隠しもせずにいうなら今のはかなり、心臓に支障をきたした。やっぱりこの人はちゃんと私が愛してやまなかった「御手杵」なんだと今更ながら理解すると途端に顔が熱くなる、いつまでも同じ布団の中に入っているわけにはいかない。慌てて布団から這い出て少し距離を置いた場所で正座をすればそれに倣うかのように彼も跪座の姿勢を取る。

「ここは本丸じゃなくて私の自宅。あの、御手杵さん?は自分がなんでここに居るかわかり、ますか?」
「なんで急にそんなよそよそしいんだ?」
「そ、れは、まぁ…お気になさらず」
 御手杵のことはよく知っているがこうして目の前で動く男の人は私は知らない。それに顔も声も全てが良い男を目の前にして緊張しないわけがない。少しでも物理的距離も心の距離も適度なものにしておかないと心臓がおかしくなりそうだ。
「俺はいつも通り自室で眠りについたぞ。」
「私も特に変わりなく、いつも通りだったなぁ」
 うーんと頭を捻る声が二人分。なんでこうなってしまったかなんてわかるはずもなく、完全に手詰まりだ。
 そもそも彼らがこうして人の身を持っているというのもゲームの中だけの話だろう。とうらぶに想いを馳せすぎた結果とうとう気でも狂ってしまったのだろうか。仕事の疲れが幻覚を見せているとしか考えようがない出来事に頭を抱えたくなるがこれが現実だということを目の前でしぱしぱと瞬きを繰り返す御手杵が何より現実であると証明してくれている。
「どした」
 ずっと触れてみたいと思っていた焦茶色の髪に手を伸ばせば、突然のその行動を不思議に思ったであろう御手杵が首を傾げた。
 彼の息遣いや体温もしっかり感じられるし何よりこうして触れてしまえるんだ。きっと、これは現実なんだろう。いい加減ちゃんと受け止めて、どうにか彼を元いた所に帰さなければ。
 きゅっと唇をひと結びにしていると再び自室のドアが開く音がした。
「えっ、ほんとに男の子連れ込んでる」
 ばあちゃんの妄言じゃなかったのねなんてなかば失礼なことを言ってのける声の持ち主はお母さんだ。
「邪魔しちゃって悪いけど名前あんたそろそろ出ないと仕事間に合わないんじゃないの?」
「ッ今何時!?」
 お母さんの言葉にはじかれたように顔を上げて時計を見れば、今すぐに家を出ないと遅刻寸前な時間を指し示していた。

「や、やば…!」
 こちら側に来たばかりの御手杵をこのまま置いていくのは心苦しいが無断欠勤などしてられないので手早く身支度を整えなければ。いつも通りがばっと寝巻きを脱ぎ捨てようとしてすんでの所で我に返る。

「き、着替えるから一旦出てもらってもよろしいでしょうか!?」
「んぁ?ああ、別に気にしなくてもいいぞ」
「私が気にするんだってば!」
 暗にそのまま着替えれば?と言う御手杵にギョッとしてしまう。
 ただでさえやばい時間なんだから早く出てってと急かせば「はいはい」しゃーなしと言った感じで寝癖をこさえたまま自室の外に出ていった。

 アイドルの早着替えもびっくりなほどの早さで仕事着に着替えて、ファンデーションと最低限眉だけは書いて自室のドアを勢いよく開ければ、ドアのすぐ側に立っていたらしい御手杵が「あいたぁ!?」と鳴いた。ごめん、そんなすぐそばに立ってるとは思わなかった。謝罪もそこそこに玄関へ急ぐ。
 親鳥の後を追う雛鳥の如く、当然のように後ろをついてまわり玄関まで来た御手杵に一言言っておくためくるりと振り向けば、御手杵の歩みもピタリと止まる。なんだか躾の行き届いた大型犬に懐かれた気分だ。

「いいですか御手杵さん。君の主は今から仕事に行かねばなりません。職場に貴方を連れていくわけにもいかないので大変心苦しいですが私が仕事を終えて帰って来るまでここで待っていて下さい、いいですか。」
「おう、いいぜ。」
 お、案外聞き分けがいい、というか理解力があって大いに助かる。これであんたが危ない目に遭ったらどうするとかなんとか言いながら無理矢理にでもついていこうとするタイプの刀剣男士だったら宥めてるうちに遅刻していたところだ。
「すぐ戻るから大人しくしててね!あと家にはばあちゃんがずっといると思うからおばあちゃんの言うことちゃんと聞くこと!」
「心配しなくても大丈夫だって。ちゃんと待ってるからさ」
「お、おう……」
 なんというか、想像してる御手杵より何倍も落ち着いてる「男の人」で調子が狂うな…
「じゃあ、行ってきます…!」
 出勤用のリュックを引っ掴んで外へ飛び出した時後ろからこの世で一番好きと言っても過言ではない男の「いってらっしゃい」が聞こえてきて危うく転ぶところだった。朝からこんな幸せでいいんだろうか…動揺してしまったのがどうか原因の張本人に気づかれていませんように…!!



 ◇

 今日だけは絶対残業するものかと意気込んでいたお陰で無事定時退社を勝ち取る事が出来た。
 これも全ては家で待っている推しのため…何故こちら側に御手杵がやって来たのかわからないのに手放しで喜んでしまってはいけないのかもしれないが、推しが家で待ってると言う現実が生きる活力になると言うのは紛れもない事実でありこの上ない幸せだ。どう頑張っても彼らに会えない現実と、これといった驚きもないくせに仕事うんぬんの過酷さは日を追う毎にこの身にのしかかってきてもう何度死んでしまいたいと思ったことか。そんなこと実際に口にして言おうものなら短刀詐欺のうちの頼りになる兄貴に叱られてしまいそうだが。

 早る鼓動を抑え、一旦深呼吸してから玄関の引き戸に手を掛ける。がらがらと少し耳障りな古びた家特有の音を立てる戸と「ただいまー」という声が重なる。

「ようやく帰ってきたか!」
 ああ聞きなれたボイス。見慣れた玄関に見慣れてるけどこの家に居るのは見慣れない御手杵が腰掛けていた。ぱぁと明るくなる表情が眩しくて目が眩みそうだ。
 かわいい、なんでこんなにかわいいんだ。立ち上がって「疲れただろ。俺が居間まで運んでやろうか?」なんて言ってる御手杵はジャンプのひとつでもすれば天井の低い我が家では頭をぶつけてしまいそうなくらい大きいのに何故こんなにもかわいい。
 あまりの尊さに顔を覆って天を仰いでいると、無言を肯定とみなしたのか抱き抱えようと姿勢を低くしてきたので慌てて「自分で歩けます!」と主張する。


 定時で帰れたとはいえ、流石にくたびれた。
 手を洗う間にも食欲をそそるいい匂いが鼻腔をくすぐり、それに刺激された腹の虫がぐぅと一際大きく鳴いた。
 甘えてしまってる自覚はあるが、家に帰ったらご飯が出来ていてすぐ食べられるから実家暮らしでよかったと心底思う。

 食卓を囲む人数が一人増えただけでなんだか大所帯になった気分だ。うちは母子家庭でじいちゃんも早くに亡くなったから男の人が居る空間はなんだか新鮮に感じる。真横に座る御手杵のご飯茶碗に乗ってるご飯が、さながら漫画のように盛りがよくて思わず笑ってしまった。
「多かったら残していいからね?」
「いんや、食べられる」
「まじか」
「おかわりしたかったら遠慮なく言ってね。お昼もおやつも何も食べなかったからきっとお腹減ったでしょう」
「えっ」
 のほほんとした祖母の声で紡がれた驚きの事実に思わず声を上げる。
「ご飯食べなかったの?」
 あの御手杵が?
 目を見開いて張本人を見つめるも口いっぱいに頬張ってるおかげで求めている答えは返ってこない。
 きっと食欲旺盛、であろうこの槍がご飯を食べないなんてことあっていいのだろうか。それともうちの御手杵は食が細めの個体とか?それとも私が勝手な先入観を持ってしまってるだけでそこまで食に頓着しない子なのだろうか。いや、これだけ食べていればその予想は間違っているとわかる。

「ずっと玄関で名前ちゃんのこと待ってたのよ」
「ずっとって」
「ずっとはずっとよぉ」
「お母さん帰ったときにはもう既に玄関に居たもんね」
「えぇ…」
 ごくんと飲み込んだことを確認して「遠慮せず食べればよかったのに」と言えば「うーーん」と歯切れの悪い言葉が帰ってくる。もしかして、主以外の人をあんまり信用してなくてご飯とか食べ物食べれなかったとか?

「あんたがちゃんと帰ってくるか気が気じゃなくて飯どころじゃなかったからなぁ」
「ぐっ、」
 飲み込んでいた味噌汁が危うく変な所に入るとこだった
「あ、でも主が帰って来たら急に腹減った。」
 落ち着け。この槍は私が自分の主だから心配しているだけだ。
 もうこの人たらしこわい。これから一体何日間この槍と過ごすかわかったものじゃないけれど早急に帰還して頂いた方が身のためかもしれない。こんな感じで毎日接してこられたら惚れてしまう。いやもう惚れてるけど。御手杵がこうして好いてくれるのは主だからとわかっていてもこれはもう、勘違いしてしまうだろう…!!


「それにしてもうまいなぁ」
「いっぱい食べるだろうと思って張り切っちゃったんだけどお気に召したようでよかったわ」
 これならいくらでも食べれちまいそうだと破顔させてそう言う御手杵の賛辞を聞いた本日のシェフこと、ばあちゃんはいい笑顔をしていた。

「それにしてもいつ彼氏なんか作ったのよ」
「っげっほ、!」
 マイナスイオンでも出てるのではないかと思うくらいの二人のに気感に取られていたばっかりにお母さんからの言葉のジャブが効く。今度こそ咀嚼物が変な所に入った気がする。息をつく間もなく仕事をしていたせいで朝のことをすっかり忘れてしまっていたがこの人たちまだ勘違いしたまんまなんでした…!

「あの、娘及び孫がついにとち狂ったと思われるの承知の上事実を言いますけどこの子は御手杵くんです」
「おてぎねくん」
「ああ、いっつもあんたが騒いでるゲームの」
「そ、そうです……」

「それで御手杵は訳の分からずここに来てしまったので行くとこもなにもありません。おそらく無一文です。私の本丸の大事な槍を野垂れ死にさせるわけにはいかないのでしばらく帰る宛が見つかるまでうちに置いてもよろしいでしょうか」
 早口になってしまったのは心臓の動きにつられてしまったからなのだろうか。妙に緊張してしまい喉が乾く。
「うーん」
「ばあちゃんは別にいいと思うよ。というかここにいてもらう気満々だったんだけど」
 じゃなきゃご飯作ったりしないしねぇといつものゆったりとした声のトーンでそう言ってのける祖母の言葉にほっと息が抜ける。
「そのまま嫁に貰ってもらった方が私は安心して逝けるんだけど」
「さらっと縁起でもないこと言わない…!」
 いくら孫の行く末が心配だからって押し売りするのはやめてくれ恥ずかしい。

「と、とにかく、御手杵は家で面倒見るってことでいい?かな?」
「いいけどあんたがちゃんと面倒見るのよ」
「わ、わかってるよ……」
 母ちゃん、犬猫を飼うんじゃないんだけどそんなあっさりでいいのかな…
「急に突拍子もないこと言われて完全に信じてるわけじゃないけどさ。あんたがあんだけ毎日好き好き言ってる人なんでしょ?だったら大丈夫じゃない?」
 あまりにもあっさりと受け入れられてしまい逆に不安になるこちらの気持ちを汲み取られたのか次いでそんな言葉を繋げられる。私、理解力と案外懐が広いお母さんの娘でよかったと今凄く思いました。あんまり超本人の前で小っ恥ずかしい事実暴露すんのはやめて欲しいけど。好き好き言ってたのは紛れもない事実だけど御手杵の前で言うのはやめてくれ本当に。

「孫が増えたみたいで嬉しいわぁ」
「男手がいるっていうのはなんか頼もしいわね」
「あんまりこき使わないでよね…」
「いや、居候させてもらう身だ。俺に出来ることがあるならなんでも言ってくれ。…と、言っても主が居る時代で俺がそんな役に立てるかはわからないけどなぁ」
「きっと我が家に居るからには雑用に使われちゃうと思うけどよろしくね」
「ああ。主の母君も、祖母様も、お世話になります」
 箸を置いて、頭を下げる御手杵はさながら武士のようでおおと内心感嘆の声を上げる。
「うちの家は皆硬っ苦しいの苦手だからそんな畏まらなくていいのよ?」
「私のことはばあちゃんって呼んで頂戴ねぇ」
「…ははっ!助かるよ。硬っ苦しいのは俺も苦手でなぁ」

 ひとまずは打ち解けた、ってことでいいのだろうか。何はともあれお互い険悪な感じとかにならなくて良かった。
「とりあえず明日は休みだから御手杵連れてちょっと出掛けてくるよ」
「どこか行くのか?」
「買い物に行くんですよ。うちには男物の服なんてないからね。あ、着替え…あった方いいよなぁ…とりあえず風呂上がりに着れるやつなんか探しとかないと。」
「買ったけど大きすぎたジャージとかTシャツたぶんあったから出してくるよ」
「ほんと?お母さんで大きくても御手杵にとっては小さいかな…まぁないより全然いいか」
「お風呂溜めてるうち探しとくから皿洗いしといてちょうだい」
「はーい」
「俺も手伝う」
「あー、いいよいいよ。丸一日玄関に居たんじゃ疲れたでしょ。ちょっとの間でいいから横になってて下さいな」
「だからと言ってなにもしないのはなぁ」
 お世話になるのに自分だけ休むなんて忍びない、と表情で語っている御手杵。
「明日からどうせ家の手伝いとかさせられるんだから今のうち休んどいて。お風呂溜まったら起こして上げるから。」
 返事を聞かずに食器を下げ台所へ向かう。シンクの桶に水を貯めながら視線だけ居間に向ければこたつで横になる御手杵の姿が。流石に慣れない場所で気を張ってくたびれたのか、横になるとすぐうとうとし始めていた。見慣れているはずの風景に御手杵が溶け込んでいるのを見るとやっぱりなんだか変な感じがするなぁ。
「(なんだかずっと良い夢を見てるみたいだ)」
 彼を元いた場所に返してあげなきゃ行けないのに、どうか夢なら覚めないでくれと、願ってしまう私は、主失格だろうか。



 ◇



「御手杵さん、御手杵さん、」
「んぁ?」
 軽く肩に触れれば、甘いチョコレートミルク色の瞳が眠たげに開かれる。
「気持ちよさそうに寝てるとこ起こしちゃってごめんね。お風呂沸いたから場所教える」
「ん、」


「ここがお風呂場です。脱いだ服はここに入れといてもらえばいいから。これ着替え、一応大きいサイズのスウェットではあるから着れなくもないと思うけど…窮屈でも今晩だけはちょっと我慢してね。」
 じゃあごゆっくりと言って退室しようかと思えば後ろから「ちょっと待ってくれ」と声がかかる
「なんでございましょう」
「使い勝手がわからん。と思うから、教えてくれ」
「本丸にもお風呂ありますよね?」
「あるけどここの風呂の入り方はわかんねえ」
「…風呂は大抵どこも同じだと思うけど?」
「壊したらおっかねぇだろ?今の俺じゃ弁償なんてできっこないしさぁ」
 何をそんなに拘っているのかわからないが折れそうにもないため渋々説明をすることにする。本丸のお風呂がどんな感じかわかんないけど使い勝手がわからなくて全裸の御手杵に呼ばれるよりはまぁ、ましか。

「はいこれシャワー持って」
「おう」
「ここを捻ればお湯が出ます。こっちは温度調節するとこ」
「一緒だな」
「でしょうね。」
 やっぱり同じなんかい!という心の叫びはぬるい空気と共に肺へしまい込む。
「御手杵がゆったり入るには窮屈かもしんないけど」
 本丸のお風呂はきっと大人数でも入れるように広々としてるんだろうなぁ。何処かの本丸みたいにやはり露天風呂だったりするんだろうか。なんて思いを馳せる。
「まぁ、ゆっくり入って下さいな」
 と振り返れば肩にかかる暖かな温もり。
「あ、わり」
 悪いと言いながら悪びれた様子はない。細かいことは気にしそうな彼にもっと周りを見て行動しなさいと小言を言う気にも慣れない。

「いいよ別に。とりあえずもう疲れてるだろうから先に御手杵さん入ってください」
「そのままじゃ風邪引くだろ。主が先入りなよ」
「大丈夫大丈夫。どうせすぐ乾くし」
 嘘。今のはちょっと見栄を張った。実のことを言うと下着まで濡れて気持ちが悪い。

「じゃあ一緒に入ろうぜ」
 でもまぁドライヤーとかで乾かせばなんとかなるだろなんて呑気に構えているところにとんでもない発言が飛んでくる。
「む、無理無理無理!!」
「そんなに全力で拒否するなよ」
「む、無理なものは無理です!何考えてんの!!」
「でも風邪」
「引かないから!そんなやわじゃない!」
「こんなやわこい腕して言われてもなぁ」
「ぎゃっ!?!何故腕を揉む!?」
「無理矢理剥いで入れちまうか」
「!?!?!」
 今とんでもない言葉が聞こえた気がするんですが!?
 驚いて顔を上げても御手杵は冗談を言っているような目付きをしていなかった。まずい、力で御手杵に勝てっこないしほんとにひん剥いてでも風呂に引きずり込みそうな勢いだ。どんだけ主の身を案じてくれるんだ、うちの本丸の刀剣男士が主を慕ってくれてるのがよくわかって嬉しいことこの上ないがそんなこと言ってる場合ではない。

「わ、わかった入る!入るから!!」
「本当か?」
「入る入る!入るからそのじりじり詰め寄ってくる感じ止めて下さい!」

「と、とりあえず御手杵が入ったあと入るから一旦脱衣場の外出るね!?あ、あとお願いだから腰にタオル巻いてください……」
「そのまま逃げんのはなしな」
「うっ、わ、わかってますよ…」
 釘を刺されドキリと心臓が跳ねる。あわよくば、と思っていた案はやはり駄目らしい。これで約束を破ったあとの見返りが怖そうだから大人しく従っておこう。

 脱衣場を出れば少し息が軽くなるがドア一枚隔てたところで御手杵がストリップショーを繰り広げていると思うと気が気じゃなかった。
今から私は御手杵の裸体を見るというのか、無理すぎる。ド変態よろしく鼻血でも出してしまいそうで怖い。無料で見てしまっていいのだろうか。いや見たい、推しの素晴らしい肉体美を拝み倒したい。でも見たら心臓が確実に殺られる。


 これほんとに行かなきゃ駄目かな…!?濡れて冷えているはずの身体が嘘みたいに熱くて悲鳴をあげそうなのに「おーいもういいぞー」という間延びした呑気な声で死刑宣告が下されてしまい思わず十字を切る。


 ああもう、今日が絶対に命日だ…!

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