・sgmt夢(飛田さん)
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好きの4乗




「あ、のさ、」
今日俺の家、来る?
たどたどしくも大胆な誘いの一言に思わず心臓がどくりと大きく脈を打つ。仮にも私たちは恋人同士。お互いの初心な気持ちを隠しきれずゆっくりじっくり距離を縮めてきたつもりだが今日はもしかしたら急接近してしまうのかもしれない。
「う、うん…」
「もしも」があるにせよないにせよ、杉元くんの、恋人の家に行くのはだいぶ心構えがいると言うかなんというか。
しかしその心の準備をする猶予もなく、あれよあれよという間に目的地へ着いてしまった。
「適当に寛いでていいよ」
「ありがとう、」
なんてことないやりとりが「ありがちなカップル」の会話みたいでそれがまた心をざわつかせる。


「緊張してる?」
「杉元くんは?」
「…実はちょっとだけ」
恥ずかしそうに視線を横にそらしてそういう杉元くんの照れ臭そうな表情が心を擽り「ふふ、私も」なんて言いながら顔を綻ばせてしまう。

「笑わないでよ、」
「ごめんごめん。なんか幸せだなと思って」
「なぁに、突然」
「杉元くんみたいなかっこよくて素敵な彼氏さん、私みたいなやつが独り占めしちゃっていいのかなぁって思っちゃった、」
自分を否定するような言葉が気に食わなかったのか少しむっと口元をひと結びにしたあと優しく腕を引き寄せ、抱き締めてみせた。
「いいよ、良いに決まってる…」
ぎゅうと力一杯抱き締められ、少し苦しいなと思いつつその息苦しさにほんの少しの優越感を抱いてしまう。

「そうなのかなぁ、なんだか杉元くんに貰ってばっかでなにも返せてない気がする」
「そんなことない。なまえさんは俺のそばに居てくれるだけでいいんだよ」
「…杉元くんって相当私のこと好きだよね。」
「そうだよ。今更気付いたの?」

すぅ、と深呼吸する音が耳のすぐ近くで鼓膜を揺らす。
「…俺は、なまえさんが俺のことずっっと好きでいてくれたら何もいらないよ」
「欲がないねぇ杉元くんは」
自分で言うのもなんだが、溺愛されてるなぁと内心にやつきながら思った言葉をそのまま口にするとぴくりと彼の身体が揺らぎ、ぴったりとくっついていた身体を離すように両肩を押された。
「欲がない?」
指が食い込むほどの力で強く掴まれた両肩がみしりと悲鳴をあげそうだ。何気なく零した言葉が彼の引いてはいけない引き金を引いてしまったのか纏う雰囲気をがらりと変える。目の前に座る杉元くんは端正な顔立ちと形の良い唇を笑顔の形に仕立て上げるように歪ませてはいたが、その笑みはいつもの柔らかで温かみの感じるものではなく、全身の血の気を引かせるような冷たさを含んだもので。
「怖い、」何故かそう思ってしまった。

「そう見える?」
こんなにも彼の笑顔が怖いと感じたことはなかった。なんで、どうして、と吐きそうなほどの思いが胃の中をかき混ぜて行く間にも脳が本能的にこの場から早く離れろと警告する。
背筋が嫌に凍るのはきっとなにかの気のせいだと自身に言い聞かせながらも、その場からゆっくりと立ち上がる。
気分転換に外の空気でも吸ってこよう。動揺してしまった気持ちを押し隠すため、玄関へ向かう。

「どこ行くの?」
親の後をぴったりとついて歩く雛鳥のように後ろを着いてくる杉元くん。スニーカーの踵を慣らすように爪先をとんと軽く弾かせながらドアノブに手を伸ばす。
「ちょっと、コンビニ行ってく、」
焦りを感じさせる早口な言い訳にも似た言葉を最後まで言い終わる前にがん!と無機質な何かを強く叩きつけるような音が心臓を突き動かす速さを警鐘のようにけたたましくさせる。
「どこ、行こうとしてるの」
蛇に睨まれた蛙の気分を身をもって味わっているようだ。見たことのないような温度のない鋭い眼差しに呼吸が、止まる。
「ぁ、その、」
声が掠れる。怖い、こんな杉元くん、私は知らない。表情筋がこわばっていくのが手に取るようにわかる。
怯えた表情を見せてしまったは得策ではなかったかもしれない。この時ばかりは感情が表によく出る自分の素直な部分を深く恨んだ。壁と彼の間に挟まれ、杉元くんの整い過ぎた顔を至近距離で見つめることの出来る今の状況は本来ならば胸がときめくはずのシュチュエーションなんだろうが当の私の心臓はドキドキを通り越して嫌な悲鳴の上げ方をしている。
「俺も一緒に行くよ」
下げていた視線をなんとか持ち上げ彼の姿を恐る恐る視界へ招き入れると先ほどの背筋が凍るような恐ろしい表情を浮かべていた杉元君は本当に夢だったのかもしれないと思うほどににこやかな笑顔をを貼り付けていた。
「こんな時間に一人で出歩いたら駄目だよ」
「こんな時間って、まだ夕方だよ」
「それでも一人で行くなんて、」
「子供じゃないんだから、大丈夫だって」
夕方と言っても日が落ちているわけでもない。時刻で言ってしまえばまだ時計の針が四時になる数歩手前で止まっており、下手したら小学生の下校時間よりも早い。
「なまえさん、かわいいんだから誘拐されて監禁でもされちゃったらどうするの?日が暮れるのは案外早いんだから気を付けないとだめだよ」
「過保護すぎだよ、」
「過保護にもなるよ」
なまえさんのことが大事なんだから。
その一言の中にどこか圧のような重みを感じた。過保護といってもこれは度がすぎるのではなかろうか。
「じゃあなに、杉元くんは私にここから一生出るなとでも言いたい訳?」
大事にしてくれるのは嬉しいが少々しつこい。容易に振り払えない嫌な優しさに苛立ってしまい、つい口調が強くなる。

「ああ、それがいい」
「は、」
しまった、つい強く言いすぎてしまったと反省をする前に笑顔を浮かべる彼の姿が目に入り思わず呆気にとられる。私の言葉に腹を立て、怒り立てる様子すら見せず、あろうことか「そうか、最初からそうするべきだったんだ」と少し虚ろな目で、私ではないどこかを見つめながら独り言のようにぽつりと言葉を溢す杉元くんの姿が不気味で後ずさる。


「ここから一生出ないで、俺だけを必要としてよ」
なまえさんなら、俺のお願い聞いてくれるよな?圧さえ感じる呪いのようなその言葉に耳を塞いでしまいたくなった。
ここで嫌だと言ったら、私はどうなってしまうだろう。
二度とここから出られないよう首輪でもつけられる?今の杉元くんの状況を見るに、それは全く笑えない冗談と化した。
現時点で私の中に「YES」以外の選択肢はない。
こくりと頷きを一つみせると満足したようにいつもの柔らかな笑顔を浮かべてみせた。
「いい子だね、なまえさん」
「これで、ずっと一緒に居られるね」
「もうここから出ようなんて考えたら駄目だよ。欲しいもの全部買ってきてあげる。あんまり高価すぎるのはちょっと困っちゃうけどなまえさんのためなら俺頑張っちゃうから。」
ね?だからここに俺とずっと居よう?そうすればずっと二人一緒に幸せになれるよ。

うっとりと悦に浸るような笑みを浮かべ、柔らかな肌を楽しむように手の甲で頬を撫でられ思わず鳥肌が立つ。
「ずっと一緒にいようね」
「…うん、」
「だいすきだよ、なまえさん」
耳に甘さが残る大好きな人の声が、こんなにも耐え難いものになる日が来るなんて、考えたくもなかった


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