・コミュ押せ番外編/sgmt vs ogt夢/(にぼしさん)
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春雷



ぽかぽかとした春の陽気のもと、ひときわ賑やかなスペースの中で一人身を縮こませて端っこの方でぼんやりと桜を眺める。社内での花見を決行するというお知らせを聞いた瞬間私は欠席を即座に決意したのだが、せっかくだからなまえも一緒に行こうという友人の強い押しに負けてしまい今に至る。

あ、コップに花びら入っちゃった。
尋常じゃないほどの花粉と、酒に呑まれて際限がなくなった幼稚な大人たちが密集する地にわざわざ足を運んでお花見なんて絶対楽しめる訳ないと思ってたけど、こうして肌で春の色を感じられるのもたまにはいいのかもしれない。日本人らしい趣のある春の楽しみ方を出来ているなぁなんて思いながら手元の小さな湖の上に浮かぶ一枚の桜船を眺めながら口元を少し緩ませていると、どかりと座った一人の人物のおかげで悠々とくつろいでいた隅っこのスペースが少し狭くなった。

「一人でも満足そうだな」
「尾形くん、」
「こんな所に来てまで一人花見酒とは寂しいやつだな」
「残念。お酒じゃなくてお茶でした」
お酒もそこまで得意じゃないけど人混みはもっと苦手だ。そんな中でアルコールを口にしたら悪酔い間違いなしだろう。写真を撮ったり話に花を咲かせて賑わいを見せる社員たちを横目で見ながら「こっそり抜け出しても別にバレないんじゃなかろうか」と思いつつちびりちびりと烏龍茶を口にしていると、お前もあそこの花に群がってる蛾の仲間入りしてきたらどうだ?と嫌味ったらしく鼻で笑いながら目線が送られてきた。あそこと言いながら向けられた視線の糸をを辿っていくといつもよりワントーン高い声でお酒を次いで回る女性社員たちの姿が。
その中心にはお偉いさんや普段あまり交流のない別部署の男性社員の姿が確認出来た。前々から思っていたんだけどこの会社男女問わず顔面偏差値が高すぎやしないだろうか。あんなおっかないところ自ら進んで行くわけがない。


「それを言うなら蛾じゃなくて蝶の間違いでしょ」
「どうだかな」
尾形くんだってあそこのの輪の中に居たんじゃないの?と尋ねるとあんなとこに居たんじゃゆっくり花見も出来ねぇよと眉間に皺をぐっと深めて返された。

「せっかくの酒が不味くなる」
手酌しようとする彼の酒瓶を横から奪い取って見せると口には出されなかったが「なにすんだ」と酒を取られて少し機嫌を損ねた尾形くんの様子が見て取れた。自分の思い通りにならないからってすぐ不機嫌になるの良くないと思うぞ、子供じゃないんだから。見た目に反して意外と幼い部分がある彼を内心やれやれ、と言った表情でいなしながらへらへらと笑ってやり過ごす。

「しょうがないなぁ、あんな美人に囲まれてもそんな贅沢言う尾形くんには余り物の酌で我慢してもらいましょう」
案外まだ残っていたらしく瓶を傾けると勢いよく中身が注がれ、紙コップになみなみと膜を張ってしまう。

「美人とは言い難いが、省かれもんにはこんくらいの酌が丁度いいな」
「よく言うよ。尾形くんの場合、省かれたんじゃなくて自分から省かれに行ったんでしょ」
「それを言えばお前も同じだろう?」
自分から進んで端へ端へと追いやられる。省かれもん同士寂しく花見酒としようや。
一口くらいならいけるか?と控えめに日本酒が注がれた紙コップの中にまたしても桜の花びらが入ってしまった。一口を大事に飲み込むとお腹からぽかぽかとした陽気が広がって身体まで春一色に染められてしまったような感覚に陥る。

「…さっきより断然うめぇな」
グッとコップを煽った尾形くんはいつもより少し緩んだ口元をこさえてそう小さく呟いた。
「ほんと?あれかな、私に注いでもらったから美味しく感じるんじゃない?」
「あんまり調子乗んなよ」といつもの調子で返してくれるのを期待しながらからかうようにふざけたことを口にしてみる。
でもその期待は大きく裏切られ、口元の笑みを少し深くした尾形くんは「そうだな」とあっさり肯定の言葉を口にして見せた。やめてよ、そこはちゃんと否定して。調子に乗った私が凄く恥ずかしいじゃないか。想定外の答えになんだかいたたまれないそわそわとした気持ちが芽生える。
「…尾形くん酔ってるでしょ」
「どうだろうな」
なんとも言えない羞恥心を誤魔化すように目の前の酔っ払いを睨め付けるもそれは全く効果がなかったらしく、

「もう一杯注いでくれるか?別嬪さん」
ああもう恥ずかしい!こちらの様子を覗きこむように見てくる整った顔を思いっきり張り手してやりたい気持ちでいっぱいだった。別嬪さん、なんて口にするような柄でもないだろうに。お酒の力って怖い。いつもの尾形くんは一体どこにいっちゃったと言うんだ。自身の身体をクールダウンさせるためのお茶を自分のコップに手酌してから仕方なく尾形くんの持つコップにお酒を注いでいると不意に顔に影が掛かった。さっきまで晴れていたのに急に日が陰り始めちゃったのかなと思い、ふと顔を上げるとさっきまで蝶の群れの中心にいた筈の杉元くんが眉間に皺を深く刻んだ状態のまま立っていて此方を見下ろしていた。これは、太陽が隠れるどころではない。雷様のお出ましだ。

「退け、尾形」
なんというか、圧が凄い。
「それが人に物を頼む態度か?そもそも先にここに居たのは俺だ。退けてやる道理もお前にくれてやる義理もねぇよ」
「道理ならあるぜ。俺はみょうじさんの隣がいい。けどそこにお前が居るのは気に食わねぇ、不快だ。だから退けろ」
「はっ、餓鬼くせぇ。文句があんなら元いた場所に戻れよ。」
親指でくいっと杉元くんが先程までいた人の群がる一角を指し示してそう吐き捨てた。この二人は前世で何か一悶着あったのではないかと疑ってしまうくらい馬が合わない。

「こいつがこうやって端の方に居る理由がわからんのか」
静かに花見がしたいからだろ?こうも無駄吠えする駄犬が周りに居たんじゃ風情もなにもなくなっちまうよなぁみょうじ、
急に話の火種が自分にすり替えられ思わず「えっ、」と間抜けな声が零れてしまった。
同意を求められたもののなんて返したらいいかわからず引き攣った愛想笑いを浮かべる私と全く動く気配がない尾形くんの様子を見かねたのか、杉元くんはいかにも「不服です」といった表情のまま渋々腰を下ろした。
両隣を顔の良い男でがっちりと固められてしまい一気に背筋がぴんと伸びる。腰を下ろすのはこの際良しとしよう。ただ、あの、今にもバトルが始まりそうな不穏な雰囲気をしまっては頂けないだろうか。せめて私を挟んでバチバチするのは辞めて欲しい。

「ここにいるのが嫌なら無理して居なくたっていいんだぜ杉元?」
「…誰もそんなこと言ってねえだろ。」
嫌なのはお前がここにいることだけだっつの。黙ってろよクソ野郎。
地を這うように低いドスの効いた声に内心冷や汗をかいていると突然左隣から肩を抱き寄せられる。
「わ、ちょっと…!」
なみなみと注いだお茶が危うく零れて大惨事になってしまう所だった。不意に強くなる男物の香水の香りと至近距離に心臓の動きが加速する。慌てて身を引こうとする力を抑え込むように頭に手を添えられ尾形くんの胸元に押し付けられた。急な展開に頭と体が追い付かず数秒間フリーズしてしまう。

「スキンシップの一つもまともに出来ない奴がよくもまぁキャンキャンとよく吠えるな」

「殺す。」
「ははァ、ぐうの音も出ねぇってか?」

「嫌がるような事はしたくねーんだよ」
「ご立派なこって」
眉間に少し力が入り苦悶の表情を浮かべる杉元くんにほんの少し心が揺れ動く。ギャップ萌えというやつだ。強面な男子が不意に見せる優しさに弱いと言うのは女性問わず全人類の心に刺さるだろう。

「大勢の前でなきゃ俺だってやってた」
「杉元くん?」
一瞬でもキュンとした私の心を返して欲しい。ちょっと見直してしまった私が馬鹿でしたよ。
「みょうじさんは恥ずかしがり屋なんだよ!」
お前みたいになんの断りもなくべたべた触ってくるような男絶対苦手だからな、と威嚇しているが完全に「お前が言うな」と言う言葉を贈呈したい。杉元くん、普段の行いを胸に手を当てて見返した方がいいと私は思うな。脳裏を過る刺激の強すぎるスキンシップやアピール、心臓に負荷がかかる顔の良さ、そして周りの社員にも丸聞こえだあろうこの会話に頭を抱える。
「やめて杉元くん声がでけぇんですよ勘弁して下さい」
「今まさにお前がこいつを辱めてるの気付けよ杉元佐一」
「あ?もっぺん言ってみろコラ」
「ひっ、ちか、近い!!」
私を真ん中に挟んだ状態で尾形くんが飄々とした不敵な笑みを浮かべながら煽りに煽り、その煽りに乗ってしまう杉元くんがぎっ!と睨み付けながら尾形くんとの距離を遠慮なしに詰めてくる。この酔っ払い共め……!!二人とも乙女ゲームの攻略キャラになって出直して欲しい。取り愛だなんて言ってる場合か。顔が良くて性格のいい主人公なんかじゃないんだぞこっちは。耐性もクソもない陰キャにこのシュチュエーションは荷が重すぎる。

ああ早くおうちに帰りたい。半ば現実逃避をしながら桜の花びらが舞い落ちるのを目で追っていると少し離れた場所から声が掛かる。
「みょうじ、ちょっと手伝って貰っていいか」
顔が死んでる私を見かねたのか先ほどまで誤ってお酒を飲んでししまった鶴見さんの介抱をしていたはずの基先輩が助け舟を出してくれた。よかった、これで救われる。基先輩様様だ。この場からいち早く離れるために普段は重いはずの腰を軽々と上げる。すっと立ち上がると二人つむじを見下ろすことが出来た。心なしかちょっと空気が澄んでいる気がする。少し晴れやかな気持ちで基先輩のもとへ移動しようとすると右隣から大きな壁が立ちはだかった。
「ツキシマさん俺も手伝いますよ」

「だってよ。男手一つあれば足りんだろ。紳士な杉元くんに任せといてお前は座ってろ」
「うわっ!?」
強引に腕を引かれてしまい軽く尻もちをつく。レジャーシートが敷いてあるとはいえ地面に勢いよくお尻をつくのはなかなかに痛い。
「おい、」
渋い痛みに耐えながら少し涙目になりつつ尾形くんを睨みつけようとするが、既に当の本人より怒りに狂ってる杉元くんの姿が目に入り窘める気さえ失せる。

「…いややっぱり大丈夫だ」
諦めないでください基先輩……!!明らかに「面倒臭い、あとは自分でどうにかしてくれ」と物語っている。見捨てないで下さいと視線で訴えるもそろりと視線を逃がされてしまった。ちくしょうもういっその事巻き込んでやる。一人だけ逃れるなら

「あー、ちょっと酔っぱらっちゃったなー、基先輩ちょっと介抱してください」
「おい、」
「みょうじさん、大丈夫?家まで送ろうか?」
「あー!大丈夫です大丈夫です!家なら基先輩が知ってるんで!ちょっと送られてきます」
「おい、みょうじ」
見捨てようとした罰ですよ基先輩。一人だけこの二人から逃げるなんてずるい。かわいい後輩を見捨てた報復は受けてもらいますから。あとから尾形くんと杉元くんに理不尽な痛々しい眼差しを向けられるであろう基先輩に心の中で合掌する。

「貸し一な。」
「流石先輩話がわかる!」
はぁと長めの息を吐きながらも見捨てはしない先輩に小声で歓喜の声を上げる。帰りがけにコンビニに寄ってお酒とおつまみを大量に買って献上しなければ。

さぁさぁと急かしつつその場を後にする。私は恐ろしくて二人の表情を伺うことは出来なかったがそれはきっと清々しい春と言うには全く似合わない禍々しいものだったに違いない。ああ、こわやこわや。


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