・コミュ押せ番外編/ホワイトデーネタ/sgmt夢(鮎の塩焼きさん)
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淡く消えても



ホワイトデーを明日に控えた今日、私は再び一か月前と同じデパ地下に足を運んでいた。チョコを貰ってしまった手前返さないでいるのは少し心苦しい。手作りで返せるような女子力は持ち合わせていないため最初から市販の物を送る気満々で此処に来た。

彼のせいでただただ時間を浪費させてしまったり、脳内を無駄なもので埋め尽くされてしまうといったことがここ最近多すぎる。自分の頭には推しのことだけでいっぱいにしておきたいというのに、どうしてこうもままならないのか。陳列棚の前でそうきゅっと口をひと結びにして苦悶の表情を浮かべる姿ははたから見たらお返し選びに真剣に悩んでいる女で。だいぶ滑稽に見えているに違いない。
杉元くんの為にうんうん頭を悩ませるのは辞めようと決めたんだ。パッと選んでパッと帰ろう。
あ、これなんかかわいくていいんじゃないか?見た目のかわいさに惹かれ、よしこれにしようと即決する。適当に選んでるわけではいない。決して。まぁ、あの杉元くんのことだどれだけ時間をかけて選んだものでも数秒で即決したものでも私から、と言うだけで喜んでくれるような気がしなくもないが。

ここ数日で私の思考もだいぶ図々しいものに成長したなぁと自分自身に若干嫌悪感を抱きつつも、「自分にも少しは人を魅了する何かを持ち合わせているのではないか」、という慢心にも似た自信を抱かせてしまう杉元くんの思わせぶりな態度も悪いんだと責任転換させながらレジへ並ぶ。


「(杉元くん、喜んでくれるだろうか。)」


──────────
「ホワイトデーのお返し、キャンディ貰ったんだけどこれって脈あるかなぁ考えすぎかなぁ」
「えー、絶対男の人ってそういうの疎いしどうだろー?でも意味わかっててそれだとしたらめっちゃやばくない?」
きゃっきゃとはしゃぐ女性社員の声が朝のオフィスの景観を小鳥のさえずりの如く鮮やかに彩る。出勤早々きゃぴきゃぴと盛り上がる元気も話題性に富んだ輝かしいリア充生活を送っているわけでもない私は半分死んだ目でその様子を盗み見る。

お返しするお菓子によって意味が変わったりするんだっけ。
ということは自分がパケ買いしたこのマシュマロにも意味があったりするんだろうか。スマートフォンを慣れた手つきで滑らせ『ホワイトデー お返し 意味』で検索ワードを打ち込む。ものの数秒で求めていた答えが複数出てくる現代の文明のなんと素晴らしいことか。一番上に表示されている項目をタップすると視界の隅で二人が盛り上がっている訳がわかった。
キャンディを送る意味は「貴方が好きです」。あの子の意中の男性がその意味を理解した上で送ったかは定かではないがそこに僅かでも希望を見出し、少しでも話題性を見せて盛り上がるのは女子の楽しみであり習性の一種でもあるようなものなんだろう。指を滑らせスクロールさせていくとクッキー「貴方は友達」、マカロン「貴方は特別な人」、バームクーヘン「貴方との関係が続くように」…等々。これも各企業の商売合戦に過ぎないんだろうなとときめきの欠片も感じさせない冷めた眼差しで眺めてしまう。自分が買ったものの意味が気になりそのまま先へ進むと「マシュマロ」のページではたとその動きを止めた

「私は貴方が嫌いです」
この真白な雲をぎゅっと凝縮させたようなかわいらしい砂糖菓子にそんな意味が込められていたとは。また特に実用性のない知識がまた増えてしまったなと思うと同時にどこか焦りのような感情が湧いて出てくる。杉元くんのことは別に好きでもないが嫌いでもない。仕事や、…まぁ私生活も一応、?色々とお世話になっておいて嫌いです。と言うのも如何なものか。うーん、と少し頭を悩ませているとまたタイミング悪くその悩みの種の元凶が「おはよう」と爽やかに挨拶しながら脳内会議の途中で割って入ってきた。

「先月はチョコありがとう。これ、お返しなんだけど」
このタイミングで渡されてしまっては私もお返しを出さない訳にはいかない。先ほど覗いてしまったホワイトデー商戦の思惑通りに心が動かされてしまっているのが少し癪だがもうすぐ始業にもなる時間帯に会社を抜け出して新たに買いに行く訳にも行かない。特に深い意味をもってこれを買ったわけでもないんだ、このまま渡してしまおう。「私からもこれ、」と小さく言葉を添えておずおずと差し出すと

「みょうじさんも準備してくれたの?」
私からのお返しを全く期待していなかったのか少し目尾を見開いて見せる杉元くん。「驚いています」と語るように見開かれたそれも一瞬のうちに嬉しそうに細められてしまいなんだかむず痒い気持ちになってしまう。

「あの、中身マシュマロなんですけどこれを渡すことに深い意味とかはないですから」
「意味?」
「あ、いや、解らなかったらいいんですけど」
「マシュマロになんか意味なんてあるの?」
「や、ほんと、わからなかったら全然大丈夫です。」

「ただ、変な勘違いされたくなかっただけなので」
そう保険を掛けるようにそう繋げた自分自身の言葉に疑問符が浮かぶ。



「っ!!」
「みょうじさん?」

己の真意に触れかけた瞬間声にならない悲鳴が溢れ出てしまい咄嗟に片手で口元を覆う。
変な勘違い?勘違いってどういうことだ。口を滑らせた言葉に時間差で羞恥が襲ってくる。勘違いをされたくない?
杉元くんを嫌いですって思っていると勘違いされたくない。そう思っているというのか、私は。別に杉元くんのことを特別好きと思っているわけでも嫌いと思っているわけではない。今まで散々杉元くんの気持ちを無下にするような行為や言葉を散々ぶつけておきながら「嫌われたくない」?なにを馬鹿なことを。そもそもなんで嫌われたくない、なんて、思ってしまうというんだ。嫌われたっていいじゃないか、杉元くんに嫌われた所で生活に支障が出る訳でもないし、あまり関わりがなかった数ヶ月前の状態にただ戻るだけのはずだ。胸の端の方から燻ぶった炎がじわじわと広がっていくようにちりちりと焼け焦げていくような感覚が襲ってくる。これ以上火の手が回ってしまわぬよう煙草の火をぐりぐりと踏み消すように自分の気持ちを踏みつぶして、なかったことにしてしまおう。

「と、とにかく!先月はチョコありがとうございました!」
半ば押し付けるようにお返しを彼に渡してこの場からいち早く離れようと椅子から立ち上がる。一度お手洗いに駆け込んで頭を冷やそう。彼の隣にいてはいつまで経っても熱が引かない。一刻も早くこの場から離れなければ、と思うのに杉元くんから待っての声が掛かってしまいそれも叶わなかった。

「あ、待ってみょうじさん。俺からのお返し忘れてる」
はいこれ、と言いながらわざわざ手に握らせてくる彼の温もりが煩わしい。何度でもいうが私が越えられない壁をいとも簡単にひょいと飛び越えてくるのはやめて欲しい。越えてくるならせめて予告をしてもらわないとこちらには心の準備と言うものが必要なのだから。そんな手を触れた程度で、と笑われてしまうのはわかっているがその軽いスキンシップにさえ自分でも驚くほどに心をざわつかせてしまう。もういっそ笑い飛ばされた方が気が楽だ。
どうか、この一瞬の触れ合いの中で身体の火照りが杉元くんにバレていませんように。
そんな心配も杞憂に終わり何事もなかったように言葉が続けられる。この程度のスキンシップ日常茶飯事ですってか。陰キャと陽キャの差を見せつけられているようでなんだか腹が立つ。
「飴だと好き嫌いとかあんまないだろうし大丈夫かなと思ってこれにしたんだ。他のお菓子もあったんだけどさ、「みょうじさんはどんなのお返したら喜んでくれるかなぁ」って考えながら眺めてたらいっぱいありすぎて中々決められなくて。最終的には見た目で選んじゃった。」

へへ、と気の抜けた笑い方で顔を綻ばせる暢気な彼の姿が酷く胸を締め付ける。そんな、幸せそうな表情見せないでほしい。
「っ〜!!杉元くんの馬鹿ッ!!」
「えっ」
今このタイミングで、その中身を知りたくはなかった。私のことを思いながらそんな柔らかい表情をしてしまうということも、私の為だけに長い時間を割いてこれを選んだということも、知りたくはなかった。先ほどまで盛り上がっていた女性社員の言葉が妙にフラッシュバックしてしまい、変な汗がどっと沸いてくる。
マシュマロの意味がわからないという彼は多分、ホワイトデーにキャンディを送る意味さえ分かっていないのだろう。他意がないのはわかっている。宝石を砂糖漬けにしてガラス細工で周りを薄くコーティングしたような飴の中に「貴方が好きです」、なんて、都合のいいただひたすらに甘いだけの言葉が中に閉じこめられていないなんてことはわかっている。わかっているのだが自分の安直な脳みそが全てを良い方向に進めようと舵を切り出してしまいそんな浅はかな想いを浮かべる自分自身に戸惑いを隠せずなんだか無性に泣き出してしまそうだ。
なんの罪もないはずなのに突然怒られてしまい呆然と立ち尽くす杉元くんをフォローすることすらせず、その場から足早に立ち去り歩みを進めることで生まれる空を切る風の恩恵を受けて頬の熱をクールダウンさせる。もう、今すぐに、溶けて消えてしまえたらいいのに。



──────────
押し付けられたかわいらしい包みを崩さないように優しく手で握りながら突然浴びせられた軽い罵声にポカンとその場に立ちすくむ。と言っても顔を赤く染めるかわいらしい彼女の姿のおかげでその言葉に棘なんて微塵も感じなかったから別に傷付いているわけではない。
開いている方の手で器用にスマホを操作し先ほどから少し気に掛かっていた「意味」の答えを探す。

「っ、」
その答えを目に入れた瞬間はぁー、と長い溜息をつきながらみょうじさんのデスクのすぐ横にしゃがみ込む。丁度出勤してきた明日子さんからの「どうした杉元、腹でも壊したか」と心配してくれる声が耳に届いてきたが、正直それを気にかける余裕もなく「大丈夫」と短く返すだけで精一杯だった。

ネット上に張り出されたマシュマロの意味と先ほどのみょうじさんの言葉を照らし合わせてその解を導き出す。

「…都合よく、受け取っちゃってもいいよな?」
今この場に姿のない彼女に問いかけるように誰にも聞こえないくらい小さな声でそう呟いて見せるとがさりと包みをほどき一粒だけ口へ運ぶ。溶けてなくなるからという理由でホワイトデーにマシュマロを贈ることを悪い意味と言われているんだとしたらそれは間違いだと、俺は思う。口に放り込み舌で溶かしたはずのそれは消えてなくならず、甘ったるさと共に顔を赤く染めながらこちらを見上げる彼女の姿をいつまで経っても脳裏に焼き付けて離さなさない。なくなるどころか愛おしさばかりがこみ上げてくる。

君への想いが消えてなくなるなんて、そんなの、嘘っぱちだ。


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