・コミュ押せ番外編/オフ会に行く夢主/sgmt夢(甲斐さん)
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きみのいちばんになりたいのです


「なぁ杉元ぉ二件目行こうぜー」
「あー、はいはいわかった。わかったから引っ付くな気色悪ぃ…」
 既にへべれけ状態の白石と、何人かの男友達で二件目の居酒屋へ。おぼつかない足元を支えてやるために肩を組んで歩いていた白石を適当に座敷に放り投げ、その近くにどかりと腰を下ろす。その場のノリで適当に入ったにしては中々良い雰囲気のお店だ。個室とまでは行かずとも薄い暖簾で隣の席と仕切られている半個室状態で十分くつろげそうだ。
 俺らの座敷の隣は空きがあり、空いたスペースのその隣では5、6人の女の人たちがきゃっきゃと楽し気に会話を弾ませているのが聞こえてくる。

「なまえは…どうなの?」
 がしゃん、
 手に持ったグラスを机の上に落としてしまい、その振動で周りに置いてあった皿やグラスが揺れ、割と大きな音が響いてしまう。
「うわビビった、どうした杉元?」
「…なんでもねぇ」
 中身を飲み干した後で良かった。手に持っているグラスに並々と注がれていたら今頃テーブルの上は悲惨な有様になっていただろう。
 聞きなれた名前とそれが彼女であることを確信させられる聞き慣れた声にあからさまに動揺してしまう。
 みょうじさんが近くにいるという喜びを感じたのは束の間、聞き耳をたてるにその会話の内容は全くと言っていいほど喜ばしいものではなかった。
 失礼かに当たるかも知れないがあのみょうじさんが恋バナの類をするなんて意外だ。恋バナを振られるのはまぁ年頃の女の人だしよくあることだろう。それは仕方ない。
 「えー、どっから話そうかなー。好きになったきっかけから話していい?」
 問題なのはその恋バナに食いつき、意気揚々と話し始めた事だ。
 「え、やばい惚気じゃん笑う」
 「いや、笑いどころとかないから。私の最愛の人と私の出会いから始まるからちゃんと聞いて」
 「そういうなまえも既に半笑いじゃん」
「すみません元々こういう顔でーす」


「す、杉元?」
「んだよ」
「いや、顔がやばいことになってたから」
 なんかあった?と言う白石の気遣いから来る一言でさえ途方も無いイライラを増長させてしまう要因にすり替わってしまう。
「なってねぇ」
「えぇ…なに急に怒ってんのぉ?」
 自分でもなんとも幼稚で理不尽な八つ当たりだとわかっている。このどうしようもない感情をどこにどうぶちまけろって言うんだ。行き場のないそれを誤魔化すようにアルコールを流し込み、少し大振りの氷をガリ、と噛み砕く。

「好きだよ」
 ああ、血が沸き立つ感覚ってこういうことを言うのか。冷静さを取り戻そうと深く深呼吸をしようとしている最中に、みょうじさんの聞いたこともない柔らかなトーンが耳に入って来てしまい、頭に血がのぼる。自分に向けて欲しい言葉が顔も知らない男に向けられていることがこんなにも腹が立つなんて思いもよらなかった。俺だってまだみょうじさんに好きって言ってもらえてないのに。女々しくなよなよしい考えとは裏腹に、顔も名前も知らない男を殴りに行きたくなる雄々しい衝動も同時に湧き上がってくる。みっともない嫉妬心で胃がぐるぐるし始める中、熱くなり続ける感情ぐっと堪え、さっき食った氷でクールダウンしといて良かったかもしれないと数秒前の自分に感謝する。

「…のどこが好きなの?」
 くそ、他の客の声のせいで肝心な男の名前が聞こえねぇ。落ち着きを取り戻すどころか募って行く苛立ちと燻った黒焦げの嫉妬心。

「えー、全部なんだけどさぁ」
「お、めっちゃのろけるじゃん」
「ねぇ、聞いてようちの彼氏がさぁ」
「うわぁリア充」
「んふふ」
 へにゃりと表情を綻ばせているのだと容易に想像がつく。こっちの席からじゃどうしたってみょうじさんの顔をよく見ることは出来ないが自分以外の男のせいで柔らかな表情を浮かべているのかと想像しただけで腸が煮えくり返りそうだった


「ちょっとお手洗い行ってくる」
 みょうじさんが席を立つ声がすると同時に自分も反射的に立ち上がる。なんだかストーカーじみていることをしてしまっている気がするが背に腹は変えられない。
「…トイレ行ってくる。おい、どけ白石」
「痛いっ!ちょっとぉ、その一言だけでよくない?どーして足も同時に出ちゃうかなぁ杉元くぅん」
 行く手を阻む白石のだらしない身体を軽く足蹴にし、みょうじさんの後を追いかける。
 用を足してる余裕なんかない俺は形だけでもと一度個室に入り、用をたさずに扉を開ける。手を洗い、ふと見上げた真正面の自分は笑ってしまうくらい眉間に皺が寄っていて、あの子のこととなると、自分はどうしようもないくらい餓鬼くさくなってしまうと自嘲の笑みをこぼす。頭からかぶることは出来ないが、冷水で冷え切った手の平で軽くを叩き、自分を取り戻す。そしてお手洗いから少し離れた出入り口で待ち人が来るのを待った。

 咄嗟に身体の赴くまま跡を追いかけてみたものの、なんて声を掛ければいいんだろう。まず俺は彼女と顔をあわせてどうしようと思ったんだ。そう自身に問い掛け、正しい答えと鉢合わせする前にタイムリミットは訪れた。
 「…あ、」
 こぼれ落ちた、という表現がぴったりな、下手したら聞き逃してしまうほど微かな声。
「あーっと…杉元くん?」
 視線をばっと上げると「しまった」と言わんばかりの表情を浮かべるみょうじさんの姿があった。おそらく、話し掛けるつもりはさらさらなかったんだろう。
 しかし目があってしまいこの距離じゃ誤魔化すことが出来ない。
 「杉元くん?」と声を掛けてくれたのもたぶん、「目が合って置いて話しかけないのもな…」と気を遣った結果なんだろう。
 そう思うと悲しいような、嬉しいような複雑な気持ちだった。でも今は彼女の長所とも短所とも取れる周りに気を使いすぎる性格にあやかるしかない。


 「偶然だね?杉元くんも飲み会?」
 「…うん、友だちとね。みょうじさんも飲み会?」
 「あー、うん、そんな所、です」
 未だに視線が長いこと交わることは少ない。そろそろ慣れてくれたっていいじゃないか。一抹の寂しさを感じると同時に俺とみょうじさんの意中の人では何がどう違うんだろう。俺と顔も名前も知らない男の間にはどんな差があるんだとまた小さくて大きな怒りが復活してきてしまう。
 「だいぶ盛り上がってたみたいだね」
 「えっ、あ、聞こえてた?」
 「いや、内容までは聞こえなかったけどすごい楽しそうな声聞こえてきたから」
 「はは、お恥ずかしい……」

「どんな話してたの?」
 どんな話し、なんて白々しい。わかりきった質問をあえてしてしまう俺はずるいと自分でも思う。でも言わせたい、確かめたい。君の口から真実を確かめないと気が済まない。
 なんて自分勝手で傍迷惑な男なんだろう。こんな厄介な男に好かれるみょうじさんは可哀想だなと毎度の如く思う。
「え゛っ!?え、っとぉ…恋バナ?みたいな…?」
「へぇ…みょうじさんも好きな人居るんだ?」
「へ!?あ、うーん、そういうことに、なる…のかな?」
「ふーん…」
「え、や、ちょっと…!杉元くん…!?」
 煮え切らない答えに余計腹を立て逃げ場をなくすようにじりじりと距離を詰めて行き、後退していくみょうじさんを壁と己の身体で挟み込む。
「その人ってさ、みょうじさんにとって俺より大事な人?」
 覆い被さるような体勢でありながら、下から覗き込むような縋り付く眼差しを顔を真っ赤に染め上げている小動物へ向ける。至近距離で混じり合った視線は一瞬にして逸らされてしまったが、彼女のを赤く染め上げたのは紛れもなく俺以外の何者でもないのだと気分を良くする。
「と、とりあえず、離れませんか…!」
「どうしよっかな」
「迷わないで下さいよ…!」
「だって周りがガヤガヤしてるからみょうじさんの声聞き取りづらいんだもん。」
「そ、れはわかりますけど…!壁ドンする必要性あります…!?」
「こうでもしないと逃げられそうだなと思ってついね。それで?質問の答えは?」
 お願いなんて聞き入れてあげるはずもなく、この期に及んでまだ「それは…」と言い淀む彼女に意地悪をしてみたくなって、しっかり聞こえているにもかかわらず顔を寄せて「ん?」と聞き返すと耳に息が触れてしまったのか「ひ、」と短い悲鳴が漏れ出てきて変に興奮してしまう。どうしてこの子はこうも俺を煽る天才なんだろうと不思議に思っていると視線がやっとのこと交じりあう。上目遣いも中々にくるものがあるなぁなんて呑気に考えているとなんとか言葉を紡ごうとはくはくと動く小ぶりの赤い果実が目に入り釘付けになる。

「お、推しと杉元くんを比べるのが難しいので!!もう勘弁してもらっていいですか!?」
「……推し?」
 意を決して言葉にしてくれたはいいがその意味がいまいち理解出来ずぽかんとしてしまう。
「はい、推しです…」
「ごめん、ちょっとわかるように説明してもらっていいかな?」
「ぎゃーっ!!なんでちゃんと答えたのに離れるばかりか近付いてくるんですか!顎クイしないで!キラキラオーラ振り撒かないで!王子様か!!この顔面宝具!焼け焦げるわ!」
「みょうじさん酔ってるでしょ」
「その言葉そのままそっくりお返しします」
 ないに等しいこの距離を手放すというのは中々に名残惜しいがこのままでは話が進まないと思い渋々距離を取る。身体を離すとあからさまにほぅと息をつかれ、思わず苦笑いしてしまったがそれほどに自分を男と意識してしてくれたのかと都合よく解釈すると、それはそれで気分の良いものだった。


「えっと…要約するとみょうじさんに彼氏はいないって解釈で良いってことだよね?」
「ぐっ…まぁ、現実的に言ってしまえばそうなりますね」
 何故私は同僚にオフ会とはなんであるかを説明しなくてはならないんだ。現実にいない男と付き合っている程でオタク友達と惚気合うというなんとも気の狂った空間のことをどう噛み砕いて杉元くんに伝えようかと胃を痛めるところから始まり、あきらかにはてなマークを頭に浮かべる姿に見兼ねて結局一から十まで丁寧に説明してしまったので話し終わった今羞恥心が凄い。いっそ一思いに殺して欲しい。先ほどとは違った意味で顔を熱くしていると「でもよかった」とゆるく微笑まれる。この悲惨な状況のどこが良いんだと頭を捻らせていると直視するのが眩しくて叶わないほど整った顔立ちが此方を見据えてこう言った。

「自分の知らないところでみょうじさんが誰かのものになっちゃったのかと思ってもやもやしてたからさ」
 だから、こうして直接みょうじさんの口から事実を聞けてよかった。そういって朗らかな表情を見せる杉元くんを見て私はどんな表情でいればいいのかとうとうわからなくなってしまった。
「まぁ彼氏が居たとして…場合によっては奪うのもありかなとは思ったけど」
「え、」
「流石に幸せそうなところを邪魔するなんて真似は出来ることならしたくないけど…」
 でもみょうじさんの隣に居るのは自分が良いからさ。

 なんて我儘で自分本位な言葉なんだろう。それでも自分の気持ちを包み隠さず偽りなくぶつけ、さらっと口説いてこれる彼の度胸はもはや賞賛に値する。
 面白いほどに早く胸を打つ鼓動を押さえつけながら「そろそろ戻らないと皆心配するので、」と離れようとすると「待って」と手首を柔く掴まれる。

「ま、まだなにかあります…?」
 遠回しにもう離すことは何もない、早く席に戻らせてくれと訴えると「これだけ聞かせて」という一言と共に困ったように眉を下げられる。少し言い方がきつかっただろうか、

「みょうじさんの好きな人と比べて一番を決めかねるくらい、俺のことも想ってる、って…自惚れても、良い?」

「っか、勝手にして下さい!」
 ああもう、もっといい否定の言葉はなかったのか。咄嗟の判断が必要な場面でうまい言葉がさらっと出てくる人が心底羨ましい。勝手にしろなんて、投げやりな言葉。否定というよりそれはもう肯定の言葉と言っていいくらいじゃないか。もっと「自惚れないで下さい」とか「勘違いです」とか真正面から切り捨てるような言葉がなぜすんなり出てこなかったんだろう。彼のことだからきっと、良い方向にしか解釈しないじゃないか。

 熱を断ち切るように、手首を掴まれていた手を振り払い、彼の顔を見ることなくその場を後にする。



「また明日、会社でね」
 そんな呪いの言葉に後ろ髪を引かれながら振り返ることなく足早に座敷に戻った私は、腰を下ろす頃にはもうとっくに明日が来ることへの憂鬱に思考の全てを奪われてしまっていた。
 せっかくのオフ会なのに推しより彼のことで頭がいっぱいになってしまうなんて、こんなのあんまりだ。


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