・コミュ押せ番外編/ogt視点夢(はるさん)
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君限定百面相




みょうじなまえはよく、顔が歪む。
仕事でミスをすれば叱られて泣き出す寸前の子供のような顔をするし、良いことがあればどことなくそわそわしている。視界に入るあいつの顔は秋の空よりころころと移り変わっていく。

「お前、何考えてるかわかりやすいよな」
思ったことをそのまま口に出せば「ええ…?」と少し戸惑ったような声が返ってくる。ほんの少しの変化も見逃すのは惜しいと何故か思ってしまい観察するようにじっとみょうじの顔を見つめる。不可思議なものに直面したと言わんばかりにぎゅっと眉間に力を込め目を細めたかと思えば2、3秒後には姿を変え「なにそれ、」と少しぎこちなくはにかむのだった。
「そんなの初めていわれたんだけど」
「こんなにわかりやすいのに?」
「どっちかというと表情筋は死んでる方だと自負してたんだけど」
「まぁ、それは否定せんがな」
「そこは否定欲しかったかな」

私がどうとかは自分じゃよくわからないけど尾形くんは何考えてるか全然わかんないよね。難解な問題にぶち当たってしまった学生のように顔をしかめるみょうじ 。
「…そんなことないだろ」
「嘘でしょ?逆に聞くけど尾形くん自分が表情豊かな人間だと思ってたの…??」
「馬鹿言え、俺は結構感情表現豊かな方だぜ」
「はいダウト」
ありえないと怯えたような口調を装いながらも笑いを堪えきれていない、ふざけたにやけ顔にすら胸がざわついてしまう己がなんだかとても腹立たしくて、腹いせにみょうじの頭をわしゃわしゃと遠慮なしに掻き撫でてやった。「髪の毛ぐしゃぐしゃになる!」と手の下でぎゃーぎゃーいいながらその手を掴もうと抵抗するもそれはあまり意味をなさず、みょうじの髪はもう既に鳥の巣と化していた。
「最悪だ…」と打ちひしがれる彼女を見て達成感と征服欲が満たされていくのを感じながら自分はそこいらの餓鬼と大差ないなと心の中で自嘲する。

「私も表情豊かな方ではないけど、流石に尾形くんには負けるなぁ。尾形くん常に無だもん、無。」
「お前がちゃんと見てないだけだろ」
俺に対する愛が足りてねぇな、愛が。
みょうじに習うように同じような冗談めいた言い方で、本心を織り交ぜて言葉にすると「えー、ちゃんと愛してるんだけどなおかしいな」とおかしそうに笑いながら嘘っぱちの愛を吐かれる。
俺は今、こいつの前で見せる胡散臭い「尾形くん」の笑い方を出来ているだろうか。

「(こんなに嬉しくねぇ『愛してる』初めてだ、)」
そう言う流れに持っていったのは自分自身だと言うのにいざ本人から口にされると傷付いてしまう俺は大馬鹿ものだ。傷付くに決まっている。こいつの愛はたぶん、この先一生俺に向けられることはないのだから。
こんなの全然嬉しくない、こんなことしたって自分の傷を抉る自傷行為と大差ない。そんなことわかっているはずなのに、こいつが言った、ただそれだけで、意図も簡単に胸を締め付けられる。

「…じゃあ当ててみろよ、今俺が何を考えてるのか」
「なにそれ無茶ぶり」
「いいから」
こいつが馬鹿げた無茶振りにも付き合ってくれるようなお人好しで良かった。食い下がっても少し押せば受け入れるような甘ちゃんであることをわかった上で押し通す狡い男に目を付けられて、心底かわいそうな女だと同情する。
俺の邪な考えなんて検討もついていないだろうこいつは俺が何を思っているのかを当てるため真剣にこちらの顔を覗き込んでいる。

別段整っているわけではない目鼻立ち、こいつより端正な顔立ちの女は社内にだって外にだってごまんと居るはずなのに、「こいつがもし俺を好いていたら」と来るはずのないもしもを考えてしまう。考えれば考えるほど、どうしようもなく自分のものにしたいと思う奴は [LN:苗字]ただ一人だけだった。
瞬きするたびに伏せられる睫毛が案外びっしりと生え揃っていることに気付く。色付きのリップなんて職場に付けてこないであろうこいつの唇は不思議なことに自分より赤く、見るからに柔らかそうで不意を突かれたような錯覚に陥る。間近でこいつを見下ろす機会なんざそうなかったが簡単にへし折れるような肩の華奢さや首の細さ、どうしたって出てしまう男女の体格差をまざまざと見せ付けられてしまい「ああ、こいつは女なんだ」と嫌に実感してしまう。
普段は伏せられがちな瞼のお陰でよくと見ることが出来ない瞳も上目遣いのお陰でとても見易い。陽の光が反射し、いつもよりほんの少し色素が薄く見える綺麗な瞳とじっとりと沈んだ自分の黒の双眸が交わる。

このまま、永遠に時が止まればいい、なんてどこぞの安っぽい恋愛映画のような台詞が頭をよぎる。
あいつじゃなくて俺のことだけみて、俺のことだけを考えていればいい。そう言えてしまえればどんなに良いのだろう

「これいつまで続く?」
見つめ合う状況が恥ずかしくなってきたのか視線だけがどこか遠くの方へ逃げ始める。
「お前が当てるまで」
「そんなん一生無理じゃん…」
ほら、ちゃんと見なきゃわかんねぇだろと叱咤すると律儀に視線を戻すものだから口元が変な歪み方をしてしまう。
「うーーーん…やっぱわかんないよ、推しとお近づきになりたい?とか」
「…当たらずも遠からずってところか」
「えっ、待って尾形くんに推しという存在がいたの衝撃の事実なんだけど!?」
「冗談だ、推しだのなんだので騒ぐのはお前の専売特許だろ」
「よくわかってるじゃないですか…」
どうやら俺はいい餌を放り投げてしまったようで推しという単語に反応した みょうじはどこぞの男の名前を無遠慮に呼びながら嬉しそうに破顔させる。
もし俺がこいつのように上手く笑えれば今とは違った道を歩めていたのだろうか。
「ほんとにお前はその、推しとやらが好きなんだな」
「?うん、好きだけど…」
「そうか、」
目の前の男が自分には向けられていない「好き」の言葉にに心躍らせていると知ったたらこいつは一体どんな顔をするんだろうか。
「なんか今日機嫌よさそうだね尾形くん」
「気のせいだろ」
また一つ息を吐くように嘘をつく。機嫌なんて良いに決まってる。こうして俺だけが知っているみょうじの顔を今この瞬間だけは独占出来ているのだから
「そっかー…なんか、嬉しそうに見えた気がしたんだけど」
やっぱり尾形くんを理解するのは難易度高すぎですわ。何考えているかわからんと降参の意を示す姿が心底おかしくて思わず「ははぁ、」と嘲笑が溢れる。
本当にお前はわかってないんだな、俺の微々たる変化に気付けるのは、…いや、違うな。
俺がこんなにも表情豊かになるのは みょうじの前だけなのだから。

「(俺をこんなに歪ませるのは、この世でお前一人だけだよ。)」



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