雪山争奪戦



「わっ!」
 歩き慣れない山道。加えてまだ完全に雪解けを迎えていない北の大地を現代での怠惰な生活に慣れ親しみすぎた私が明治に生きる杉元さんたちと同じように進んでいくというのは些か難易度が高かったようで。
 足を滑らせ「このままでは盛大に転んでしまう、」と半ば諦めて来るべき衝撃に耐えようと目を瞑ったところで腕を捕まれ九死に一生を得る。少し先を歩いていたアシリパさんたちが足を止め大丈夫か?と名前を呼ぶ声が聞こえ、伝わるかどうかはこの距離ではわからなかったが「大丈夫」を言う代わりにいつもより少し大げさに頷く。
「すみません、ありがとうございます尾形さん」
無言のまま腕を引き上げ助けてくれた狙撃の名手に頭を下げるもそれを見向きもせず冷ややかな眼差しで見下ろされてしまった。
「とろい。置いていかれたくなかったらとっとと足を動かすことだな。」
 お礼を言う間があるならさっさと進めと言わんばかりの鋭い目つきに射抜かれてしまい動かすべき足がすくんでしまう。
「それが出来なきゃ故郷に帰れ。…あぁ、帰る家なんて何処にもないんだったか?」
 悪いことを言ったなぁ、なんて謝る素振りだけ見せてずけずけと人の地雷を踏み抜く尾形さんは嫌な人だ。助けてもらったことによって上がっていた好感度が今の数秒で全部打ち消されてしまった。嫌味ったらしい言い方が一々癪に触るがここで噛み付いたってどうにもならない。
彼に食ってかかることで元いた場所に帰れるんだったら今すぐにだってそうするが現実はそんなに甘くない。事実尾形さんは間違ったことを言っていない。私はこの中で唯一なんの役にも立たない世間知らずで、足手纏い以外の何者でもないのだから。
「先行く道を妨げるようなお荷物はそこらの街に放り投げておけばよかったんだ。」
 沈みかけた気持ちにさらに重りをぶら下げるような彼の言葉はすっかり濁りきってしまったどす黒い自己嫌悪の沼の再奥まで引き摺り込んでいく。

「お前から先に山に捨てていったっていいんだぜ尾形くんよぉ」
「ははぁ。俺がこいつよりお荷物だと?冗談はよせ」
 気持ちが底辺まで沈み込んでいたところを引き上げるようにグイッと力強く引かれる。俯いていた顔をあげると逞しい広い背中が視界いっぱいに広がった。
なかなか上がってこない私たちに痺れを切らしたのか様子を見に下がってきてくれた杉元さんが庇うように私と尾形さんの間に入り込んでくれたらしい。尾形さんを悪者にするような言い回しで大変忍びないが、まさに待ちに待ったヒーローの登場にほっと息を吐く。
「名前さんはお荷物なんかじゃねえ」
「ほぉ?ならお前が担いでこの山抜けるか?」
「上等だこら」
 一触即発。冬山より冷たさを纏った二人の睨み合いは尾形さんの挑発に乗ってしまった杉元さんが私の方に体を向けたことで中断された。威圧感のある二人の雰囲気に縮こまりながらあっけに取られていた私は動き出すまで数秒時間がかかってしまう。抱き上げようと体の重心を低くする杉元さんに慌てて待ったをかける。
「ま、まって杉元さん!」
「?どうかした」
「どうかしたじゃなくて、あの、大丈夫です!私まだ歩けますから。どこか怪我したわけじゃないですし」
「無理しないで。ここ丸二日歩き通しなんだ、足、痛くないわけじゃないだろ?」
「そ、れは…」
「もしかして尾形に言われたこと気にしてる?あんなクソ野郎の言うこと一々真に受けることないよ。名前さんは普通の女の子なんだから遠慮せずに甘えていいし弱音だって吐いていいんだからね。」
 自分が非力だから虚勢張ってるだけなんだよ尾形は。女の子一人持ち上げらんないような軟弱な男が口先だけで調子こいてるだけだから。
 そういってる間にも軽々持ち上げられてしまって咄嗟に杉元さんの首元に抱き着く。
「うわ…名前さん羽のように軽いね。ちゃんとご飯食べてる?」
「じゅ、十分すぎるくらい食べさせてもらってるじゃないですか…!」

「おい、」
「あ?んだよ、」
「それ寄越せ」
「はぁ!?」
 お姫様抱っこという女子なら一度は憧れるシュチュエーションに胸をときめかせながらなるべく杉元さんの負担になるまいと身を硬く縮こませていると尾形さんの人差し指の先っちょと視線が交じり合い思わず目が点になる。私とは対照的なリアクションではあるが杉元さんも同様に驚きの表情を浮かべていた。
「羽のように軽いんだろう?」
 持つの手伝ってやるよ。
 良心的な彼の言葉はいまいち信用性にかける。なにを企んでるのか分からず思わず杉元さんのコートの裾をきゅっと握ると「何企んでんだてめぇ」とまたしても同じ考えの言葉が低く唸るような声で発せられた。
「荷物が多そうに見えたんでな。人の好意はありがたく受け取っておくもんだぜ杉元佐一、」
「荷物じゃねえつってんだろ。好意と善意から程遠い奴がよく言うぜ。どーせどさくさに紛れて名前さんに触ろうとか考えてんだろてめぇは!」
「それはお前の方だろ」
「はぁ?」
「自分が助平なこと考えてるからそういう疑いを持っちまうんだろう?名前、こんな下心丸出しな男より俺にしておけ」
「誰よりも下心丸出しなくせして何言ってんだ!誰が渡すかよ!」
「あの、お二人とも落ち着いて…」
 誰かこの状況から救ってくれと半泣きで視線を上に逸らすと藍色を纏った風が下まで降りてくるところが見えた。よかった、真のヒーローのお出ましだ。

 早くしろお前たち!と言うアシリパさんからのストゥによる制裁と、叱咤が飛んでくるまであと数十秒。

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