弱虫同士の小競り合い

門倉さんは優しい。
社員の中でなんであの人が部長なんだとか、詰めが甘いとか重要なところで抜けてるとか頼りないだとか、散々なことを本人のいないところでそう口にするけど。私は部下と同じ目線で物事を捉えらえ、みんなの気持ちに寄り添える、良い上司だと思う。これに限らず門倉さんの良い所は沢山あるのだが全てを語ろうとすれば長くなってしまうだろうから割愛する。
しいて一つ良い例をあげるとしたら仕事でミスしてもしょうがねぇな とため息をつきつつ見捨てずに最後まで手助けをしてくれる所だろうか。ああ見えて門倉さんは面倒見がいい。

そして今まさにその心優しい門倉部長殿に謝罪をしなければいけない案件にぶち当たってしまっているのだが。
誤解のないように言っておくが門倉さんの気を引きたいとか、わざと失敗して門倉さんに手をかけてもらおうと企んでいるわけではない。私だって出来ることなら失敗なんてしたくない。それでも人並み以下の要領しか持ち合わせていない私は普段の業務をこなすのにいっぱいいっぱいで。
臨機応変と言う言葉に縁がない人間にとって触れたことのない新たな案件と言うものは苦手以外のなにものでもなくて。「これは絶対に何かやらかすな」という嫌な予感は盛大に当たってしまった。やっぱりこうなったか、と若干腑に落ちつつも自分のせいでいろんな人に迷惑が掛かってしまったという罪悪感とやるせなさで気分は地の底まで落ち切っていた。
気持ちとしては今すぐ早退し、涙で枕を濡らしてしまいたかった。しかし社会人という肩書きある以上としてそう簡単に会社を抜け出すことも出来ず、膝に矢を受けた負傷兵の如く足を引きずり、とぼとぼと部長のデスクまで足を運ぶ。
今回の件を包み隠さず全て報告すると「あっちゃあ〜やっちまったなぁ…」と呆れにも諦めにもにた雰囲気を纏った言葉が下げた頭の上から聞こえてくる。
よくない反応されることは予想出来ていたはずなのにいざ、本人に言われると中々に心を抉られるものがあった。
なんで自分はうまく出来ないんだろう。なんで門倉さんに迷惑ばかりかけてしまうんだろう。負の感情が腹の中でふつふつと沸き立ってどす黒いものを生み出していく。耐えるようにぎりりと下唇を噛み締めると連動するかのように目元がじんわりと滲んでいくものだから顔を上げるに上げれない。
「(これ以上、門倉さんにみっともない姿見せたくないのに)」
嫌われたくない、こんなときまで俗物的な思考回路を持ち合わせる自分の図太さに呆れてしまう。
泣くな、落ち着け、耐えろ。そうやって自身に言い聞かせていると自分が頭を下げてどれくらいの時間がたっているのかがわからなかった。
「あとで缶コーヒー奢れよォ」
不意に頭上から僅かな重みを感じる。ぽんぽん、と幼い子をあやすように軽く頭に触れられ「ああ、今門倉さんに撫でられたんだな」と数秒遅れて理解する。長い時間頭を下げ続けられているのに耐え切れなかったのか、頭を下げられること自体に耐えられなかったのか。その真意はわからない。

「ありがとう、ございます、」
ようやく顔を上げて発した声は面白いくらいに震えていて。
「手のかかる子ほどかわいいって言うだろ」あんま気にすんな。次は同じミスしないように気ぃつけてやれよ、なんて優しい言葉までかけてフォローしてくれる。眉根を下げつつもへらりと優しく笑みを浮かべる門倉さんにこんな状況なでもときめいてしまう
「俺と残業したくなかったら次頑張ろうな」
残念ながら今日は残業確定だが、と力の抜けた笑いを溢しながら首の後ろに手をやる門倉さんに「二人っきりなら毎日残業でもいいですよ」と冗談っぽく笑い飛ばそうかとも思ったが寸でのところで「頑張ります」の一言にすり替える。上手く笑える自信がなかったから。自分の本音が滲み出てしまって、冗談に聞こえないような言い方になってしまい、彼を困らせるようなことだけは避けたかったから。


「(もしも、)」
もしも私が「好きになってしまいました」と懺悔しても、門倉さんはおんなじように困った笑顔で「しょうがねぇな」と笑って許してくれるだろうか。貴方に愛されたいと、欲に忠実な本心を吐露しても、全てを受け入れてくれるだろうか。
目蓋の裏でへらりと笑う門倉さんは所詮私の中の理想の姿でしかなくて、現実はそう上手くは転ばない。

「こんな手のかかるがきんちょ、恋愛対象に入る訳ないよなぁ」
現実の世知辛さなんて自分が一番良くわかっている。
くしゃりと撫でられた頭をなぞるように触れてみる。私に無遠慮に触れておいて「今のセクハラに入る?」やべぇかな、なんて貴方は焦っていたけれど。
「(恋人になってしまえば、そんな心配いらないのに)」
その一言が声に出ない私は、救いようのない臆病者だ。ちょっとの勇気が出ないのはなにより貴方に否定されるのが怖いから。
自分の気持ちを伝えて「冗談だろ?」と誤魔化されでもしたら立ち直れる気がしない。





「早く言ってくれりゃいいのによぉ」
今にも涙が零れそうなまんまるとした目を見開きながら顔の赤みを深めた彼女のいじらしい表情が忘れられない。
早く好きだと言ってくれば迷った素振りを見せながら、迷うことなくうんと頷いてやれるのに。
思わせぶりな態度はやめてくれ。頼むから「自分はもしかして苗字に好かれているのでは」と勘違いさせてくれるな。
はぁと深い溜息をつく。仕事が立て込んでいることから出たものではない。自分自身に呆れ返ってしまった故の感情の現れ。
つまるところ、ただ怯えているだけなのだ。アイツからの明確な好意の現れとそれを成立させるための確かな言葉を待つことしか出来ない。自分を好きだと確証させるための言葉を今か今かと待ち続けている。

全く、いい歳こいた大人が何をおっかなびっくりしてるんだか。
「(いや、いい歳した大人だからこそ、か)」


自分が傷付かずに惚れた女を確実に手に入れられる、そんな方法どっかに落ちていないもんかね。
「はぁーあ…」
本日二度目の谷より深い溜め息が盛大に零れ落ちる
「こんなおっさん恋愛対象に入る訳ねぇよなぁ…」


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