逢う


人を盗み見るのが癖だ。聞こえは悪いが癖なのだから仕方がない、
開き直りとも言える自分への赦しの言葉を貼り付ける。人間観察が趣味、とまでは行かないが人の顔の動きが移り変わる様を客観的に眺めてしまう。それは相手の様子を伺い、上手く立ち回ることで自分へ向けられる負の感情を確実に潰したい臆病者の習性とも言える。
じっと見てしまうのはあまりよろしくない 。凝視されるのは誰だって良い気持ちがしないだろうし、見つめた相手が見ず知らずの人だったら不審がられるだろう。

街には仕事に終われ切羽詰まった表情を浮かべる人、恋人と並んで歩き、手を繋げたことで頬を緩ませる人、電話をしながら遠い誰かと口論になり、眉をつり上げる人、注文の品が届くのを待てずに苛立っている人。様々な人が様々な色を浮かべている。その誰もが大抵顔を見ればなんとなくなにを感じているのか、なにを思っているのか、確実なものとは言えないが雰囲気で察することが出来る。

友人と待ち合わせした場所で一人佇みながら、文字通り波のような人の流れをいつものようにぼーっと流しみる。

その中でも一際目を惹く青年がいた。歳は私と同じくらいだろうか。うんと背が高い訳では無いが、短い半袖から覗く筋肉質な腕と背中の広さ。少し離れた場所から見てもそう思うのだから近くで見たらかなりガタイが良さそうだ。整った顔立ちを少し陰らす頭のキャップが目元の影を濃くする。今日のような天気がいい日は尚更だ。
「(痛くないのかな、)」
私が彼を目で追ってしまう理由は筋肉質な身体付きでも、くっきりと整った目鼻立ちでもなかった。
目の下に線を引くようにして伸びる大きな傷跡。顔の半分以上に広がるそれは大柄な身体も相まって彼を「恐れ」や「畏怖」の対象にしてしまっている。彼の近くを通る人々は物珍しさからか横目でちらりと盗み見ては己に危害が加わらないよう、一瞬のうちに視線を外してみせた。
人を見た目で判断するのは如何なものか。自分の中のちゃちな正義感が働いてしまい少し心をもやつかせているうちに渦中の人と目が合ってしまった。自分がその他大勢の仲間入りするのがなんとなく気に食わなくて、半ば意地を張るように見つめ返す。
人は「3秒以上目が合うと両想いだ」、なんて宣うことがあるがそれは果たして本当なのだろうか。

「(1、2、3、…)」
視線が混じり合う時間を頭の中で指折り数えてみるも、3秒なんて優に過ぎていた。
根比べを始めたつもりはなかったのだが一向に逸らそうとしない彼視線と目線を逸らすタイミングを逃した自分のものが交わった結果、随分と長いこと見つめ合う結果になってしまった。これがもし、ドラマのワンシーンだったら二人は恋に落ちていくだろう。

「あの、」
あったはずの距離をいつの間にか詰められ、とうとう声を掛けられてしまった。流石に「なに見てんだよ」と怒られてしまうだろうか。近くで見るほどその顔の傷は痛々しいもので、触ったらざりざりとした凸凹の感触が指の腹を刺激してきそうだ。
「あ、えと、すみません。見過ぎですよね。顔の傷、痛くないのかなと思ったら気になっちゃって。お兄さんかっこいいからじろじろ見られることには慣れてるかもですけど、もし不快な気分にさせちゃってたらすみません」
じっと見始めたのは自分の方だと言うのにいざ言葉を交わすとなると酷く動揺してしまう。謝罪だけでいいものを余計な言葉を付け加える口下手の厄介な部分を露呈してしまう。
「あ、いや、別に気にはしてないんだけど」

「お姉さん、この傷見えてるの?」
よかった。怒られなくて済んだと安心したのも束の間。なんとも不可思議な返答をぶつけられる。
人を見た目で判断するのは如何なものかと思った矢先に意見を覆すようでなんだが、このお兄さん、やっぱりちょっと危ない人なのかもしれない。



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