第二次食堂攻防戦

はぁー、と長めの溜め息を付く。

経過時間二週間。
杉元くんからの猛攻は一向に収まる気配がない。

距離はいちいち近いし、
(半歩下がって取った距離も気づくといつの間にか元通りになっている)
目はじっと見ながら話すし、
(人の目を見つめながら話すのが苦手な私とは相性が悪すぎる)
しかもご丁寧にいつも爽やかな笑顔を張り付けながら。私の前でどれだけ愛想よくしようが好感度ゲージが大きく変動することはないというのに。よくもまぁ毎日続けられるなと苦笑してしまう。
今まで若い男の人(と言っても同い年だが)に言い寄られる経験もお付き合いした経験もないもんだから突然の日常の変化に毎日胃を痛めている。

昼休憩になり、多くの社員が続々と集まり賑わいを見せる食堂。
いつもなら特等席のあの端っこでお昼休みを友人と、もしくは独りで過ごしているはずなのだが、もうここ最近はあの場所には近付くことはない。その理由は聞くまでもない。冒頭から名前の挙がっている渦中の人のせいだ。あそこの席を視界に入れるだけであの日のことを思い出してしまいそうになる。鳥頭で重要なことは割とすぐに忘れるくせに何故こういったことになると記憶力が働いてしまうのか。人間の脳の作りというものは本当に理解不能で自分にとってつくづく都合の悪いもののように感じる。私の思考回路が単純馬鹿すぎるだけなのだろうか。
食堂に限らず、彼になにかしらアクションを起こされた場所には自然と足を運ばないようになった気さえする。本能的なものが働いているのだろうか。ただでさえ行動範囲が狭い人間なのにこれ以上狭い世界の中で生きていくようになってしまったらどう責任を取ってくれるつもりだ。
ついでに言うと唐揚げ定食もずっと食べていない。ここの唐揚げ個数のわりに美味しくて安いから好きだったんだけどな。


今日のお昼は焼き魚定食。寝坊したおかげで朝から何も口にしていないから匂いを嗅ぐだけでよだれが口の中で大量に出てきてしまい、だらしなくこぼれ落ちないように小さくこくりと飲み込む。お椀になみなみとによそわれた味噌汁が零れないようにゆっくりとお盆をテーブルに下ろす。
赤白ボーダー男の如く人混みに紛れる術を以前に増してスキルアップさせた私は、ここ数日で必殺技と呼べる技を編み出した。その技はいたってシンプル。誰も座っていない席だと杉元くんに見つかる可能性が高いからわざと隣が埋まっている席に座ってカモフラージュする。たったこれだけだ。たったこれだけなのだが実際効果があり、これのおかげでお昼休憩の時間だけは比較的平和な時を過ごすことが出来ている。
欲を言えば両隣を埋めて、万が一杉元くんが「隣いいかな?」なんて言ってのける可能性を潰したいところだが、流石に両脇が埋まってる席にわざわざ体を滑り込ませてなに食わぬ顔でご飯を食べ始める。というのは些か気が引けてしまうし両隣からの「なんだこいつは」と言うような怪訝そうな目を向けられるのも嫌なので、左右どちらかは空席になってしまう。
この唯一の心休まる時間が大魔王さまからの「しょうがねぇ、お昼だけは平和に飯を食わせてやるか」という慈悲で設けられた時間だったらどうしよう。それはそれでショックだな。

どっこいしょ、と年寄りくさい掛け声が出そうになるのを飲み込んで腰を下ろす。一息ついた所でまた「はぁー、」と長い溜息をついてしまうと

「おい、」
隣から凄みのある重低音ボイスが響く。

「辛気臭ぇ面下げて隣座んのやめろ」
「うわ、尾形くん居たの!?」
気配のない猫のようにぬっと真横から姿を現すものだから思わず持っていた箸を取り落とすところだった。
なんだ気づいてなかったのか。わざわざ隣に座ってきながらデカい溜め息わざとらしく吐き散らかすから慰めて欲しいアピールでもしてんのかと思ったよ。
にたり、という効果音を付けるのが相応しい口元だけがつり上がった表情を見せながら、流し目でこちらの様子を見定める。
うん、この一々癪に障る言い方は尾形くんだ。彼も杉元くんと同じく同期の社員なのだが隣の部署で働いているため中々巡り合う機会がない。

正直私は杉元くんより尾形くんの方が気を使わなくていい。入社当初はそれこそ顔は怖いし、何考えてるかわからないし人一人くらい殺っちゃっててもおかしくないみたいな目付きしてたから一生仲良くなれないタイプだわ。むしろ関わらんでおこうと思っていた。未だに彼が何を考えているかは全然読み取れないが。

「ちょうどいいや、そこまで言うんだったら愚痴聞いてってよ。」
偶然居合わせたのもなにかの縁。嫌味ったらしい言い方で煽られたのなら私もそれ相応の態度で返さなければなるまい。それに、この鬱憤は誰かに話しを聞いてもらわないと気が済まない。思いっきりめんどくせぇと顔に書いてあるが先に煽ってきたのはそっちだ。私はそれに乗っかってあげただけだもんね。「不服です」と言った表情ではあるものの肯定も否定も言葉にはしないので勝手に喋らせてもらおう。





******

「ってな感じなんですけど同じモテ男としてなんか打開策閃いたりしませんかね?」
はじめは少しのつもりが話を始めてしまったらどんどんヒートアップしていき、よくもまぁこんなにも出てくるものだと笑ってしまうくらいに愚痴ってしまった。
数週間で気が参ってきているのにこれが日常化されたらたまったもんじゃない。なにか解決する方法はないもんかと藁にも縋る思いで尋ねる。
尾形くんは口も性格も性格も悪いが綺麗な顔立ちをしている方なので社内でもトップクラスのモテ男だ。色恋の話にあまり興味もないしそういった話題には疎いのだが、そういった浮ついた話題に敏感な友人曰く、「危険な男の雰囲気がまた良い」、だそうで。真偽はわからないが「美女とホテル街に消えていく姿を見た」だの「彼女は一週間も持たずに変わってる」だの「受付嬢は全員尾形のお手付き」だの、情報源がわからない不確かな噂が飛び交っているのは私でも耳にしたことがある。本当かどうかは恐ろしくてとても聞く気にもなれないし、別に聞きたいとも思わないが。


ふむ、と少し考える素振りをしたかと思ったら意外にもすぐに返答が返ってきた。まず尾形くんって意外にも人の悩み相談とか聞いてくれるんだ。人は見た目によらないなと大変失礼ながら感心していると、


「一発ヤらせてやったらどうだ」
大変失礼な回答が返ってきた。やっぱり前言撤回。見た目通りの嫌な人だ。
「尾形くんにアドバイス貰おうなんて考えた私が馬鹿でした!」
出すもんだしたらスッキリしてお前に興味なくなるんじゃないか。なんて平然と口にする様子にまたまた深い溜息をつく。この会社にいるイケメンにまともな奴はいないのか。全てが完璧な人など存在しない。何かに秀でている人は何かが欠けているとは言うが彼がいい例なのではないか。

「尾形くんなんかエロ同人誌でよく見るようなモブおじさんにぶち犯されちゃえばいいのに」
「俺で気色悪い想像すんなクソ女。ぶち犯すぞ。」
「私なんかで勃つもん勃たない癖してよく言うよ。」
「試してみるか?」
「ヤれるもんならヤってみ〜!?」

なぜ、人付き合いの苦手な私がこんなにも尾形くんと軽口を叩ける仲になれたかというと、話は長くなるのだが。
端的に言ってしまえば共有の趣味があったからだ。同じと言っても尾形くんがアニメオタクと言う訳では無い。彼がもしアニメや漫画をこよなく愛していたら引きはしないが目ん玉ひん剥くレベルで驚き倒すと思うが。たまたまお昼休みに発売したばかりの某モンスターをハントするゲームをやっていたら尾形くんがアドバイスしてきたのが私たちがこうやって話をするようになった始まりだ。そのアドバイスも優しさや思いやりなんて微塵も感じない先程のような嫌みったらしい言い方だったので第一印象はクソほど最悪ではあったのだが。内容は悔しいくらいに的確で大助かりしていたので反抗するすべもなく大人しく従っていた。今でもたまに通信プレイして狩りに出かけることもある。私はとにかく近距離系の武器でガンガンいこうぜ!派で、尾形くんは遠距離系の武器を使うことが主なのでチームバランスがいい。使いこなすの難しいって言われてる武器でもいとも簡単に使いこなして気持ち悪いくらい正確に打ち抜くもんだからびっくりしてしまう。あれは相当やりこんでいるんだろうな。

「ときどき心配になるんだけど尾形くんってその性格で私以外にちゃんと友達いる?そっちの部署でいじめられてたりしない?」
「俺がいじめられそうな顔に見えるか?」
「ううん、むしろいじめてきたやつら全員ドラム缶の中にコンクリートと一緒に詰めて港から突き落としそうな顔してる。」
「なんだ、よくわかってんじゃねえか」
「いや、そこはちゃんと否定しよう?」
まさか肯定されるとは思ってなかったからびっくりだよ。尾形くんなら本当にやりかねない雰囲気があるなとゾッとしながら守るように自分の身を抱える。

「お前の猫かぶり具合にはほとほと呆れるな。」
今みたいな話を杉元の前でしてやれば勝手に引いていくんじゃないかとせせら笑う黒猫ちゃんを見て、いやいやと鼻で笑いながら否定する。

「わかってないなー尾形くんは。ここまでゆるくてくだらない話出来るってことはそれだけ尾形くんに気を許してるってことだよ。流石にこれと同じ感じを杉元くんの前では出せないって、」
「…」
「え、ちょっと待ってなんでそこでだんまり?やめてよなんか気まずいじゃん」
「…」
「あ、もしかして照れてる?照れてるんでしょ?んもう、見かけによらず照れ屋さんなんだからー。ギャップ萌えでも狙ってんの?」
「やかましい」
「そうやってすぐ手が出るとこ良くないと思うな!」
ぺちん!という良い音がした割にあまり痛さを感じることは無かった。もしかして尾形くんはお笑い芸人さんのような特殊な訓練を受けているのだろうか。しかし痛みはないとはいえ暴力を振るわれたことに変わりはない。叩かれた頭部を慰めるように撫で付けながら軽く睨みつけると「ふん、」と鼻で笑われてしまった。


「でも冗談抜きで私は尾形くん話しやすくて好きだけどな」
「はっ、物好きな馬鹿もいたもんだな」
「私と同じで根暗で性格悪いしめっちゃ親近感湧く」
「おい、一緒にすんな殺すぞ」
「シンプルに口が悪い!!」

流れるような罵倒にはいい加減慣れてきましたよ、ええ。
やれやれだぜ、と脳内でイカつい顔のスタンド使いを召喚することによって少し心を落ち着かせていると、星の見えない雲がかかった夜空のように一面黒で満たされた目がすぅっと細められ「良いことを思い付いた」と言うような表情を見せる尾形くん。一体なんだと言うんだ。

「おい、もう一回さっきと同じこと言ってみろ」
「は?」
つい、なにが来るんだ?と身構えているところに突拍子もないことを強要され、目が点になる。ごめんなんて言ったっけ私。
「俺のことどうとか言ってたろ」
「?…あ、もしかして尾形くんが(話しやすくて)好きって話?」
「主語入れてもっかいでかい声で言ってみろ。」
「??私は尾形くんのこと好き、だよ?」
こんなこと言わせて何が楽しいんだろうか。なにを企んでいるのかわからない尾形くんの言動に少し眉を顰める。
「…誰が、誰のことを好きだって?」
「だからぁ、私が尾形くんのことを好きだって、…ん?んんん?」
尾形くんとはまた違った低さの声に違和感を感じ思わず振り向くと

「ひぇっ、」

思わず口から小さな悲鳴が悲鳴が零れ落ちる。そこには笑顔ではあるものの背後に般若顔のスタンドでも宿してるんじゃないかと見紛うほどに凶悪なオーラを放つ杉元くんが立っていた。どうして笑顔なのにここまで威圧感が出せるのか不思議でしょうがない。
「す、杉元くん……」
「おいクソ尾形。苗字さんに何言わせてんだ殺すぞ」
こっちもこっちでお口が悪いな!心の中でツッコミを入れるも、貼り付けた違和感しかないニコニコ笑顔で迎え撃つ尾形くんとそれに大して敵対心むき出しで睨みつける杉元くんの間に挟まれてしまっては口にすることなんて出来るはずもなく。
杉元くんと尾形くんって噂には聞いていたけどこんな、目があって即バトル!みたいな一触即発オーラ全開なバチバチした関係だったとは知らなかったなぁ私!遠い目をしながら誰か私をこの窮屈な空間からエスケープさせてくださいと現実逃避していると尾形くんの標的は杉元くんから私にすり替わった。


「言わせたんじゃねぇ、最初はこいつが勝手に言い出したんだぜ。なぁ?」
「え゛っ、」
なぁ?と同意を求められても大変困る。ここで話を振るのは勘弁して欲しい。怒りの矛先がこっちに向いたらどうしてくれるんだ…!
「いや、確かに言ったっちゃ言ったけどたぶん杉元くんが思ってるような意味じゃな、」
「○○さん。ちょっといいかな?」
台詞キャンセル…だと…!?こっちの言い分も聞いてくれたっていいじゃないか!にっこりという効果音がぴったりな表情をしているはずなのに雰囲気が微塵も穏やかではない。

「わ、たし、午後から業務立て込んでて早めに戻らなきゃ行けないのでちょっとぉ…今からは無理かなーなんて、」
この、明らかに不機嫌ですオーラ全開の大魔王様と二人きりになるのは大変まずいんではなかろうか。冷や汗がたらりと垂らしながらなにか逃げ出す方法はないかと思考をフル回転させる。そんな中絞り出した小さな糸口も見るも無残に塞がれてしまう。

「次の業務に必要な資料、課長から預かって俺が持ってるんだよね。」
苗字さんに渡してきて欲しいって言われててさ。その話もあるから。ね?
おわった。ゲームオーバー、ジ・エンド、お先真っ暗で救いの手がない。「ついてきて、」と拒否権もなく言われてしまい下手に逃げ出して逆鱗に触れでもしたら恐ろしいなと思い、大人しく後を追う。顔だけ尾形くんに向けて覚えてろよの眼差しで睨み付けると「ざまぁみろ」と言わんばかりに鼻で笑われた。めっちゃ腹立つ。いーっだ!と子供のように顔を歪ませて挑発していると至近距離で「○○さん?」と窘める杉元くんの声が。すみません、ほどほどにします。だからその怒りオーラちょっとでいいのでしまってくれませんかね。圧が凄いです。

食堂を出て社内の廊下を迷いなく突き進んでいく。いつの間にか手首をガッチリと掴まれてしまい本当に逃げられなくなってしまった。手を繋いでると思われたら流石にまずい。実際は一方的に手首を掴まれているだけで私からは一切触れようとはしていないのだが。社内での噂というものは、ただでさえ瞬く間のうちに広がっていくのに、その中心人物が顔良し、人柄も良し、な人気者の杉元くんのこととなれば注目度は段違いだろう。特に彼にお熱な女性社員の目に留まりでもしたらどうしようと恐怖に身を震わせていたのだがそんな心配も空回り。何人かすれ違ってもおかしくないと思っていたのに不思議なことに資料室の扉をぱたりと締められるまでの間に見かけた社員は人っ子一人いなかった。
いっそ誰かに見つかって声を掛けられた方が逃走出来る確率が上がって好都合かもしれないと思っていたのに。現実というのはそう上手くいかない。
これが大魔王パワーなのか、人気の少ないルートを考えて歩いていたのかはわからないが。ただ、今私は再び窮地に立たされているかもしれない。という仮説が、大当たりしてしまう予感がする。わかりたくないが私の中のミジンコのように小さく、申し訳程度に残された「女」の勘がそう告げている。

人があまり寄り付かない物置と化した資料室。助けを求めてもすぐには駆けつける人がいないであろう廊下。目の前には超不機嫌な大魔王様。

勇者レベル3。戦闘前に威圧感でHP、MPともに半分以下まで削られているような状態。さぁ、どうやって抜け出す?

Modoru Main Susumu
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