hope you like it.

休日のデパートの地下1階。時期が時期なだけに人がごった返している。目をキラキラと輝かせながら恋い慕う人へのチョコを選んでいるだろう学生や若い男女、職場や家族への日頃の感謝を伝えるための手段としてそれを求めて足を運んできている人たちでフロアが埋め尽くされている中、ふと目を引く人物が視界に入った。
見間違いなんかじゃない。あれは苗字さんだ。彼女も俺と同じようにチョコレートを買いに来たんだろうか。
いつもならすぐに声をかけてしまうが今自分は彼女のために選んだチョコを手にしている訳で。声を掛けることを少し戸惑ってしまう。
人が自分の横を忙しなく通り過ぎていくのを感じる。人混みの中たっぱのある男がぼーっと突っ立っていればそれは邪魔以外の何物でもないだろう。声を掛けようか掛けまいか迷っていると目線があってしまい、苗字さんは俺に気付いたようだったがレジの列に並んでいるためその場を動けず、頭を少し動かして軽く会釈するだけだった。
迷っているくらいだったら話しかけた方が絶対良い。うじうじしてるのは俺の性に合わないなとあっさり自己完結し彼女の元へ歩みを進める。

「苗字さん、」
「あ、やっぱり杉元くんだったんですね。」
そうかなぁと思ってたんですけど如何せん私目が悪いから。間違ってたらどうしようと思いながらいたんですよ。とはにかむ姿でさえ愛おしすぎて今すぐ抱きしめてしまいたくなる。ぎゅっと自分の親指の付け根に人差し指の爪を突き立てて痛みで雑念を振り払う。

「杉元くんもチョコレート買いに来たんですか?」
杉元くんも、ということはやはり苗字さんも誰かに買いに来たんだろう。俺の姿を見ても動揺しないということはその小さな手の中に納まっているチョコレートの箱は多分俺の為のものではない。超がつくほどの恥ずかしがり屋の彼女だったら贈ろうとしている張本人に見つかった時点で絶対態度に出ると思うから。じゃあそれは一体誰のために?少しもやっと気持ちを陰らせながらも平然を装い言葉を繋げる。

「そうだよ。苗字さんは誰かに渡すの?」
「えっ、」
少し戸惑いの声を上げたかと思えばそれもすぐに緩み、どこか幸せそうな表情を浮かべた。
「これは、その、日頃大変お世話になっているというか、私が一方的に好意を寄せてる人に上げる用で」
照れくさそうにへらりと笑ってる姿は小さな蕾が花が開くようにかわいらしいものだったが、それが他の男に向けられたものなのだと思うと自然に眉間に皺が寄ってしまう。
「じゃあ私はこれで失礼します。また会社で」
「…うん、またね。」


──────────
バレンタイン当日。会社までに通った街並みもそうだったが、オフィス内もなんだかいつもより浮足立っているように見える。
出勤早々嫌なものを見てしまい表情筋が引きつる。朝の慌ただしい時間にわざわざ隣の部署から来てんじゃねえぞ。もっとも慌ただしいのは時間のせいじゃなく今日と言う日のせいではあると思うが。始業時間前にもかかわらずいろんな人が行き交い、かわいらしくラッピングされた手作り洋菓子や綺麗に包装されたチョコレートを交換し合っていた。実際自分もデスクに着くまでの間何人かの子に頂いてしまったのだが。
「おい、お前からはないのか」
「えっ、尾形くん甘いの好きじゃないでしょ」
「好きじゃないが誰も欲しくねぇとは言ってねーだろ。」
「ええなにそれ…我儘も大概にしなよ」
「…ないのか?」
「あるよ一応。なんだかんだ尾形くんにはお世話になってるし。めっちゃ手抜きだけど」
「ほんとに手抜きじゃねえか。」
あいつは一体どんなものを貰ったのか気になりちらりと視線を動かし盗み見るとおしゃれなデザインの透明な袋に何個か市販のお菓子を数種類詰め込んでラッピングされたものだった。
「黙らっしゃーい。準備しただけ偉いと思って欲しい。クオリティの高い手作りお菓子とかおしゃれな高級チョコが欲しいなら他をあたってよね」
「…いや、これでいい。」
なにがこれでいいだよ。これ「が」いいの間違いだろ。他の人からは受け取る素振りも見せない癖してよく言うぜ。
心の中で毒づいたはずの言葉はまるで直接あいつに届いてしまったかのようにばちりと視線がかち合う。すぐに逸らされると思った視線はそのままに、気色の悪い笑みで口角をにたりとつりあげられた。
「あそこにも物欲しそうにしてる色男がいるぞ」
「えっ、」
「お前に色男って言われても褒められた気がしねーな」
「ああ、悪い。素直にけなしたつもりだったんだが…阿呆にはわかりづらかったようだな」
「殺す。」
「ちょ、ちょっと…!喧嘩駄目、絶対。おっぱじめるなら余所でやって下さい余所で!」
「ストーカー野郎には準備してないってよ。帰れ」
「帰れはこっちの台詞だっつの。大体お前この部署じゃねえだろ、部外者は立ち入り禁止だこのハゲ」
「だ、誰も準備してないなんて言ってないでしょ。面白がって挑発しないで尾形くん…!杉元くんもいい加減尾形くんに対する煽り耐性付けてください。はい、これ。ちゃんと準備してありますから…市販の詰め合わせで申し訳ないんですけど」
「いや、嬉しいよ。ありがとう。」
くそ尾形きっかけで会話に参加出来ているという事実は今すぐ抹消したいのだが○○さんからチョコを貰えたというだけでその怒りも帳消しにされてしまう。近付いて友人や周りの社員にこれから配るであろう今貰ったのと同じ物が沢山はいった袋の中身をチラ見してみても、この前○○さんが嬉しそうに手にしていた本命チョコと同じ包装紙は見当たらなかった。
もしかしたら社内の人間ではないのかもしれない。ない頭を働かせながら悶々と悩んでいると横から明らかに鼻で笑われた気配がした。

「はっ、脈なしの義理チョコか」
「てめぇも一緒だろ。笑ってんじゃねえぞ」
俺にだけ聞こえるように小さな声で馬鹿にしてくるコウモリ野郎を彼女から見えないように後ろ手でどつきながら自分の場所へ戻る。ないと理解していたつもりだったけれどほんの少し、ほんの少しだけ期待をしていた自分がまだ心の端っこの方に残っていたようで。柄にもなく少しへこみながら業務開始時間を静かに迎えた。あ、苗字さんにチョコ渡すの忘れたや。



──────────
終業を知らせる鐘が鳴り、周囲はいそいそと帰り支度を始めている。今朝渡しそびれたチョコレートはまだ鞄の中だ。昼休みにでも渡そうと考えていたはずが思わぬ業務が舞い込んできてバタついてしまい、それが落ち着いたと思ったらいつもお世話になってる先輩やまわりの社員さんからチョコのお渡しが絶え間なく続き、結局渡せずじまいだった。溜息をつきながら身支度を整えているとバイブ音がメッセージの受信を知らせてきた。

タップして画面を明るくさせ、たった今受信した文面を目に入れる。その瞬間、思わず手にしていたスマホを床に落としてしまいそうになった。


【このあと、会社近くの公園に来て欲しいです。お忙しかったら大丈夫なので】


苗字さんからだった。こんなの行かないわけないじゃないか。このあと用事があるのだろうなと悲観的な目で勝手に見つめていた背中を思い出しながら数分前足早にオフィスをあとにした彼女の後を追うように足早に歩みを進める。




息を切らして指定された場所に向かうと白い息を空中で遊ばせながらベンチに腰かける彼女の姿が。

「ごめんね杉元くん。わざわざ呼び出して」
「ううん、全然」
「あの、念の為最初にフラグをへし折っておくんだけどこれ、本命チョコを渡す流れじゃないので安心して下さい」
「…違うのぉ?」
「ちがいます!!!」
ああやっぱり先に言っといてよかったと1人呟く姿を余所に少し気持ちを落胆させながら口を尖らせる。心のどこかで違うとは思いつつもやはり男の安直な考えはそう受け取ってしまう。この流れは普通、そう思うだろう…!!まぁそう簡単には流れてくれないという事は重々わかってたが。

「本当は朝渡すつもりだったんですけど尾形くんの前で皆と違うやつ渡したら絶対からかわれると思って…咄嗟に皆と同じ物を渡しちゃったんです。」

「ほんとに渡したかったのは…こっち。」
おずおずと差し出された箱を受け取ると余韻に浸る間もなく即座に弁明の言葉が。
「杉元くんには仕事の面でもお世話になってるし、去年は私の趣味に巻き込んでしまったりしてしまったのでそのお詫びと言うかなんというか…!!」


「…ありがとう、大事にするね。」
言い訳とも取れる照れ隠しをする苗字さんの姿を目にしてしまったら、今まで思い悩んでいたことや不安がなんだかもう、どうでも良くなってしまった。変に力が抜けてだらしなく表情が緩んでいくのを感じていると目を勢いよく逸らされた。感謝の言葉を真っすぐにぶつけるだけでわかりやすく顔を赤らめてしまう彼女が自分からなにか贈り物をしようと思い立ってくれただけ進歩していると受け取っておこう。全く、参ってしまうくらい愛らしい人だ。にやけを隠そうともしないまま目に彼女の姿を焼き付けようと見つめ続けていると口をもごつかせて「ちゃんと食べてくださいね」と指摘される。

「うん、そうする。でもしばらくは神棚に飾っておこうかな」
「!?そ、そんな我々オタクみたいなことしなくていいんですよ」
「ははっ、それは流石に冗談だけど…でも、本当に食べるのもったいないなぁ」

「そうだ、俺からも。」
「あ、ありがとうございます」
「俺のはちゃんと本命だから」
「うっ、」
「受け取ったんだから今更やっぱ受け取れませんって押し返すのはなしだよ」
反射的に受け取ってしまった手前、苗字さんは押し返すという選択肢を選べないとわかっていながらそんなことを言ってのける俺はずるい男だと非難されるだろうか。
「そういえば苗字さんの本命には渡せたの?」
「え、私のですか?」
きょとんとした彼女の反応に釣られるように自分も似たような表情を浮かべてしまう。この前会った時好きな人に渡すチョコ買ってたよね?と聞くと彼女の中でなにかが合致したのか「ああ!」と声を上げた

「あれなら食べました」
「た、食べた…?」
「あれはサノく、あー、私の推しくんに捧げるための者だったので」
ようやく自分の中でも納得がいった。苗字さんの好きな人=画面の中の異性というわけだ。俺はてっきりリアルで好い人がいるんだとばかり。

「そっ、かー…」
「?」
あー、よかった…!とは声に出さずに大きなため息として昇華させながらしゃがみ込む。
いきなりしゃがみ込んだことに戸惑いながら頭上の方ででどうしたらいいんだという雰囲気を醸し出す彼女の気配を感じる。
なんだ、そうか。俺が勝手に思い込んで、勘違いして、勝手に傷ついていただけか。胸の内にすとんとなにかが降りたのを実感した途端、なんだか自分だけが彼女に振り回されてるみたいで少し意地悪をしてみたくなった。自分のすぐ傍で慌てふためく彼女を気遣うことなく、空を彷徨っている手をぐんと引き寄せ自分と同じ目の高さに合わせてやる。「うわ!?」という悲鳴を聞き届けつつも距離を更に縮め息が頬に掛かるほど顔を近づける。


「来年は苗字さんから本命貰えるように頑張るからさ、」

「だから、早く俺のこと好きになってよ」
むせかえるほど甘ったるいと感じるほど、低く、甘く、を意識して耳元で囁いてみると即座に耳と口を抑え、顔を真っ赤にして立ち上がってみせた。
遠くなった距離を縮めるため後を追うように立ち上がり、その顔を今度は上から覗き込むと目を大きく見開き瞬きを数回ぱちぱちと繰り返された。瞼が上下に往復する度瞳の奥で線香花火のような淡い光がぱちりぱちりと光を弾けさせているように見える。
その表情を自分の瞳に映したとき、とびきり甘い洋菓子を舌で転がした時と同じように頬からじわりと痺れが襲って来た。その甘い痺れを耐え忍ぶように頬の内側を軽く噛み締める。

「ねぇ、苗字さん」
「っ、」
もう一度追い打ちをかけるようにそっと名前を呟くともうやめてくれと訴えるように羞恥に耐えながらこちらを睨み付ける強い眼差しを向けてよこした。
「…あんまり、甘すぎるのは苦手って前にも言いましたよね」
「うん、ちゃんと覚えてるよ。」

「でも甘いのは嫌いじゃないんでしょ?」
声を荒げる苗字さんなんて気にも留めず、また質問を投げかけると口が何か音を発しようと形取る。でもそれは結局真冬の冷ややかな空気の中に白と消えていって。
ああほら、そうやって自分に都合が悪いときだけだんまりだ。
…嘘、俺の質問の仕方が小狡いんだ。苗字さんがNOを言える選択肢を手当り次第潰してから問いかけるのが悪い。そんなのはわかってる。でも俺だけが悪者にされるのは少し違う気がする。
甘酸っぱくてつやつや光る春の果実みたいに、頬を染めて見せたりなんかするから、俺はまた君に意地悪をしたくなるんだよ。


「甘いの…嫌いだったら、甘い匂いでいっぱいのチョコレート売り場になんかわざわざ行かないでしょう」
でもたまに、君は思いもよらない答えをぶつけて来るから。狡いのはお互い様だと俺は思うんだ。傍から聞いたら全くかわいげのないと感じる言葉でさえ、愛おしくてたまらないと思ってしまうのは、身体に埋め込まれた心臓型のチョコレートがどろどろに溶かされているからだろう

Modoru Main Susumu
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