初めの一歩

【今すぐ公式垢見て】

手元に置いていたスマホにオタク友達からのLINE通知が映し出され、疑問に思いながらも青い鳥のアイコンをタップしTLから推しジャンルの公式アカウントを探す

「っ!!」
声こそ出さなかったものの手にしていたスマホを机の上に落としてしまい、予想以上に大きな音が響いてしまった
周囲のデスクからちらほらと視線が向けられ「すみません」と小さく呟く。反省の言葉を零してはみたものの口元が無意識に緩んでしまいそうだ。怪しまれてはいけないと思いきゅっと唇を噛み締め、眉間に力を入れながら画面に映る推しの新規カードを拝む。

「どうした名前、」
そんなに怖い顔をして
隣の席の明日子さんがいつもと違った様子を気に掛け、声を掛けてきた。そんな心配を他所にふんと鼻息を荒くし気合を入れる。
「明日子さん、今日絶対定時で帰るわ…」
「そ、そうか。頑張れよ…?」

【しごおわしたら推しを引くまで眠れま10イプ付き合って】

【承知した】

ガシャ更新は18:00…!!定時に終わらせて速攻引いてやる。



─────────
「ほんとまじでやばいこれはやっぱり推しに愛されてるわ」
「もうその言葉四千回くらい聞いた」
だって!排出率鬼と言われるこのジャンルで推しのSSRが無事来てくれたんだ。これが喜ばずにいられるか。まぁその代償に次の給料日までは食堂の美味しい定食ではなくおにぎり一個になりそうだが。そんなことはどうでもいい、出るまで引けば爆死ではないのだから。
「はー、ほんと推しの顔が良い…何時間でも見てられる。今回の作画やばくない?ほんと神。お顔もそうなんだけどこの推しくんとほんとにデートしてるかのようなアングルのスチル…!!やばすぎる」
「「ほら、一口やるよ。…っ早く食えよ!恥ずかしいだろ」だって…え、むりその強面なお顔立ちに反して甘いもの大好きってだけでかわいいのにどうしてもここのパンケーキが食べたいからって女主人公ちゃんを誘っちゃうの思いきり良すぎて男前だし分けてくれる優しさに震える…しかも、おま、あーん…あーんって…!!」
「おいリアクション芸人、机バンバンすんのやめろ。こっちはヘッドホンしてんだよ」
耳痛くなるわと苦言を申し立てる友人の声にすまんすまんと反省の色を薄く見せて返す。
画面には先ほど何十連か数えるのも嫌になるくらいまわした結果たどり着いた推しのスチルが。苺のソースと生クリームがふんだんに使われてるいかにも甘ったるそうなパンケーキの傍らにほんのりと顔を赤らめている推しくんがフォークをこっちに向けてあーんしている。とてもよい
「私も推しくんがわざわざ一口大に切り分けてくれたパンケーキ体内に取り込みてぇ…」
「そういえばそのスチルのお店実際にあるらしいよ」
「ま?」
「まじまじ。特定されたやつさっきTLに流れてきた」
「特定班ほんと仕事早くて頭上がらないっすわ」
「あったこれこれ。URL貼っとくわ」

「やっば…ほんとにまんまじゃん…え、ここに推しくんが座ってる。ねぇ、この写真に推しくん映ってるよね」
HPに掲載されている内装の写真を覗くとスチルと同じようなテーブルやソファがあり、これは再現度が高いというより本物。いや、現実だ。
「落ち着け。見えてはいけないものが見えてるぞ」
「え、ちょっとまじで、一緒に行かない?いつ暇?」
「いいよー、と言いたいところなんだけど…名前、ちゃんとサイト見た?」
「?どういうこと」
この弾け飛ぶ熱いパトスを共有しないとやってらんない!と思い友人を即決で誘う。自分と同じく推しジャンルのこととなると行動力が鬼な彼女は快諾してくれるだろうと踏んでいたが今回はそうは行かなかった。
送られてきたURLを辿り下へ下へとスクロールしていくと目に入ってきたのは注意事項と赤文字で強調された項目

「絶望した…!!」
そこにはカップルの方のみご来店可能の文字が。
「リア充だけが得をする世界に絶望した…!」
「適当に男友達誘っていってくればいいじゃん」
そんなことひょいと言えてしまうのは男友達が普通にいるリア充の台詞だ。同じオタクという人種だというのになぜこうも境遇が違うものかと唇を噛み締める
「私にそんな男友達いると思う?」
「思わない」
「即答すんなよ傷付くから!たとえ居たとしてどうやって誘えばいいんだよ…ゲームのキャラと同じ空気を吸いに行きたいから一緒に行きませんかって…?そんなん引くでしょうが…」
「なんでわざわざドン引かれるようなワードチョイスしちゃうかな」
適当にここのパンケーキがどうしても食べたいからとか誤魔化していけばいいじゃん。嘘は言ってないわけだし。と妥当な理由をぽいと思いついてしまう友人のずる賢い思考を純粋に感心してしまう
「頭良いな」
「名前が頭緩過ぎなだけに35000ペソ。ま、無事に聖地巡礼出来た報告がTLに上がることをあんま期待しないで待ってるよ」
「一々辛辣かよ」
明日早番だからちょい早めだけど落ちるねーという親友の声に「おつー」と短く返しつけていたヘッドホンを取る。

どうしよう、すごく行きたい。正直ここまでどっぷり沼につかるキャラに巡り合ったのは久々だ。歴代推しの中でも三本の指には入りそうなくらいな熱量を日々注いでいる。

ただ、行くとして誰を誘えばいいんだ。
身近に親しい男の人なんて、と絶望する脳裏を掠めていくのはなぜかあの人の姿で。

次一緒に出掛ける機会なんてもうないと思いますけど?みたいな言い方で煽り倒してしまった手前こっちから誘うのは流石に気まずいというか、杉元くんに合わせる顔がないというか。
でも好きになる努力はするっていっちゃったしな……
はた、とスマホをスクロールする手が止まる。
「好きになる努力はする」?
自分が脳内で呟いた言葉が変に引っかかってしまい、
ブルーライトの光に目がやられてしまったのか目の前がちかちかとし、くらりと眩暈のような症状を引き起こす。
努力はするだけで別に無理に好きになろうとしなくてもいい。…だよね?ん?そもそもなんで好きになる努力をしようと思ったんだっけ…というか努力をする、ということは杉元くんの想いを前向きに捉えて、自分も杉元くんを好きになろうってしてるこ、とに、なって…しまうの、では

ぶわっ!!と血液が全身を勢いよく駆け回るように一気に身体が火照る。これは、違う。違うんだ。あれがあれでああだから、つまり、それはない。ない、ありえない!誰に言い訳をするわけでもなく、ただ一人自分自身に向けて言い訳の言葉を向ける。
自分一人の部屋で隠したってなんの意味もないのだが「杉元くんを思って」熱を帯びた真っ赤な顔をしている現実から目を背けたくて、自分自身と向き合うことを拒むように枕へ顔を埋める。
ぐるぐる、もやもや。同じ言葉が脳内を堂々巡りし軽くゲシュタルト崩壊だ。
ああもう!!なにをこんなことでうじうじを悩む必要があるんだ。私はただ推しくんのスチル再現をしたいだけだというのに!
そうだ、尾形くんを誘えば万事解決…
そうじゃん。なんでもっと早く気付かなかったんだろう。尾形くんならある程度私のこのオタク臭さ全開のテンションを受け入れるというかいなせる技を持ち合わせているし変に気を使わなくても済む。断られる可能性は大いにあるが誘ってみることに越したことはない。
そう、思うのに。
それが出来ないのは何故なのか。
こんなモヤモヤした気持ちのまま尾形くんを誘うのはなんか、ずるい気がする。そんな人のことを逃げ道のように扱うなんて尾形くんにも杉元くんにも失礼に値してしまう。

「女々しい!」
がばっと起き上がり、数秒前まで顔を埋めていた寝心地の良い枕を布団に思いっきり投げつける。いつからこんなうだうだと鬱陶しくてめんどくさい女になってしまったんだろうか自分は。推し以外のことで頭を悩ませるなんて、どうかしてる。自分の中の微かな変化に自分自身が一番戸惑いを隠しきれない。
だめだ、落ち着け。変わる必要なんかないじゃないか、今のままの状態を保って何ら変わりのない日常をただただ垂れ流すように過ごしていく。それが無難で最善だ。そう思っているのに、
ここ最近の自分の日常に、彼の姿がちらついているからこんな、苦しい思いをしてしまっているんだ。杉元くんと出会わなければ、こんな女々しくておかしい自分と向き合わなくて済んだのに。そんな最低な考えが簡単に思いついてしまう私の浅はかさに吐き気がした。

「好きになっても嫌いになっても苗字さんのせいじゃない。こんなずるい提案をする俺が全面的に悪いんだから。」
有名な画家の展覧会によくある絵に描いたように美しい夕日に照らされた杉元くんの真っすぐに伸びた影と、じんわりと思いやりが染み出ているような優し気なトーンで紡がれた言葉が鮮明にフラッシュバックしてくる。
そうだ、私がおかしいんじゃない。全部、全部杉元くんのせいだ。

きっともうすぐだよと誰かが言う。まだ気付いてくれるなと私は言う。
まだ、まだ知らないふりをしていたい。とっくにこれが何のせいかもわかっている。わかっているはずだ。それでも私は、「変わることが恐い」ずるくて弱い生き物だから。
他の人の想いなんてどうでもいい。
…本当に?
……うん、本当に。
弱虫な私は、割り切れない中途半端な心のまま、結局他人より自分が傷付かない逃げ道を選んでしまう。
本当に弱くて、ずるくて、最低だ。

「(明日尾形くん出勤の日かなぁ)」
なんだか変に頭を使ってしまって眠気が一気に襲ってくる。睡魔に抗うことなく目を閉じたのは良いが手には充電30%以下のスマホ。翌朝いつも家を出る時間の十分前に飛び起き、空き時間にイベント走れないじゃん!と発狂しながら手短に身支度を整え家を後にした。






─────────

お昼を知らせるチャイムと同時に席を立ち足早に隣の部署へ向かう。目を凝らしても彼の姿はなく次は喫煙所へ。そこにも煙をくゆらせる彼の姿はなく。
「(喫煙所にも居ないとなると…)」
最後に目星をつけたのは昼時の食堂。人込みからぽつんと確立された空間でお行儀悪くスマホを弄りながらサバ味噌定食を食べている尾形くんの姿が。ここにいなかったら諦めようと思っていた矢先に見つけたためほっと息をつく。

「尾形くん!ちょっとお隣良いですか!」
「やだ」
「やだじゃねぇ。尾形くんは見た目に反して優しいから私のお願い聞いてくれますよね?ね?」
答えは聞いてない!と言い隣の席を陣取り腰掛けるとはぁという深いため息が聞こえてきたのは気のせいということにしておこう。
「あのね、あんさんぶるの王子様!略してあんプリっていうアイドルを育成するちょっと乙女ゲ要素が強めのアプリゲームがあるんだけど、その中でもばちくそかわいくてかっこいい私の推し、戸田左之助くんっていうキャラがいるのね。そのサノくんの新規カードが昨日実装されたんだけどその絵柄がもう、ほんっとにこの世ものとは思えないくらい尊くてね。そのイラストがサノくんと一緒にパンケーキを食べに来たっていう程のやつなんだけどなんとそのお店が近場にあるっていう衝撃の事実で、これはもう行くしかねぇだろって感じなんだけどそのお店が非リア充まっしぐら限界オタク女に全く優しくないカップル限定のお店っていう衝撃の事実でね、そこで是非尾形上等兵殿に助太刀願いたく候」
どうか快諾してくれ、そんな念にも似たお願いを祈りながら早口で伝えると何を言ってるのかさっぱりわからんと言った表情で見つめ返される。もしかして伝えたいこと一ミリも伝わってない?
「長い。もっと簡潔にまとめろ」
「私とカップルしか入れないお店に行ってください!!」
「……死ぬほどダサいプロポーズだな。出直せ」
「違う、そうじゃない」
ばっさりと切り捨てられてしまい思わず握りこぶしを机にぶつける。そうじゃない、そうじゃないんだよ尾形くん…!!若干心が折れかけてしまうがここで折れたら負けだ。推しと同じ空気を吸いに行くため、今ここで負けるわけには行かない。
「いいですか尾形くん。私は真面目な話をしてるんですよ。」
熱くなり過ぎず、冷静に事の重大さを伝えるためなるべくゆっくりと説明すると、相槌こそないものの黙って話を聞いてくれる尾形くんはやっぱりただの嫌な奴じゃないと思う。
「つまりお前は、現実に居もしない男の為に見返りもなく俺を休日に借り出そうと」
「尾形くん、君は言ってはいけないことを言った、言ってはいけないことを言ったぞ…!」
嫌な奴ではないけど私みたいなオタクとは分かり合えない人種かもしれない。
サノくんは三次元だと目に見えなくなってしまうだけで実在するし…!だから実在するお店が映ってるんだよ…!と現実との区別が出来ていない痛いオタクの嘆きをぶつけてみるものも我関せずといった表情で黙々と食事を再開されてしまう。

「お願いだよひゃくえもん、人助けだと思ってさぁ…」
「あのたぬきと同じような呼び方すんな」
「あれたぬきじゃなくて猫型ロボットね」
「知るか。そもそも人助けなんて俺がするとでも?」
「尾形くんが悪逆非道の残忍冷酷人間でも今回だけは人助けする善人ヒーローになってよ!」
「お願いします百之助様って言えたら考えてやらんこともない」
「お願いします百之助様、この卑しい雌豚にご慈悲を!どうかお願いします!」
「…そこまで求めてねぇ」
「いだだだ!アイアンクローは!アイアンクローはまずいですって!!ちょ、見えないし!」
なかなか手を外してくれないもんだから視界不良の中手さぐりにバシバシと軽く叩いて見るがなかなか解放されず。
誰か助けてくれと正義の味方の登場を乞い願っているガッという鈍い音が聞こえてくると同時に痛みから解放され視界が明るくなる。

「嫌がってんだろ。離せよ」
私の正義のヒーローは強面で無駄に顔が良くて、その顔に大きな傷がある男の人でした。尾形くんの手を手刀で切り落としたであろう彼の表情はお世辞にもヒーローとは言い難い、むしろ悪役の方がしっくり来てしまうのではないかと思うほどに圧が素晴らしかった
「ははぁ、こいつがいると必ず湧いて出てくるな杉元」
ストーカーは嫌われるぜ?と得意の煽り顔で挑発する尾形くんに喧嘩が勃発してしまうのではないかとハラハラする。

「大体、こっちが断ってんのにしつこく構ってきたのはこいつの方だぜ?」
咎められるべきは苗字だと思うが?と眉をつり上げる尾形くん。その通り過ぎてなんの弁明も出来ず間に挟まれた私はなるべく小さくなれるように肩を窄める
「てめぇ尾形苗字さんのお願い断ってんじゃねぇよ」
「チッ、この見境なし野郎が」
「あ?」
凄みのあるガタイの良い成人男性が睨み合う構図の恐ろしさに震えていると「クソ尾形に頼み事なんて珍しいね、どうしたの?」ところりと表情を変えてこちらに顔を向けた。にっこりとした柔らかい表情を向けてくれるのは良いが先程と温度差がありすぎて逆に怖い。
実は、と事のあらましを二度目に尾形くんに説明したのと同様、ゆっくりかみ砕いて話すと
「よし断れ今すぐ断れ」
手のひらを反すように断るなと言っていた答えを覆してきた。
「鼻からそのつもりだったが…」
おい苗字、それいつ行くんだ。気が変わった、一緒に行ってやってもいいぜ
杉元くんに続いて尾形くんまで180度真逆な返答を投げてくるもんだから驚いてしまう。なんというか、笑ってしまうくらい犬猿の仲なんだな、この二人。にたりと笑う尾形くんを見て鬼のような形相に変わる杉元くんはどこかの殺し屋かヤのつく職業の方か何かと勘違いするほどだった。
「お前さっきまで散々断ってたんだろ?一回決めた答え捻じ曲げんなよ、男だろ」
「どうしても一緒に来てほしいって言われたのは俺だぜ?一番に頼られなかったからって僻みは良くねぇなぁ…」
女々しい男は嫌われるぞ、杉元佐一
そう言ってにっこりと笑みを浮かべる尾形くんの顔は笑っているはずなのに全く柔らかさを感じさせない。ここまでおっかない笑顔出来るのはある意味才能だと思う。

「…苗字さんはいつ行こうと思ってたの?」
「えっ、あ、あー早くて次の日曜、かな?」
一番近い休みがそこなので、と付け加えると若干眉間に皺を寄せかちゃりと箸をお膳の上に置く
「尾形くん?」
どうしたの問う前に杉元くんが勝ち誇った笑みで尾形くんに近づく
「次の日曜日、お前んとこの部署は確か全体ミーティングあるんだったよなぁ?」
にやにやとした煽り顔で肩に手を置かれると鬱陶しいと言わんばかりに舌打ちをしながらそれを払う尾形くん。不機嫌そうな様子を見るにそれは事実らしい。
なにも言い返さず立ち上がる姿に「っしゃ!」と思いっきりガッツポーズをする杉元くんは正直大人げない。というかそんなに必死になることでもないのでは。そんなに尾形くんとの戦いには負けたくなかったのか。少年漫画のライバルならまだしも三次元の男同士の確執と言うのはいまいちよくわからない。
苗字、と苗字を呼ばれ顔を上げると軽く手招きされるため尾形くんにならってかたりと少し椅子を鳴らして立ち上がると腕を引かれ体勢を崩す。なんとか持ち直して倒れることはなかったが必然的に距離が近くなってしまう。慌てて離れようとするも腕を掴む手に力をぐっと入れられてしまいそれは叶わなかった
「他の男がどうだとか関係なしに、ただの飯の誘いだったらすぐに頷いてやるよ」
至近距離であの不気味な笑顔を浮かべられその謎の威圧感にひくりと口の端が痙攣するのがわかった。あはは、と愛想笑いをしながら身体を後退させようとすると追い打ちをかけるようにぐんっと強い力で引き寄せられ、耳元に顔を寄せられる。
「ただし、俺とお前だけの場合だがな」
「ひぁっ、」
色気のある低音が吐息と共に耳の奥の方まで届き脳が震える。おまけに尾形くんの唇が若干耳朶を掠めていき、情けのない悲鳴が漏れ出てしまう。自分でもこんな声が出るのかと戸惑い、羞恥の余り掴まれている方の腕とは逆の手で口を抑えようとするもそれも後ろから手首を掴んで引き戻され身体が自分の意図とは裏腹にすとんと数秒前まで座っていた椅子に逆戻り。なんだ、なんなんだ。前に後ろに引っ張りだこ。幼稚園児が「ぼくの、わたしの」とおもちゃやぬいぐるみを取り合うような構図を大の大人の、しかも人相の悪い成人男性二人がやったところで微笑ましくともなんともないというのに。
「食い終わったんならさっさと行けよ」
振り向いて顔を確認することは叶わない、とうか恐ろしくて振り向く気も起きないのだがが、いつもの穏やかで心地の良い低い声とは違い、地を這うようなドスの効いた声でここから立ち去ることを急かす杉元くんの顔はきっと絶対零度の冷たさを帯びているのだろう。
「次もそこのお犬様じゃなくて俺のとこに来いよ」
そう言って今度こそお膳を持ってテーブルを離れる尾形くん。ずっと尾形くんを威嚇する姿が番犬にでも見えたという事だろうか。犬と言うには少々凶暴すぎる気がするが。
「やっと行ったか…」
「なんかすいません、」
「いや、苗字さんが謝るようなことじゃないよ」
それで、日曜日どうする?その苗字さんが好きなサノくんのいるお店に行きたいんだよね。男女ペアじゃないと入店できないから一緒に行ってほしいって話なんだっけ?と大きな的は外れていないものの若干ずれた答えを提示してくる杉元くんにそうなんだけどそうじゃない…!という気持ちでいっぱいになる。
事の発端の私からちゃんとお誘いしないでどうする。このまま杉元くんが提示してくれるであろう話の流れに乗っかればいいものを変なところで律儀な性格が邪魔をする。それに、努力をするとそう、言ったじゃないか。このまま杉元くんから目を背け続けていいのか、逃げ続けるのかという前に進むことを促す想いとこれ以上踏み込んだら危険だ、傷付くのは嫌なんでしょう?と自分を引き戻す想いが再び胃の中をぐるぐると回り続け吐き気にも近い感覚に襲われそうになる。少し黙っていてくれ、と叱咤しながら自分の心の中の声と今自分が外に出すべき言葉を整理する。こんなまともじゃない精神状態で整理したところで整頓されるはずもなく、ようやく出た言葉は自分の心も、杉元くんの心も、きっと悪い意味で揺れ動かすものだった。



「杉元くん、私とデート、してくれませんか…!?」

「…えっ!?」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情をした杉元くんの顔ががみるみるうちに赤く染まっていく。あれ、私もしかしなくてもまた言葉のチョイス間違ったな?
そんな彼の顔の熱がじわじわと感染するように自分の頬も同じく顔が朱に染まる感覚が。食堂の端の席で顔を見合せたまま同じような表情を浮かべる私たちははたから見たらかなり滑稽な二人だ。絶句し、次の言葉をお互いに立ち止まらせていた時間を断ち切るように昼休憩の終わりを知らせるチャイムが時間切れだと告げて来た。

「え、っと、今のは違くて!いや、違わなくもないんだけど、その、とりあえず後で連絡します…!」
「お、おう」
私先に行きますね!と熱を帯びた顔をなるべく見られないように足早に食堂を後にする。

誘うにしてももっと違う誘い方あっただろう!と心の中で猛反省しながら歩くと、パンプスのヒールがいつもより大げさに悲鳴を上げていた。



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