恋人たちのクリスマスなんて誰が決めた

「クリスマス、ですか」
「予定あるかもしれないんだけどその日人手が足りなくて!この日に頑張らないとクリスマスの翌日にあるプレゼンの資料が間に合いそうにないんだよ…!」
その日はシフト上私は偶然休みになっていたが多くの社員の有給申請や希望休が重なってるらしく24、25日と出勤してほしいと先輩からお願いされたのは数日ほど前のこと。

「大丈夫ですよ。」
そして「どうせ予定もないし、」と悩みもせず即答したのも数日とちょっと前のこと。



力任せにエンターキーをたーん!と押す。
今思えば「どうせ貴方ならクリスマスに入る予定なんてなさそうだし頼んでも断られないだろ」と高を括られていたのかもしれない。社内のリア充たちの踏み台になる代わりに元々休みだったはずの私は出勤させられたのかと思うとふつふつと怒りが込み上げてきた。というか休みじゃなくなるなら最初から二連休なんて期待させないで欲しい。おかげでクリスマスイブと当日は推しと一緒に過ごせるぞとわくわくしていた気持ちが一気に虚しい気持ちへと早変わりだ。非リア充であるが為に下に見られていたことに腹を立て、今日は意地でもこの仕事を終わらせるまで帰るまいと謎の目標をたてた結果。私以外の社員は小一時間程前に退社してしまい、閑散としたオフィスには自分一人分だけのPCの光がぽつりと灯っている。

「おわった…」
誰もいないのをいい事に、両手を上にあげ思う存分背伸びをする。作業に集中しすぎたせいで元々猫背気味の姿勢が更に悪くなっていた状態を長時間続けたためかバキバキっと背筋が悲鳴をあげる音がする。静かだからやけに響くなと苦笑していると廊下の方からパタパタと誰かが走ってくるような足音が聞こえる。
誰か携帯かなにか忘れて帰って慌てて戻ってきたのだろうか。

おっちょこちょいな社員の顔を顔を拝んでから帰ろうと入口の方に目線の照準を合わせていると予想外の人物が視界に入り込んできて目を丸くする
「っ苗字さん、」
「えっ、杉元くん?」
よかった、まだここに居て。
息を切らしたように肩を上下させながら呼吸を整える杉元くんは笑顔ではあるもののどこか疲れ果てたような表情をしていた。
それもそのはず、杉元くんは24、25と出張を言い渡されていたはずだ。部署内でもずば抜けて優秀な彼にはクリスマスなんてものは関係ないらしく、かわいそうなことに休日返上で上司から借り出されていた。クリスマス当日の今日も遠方での商談が夕方まで長引きそうだと話していた彼と上司の会話を盗み聞きしていた女性社員達が「折角クリスマスパーティーに杉元くんお誘いしようと思ってたのに思ってたのにショック〜」と猫撫で声で嘆いていたのを見かけた記憶がある。

「お疲れ様」
「なんで杉元くんがここに?」
お疲れなのは杉元くんの方なのにちょっとの残業をしただけの私に労りの言葉をかける気遣いが出来る優男っぷりには恐れ入る。疲れた体に鞭打って会社の廊下を駆け回るなんて、よっぽどなにか大切な忘れ物でもしていたのだろうか。
「ついさっきこっちに戻ってきた所なんだ。新幹線から降りてやっと気づいたんだけど今日ってクリスマスでしょ?」
「最初は疲れてるし真っ直ぐ家に帰ろうとも思ったんだけどさ、…やっぱこういう日には苗字さんに会いたいなと思って。」
迷ってたところに丁度明日子さんから苗字さんがまだ一人で会社に残ってるって連絡が来て居てもたってもいられなくてさ。
駅から走ってきちゃったと眉を下げて困ったように笑う杉元くんに動揺が隠しきれない。よくそこまで恋愛ドラマの登場人物みたいな行動が出来るなと呆れてしまう。それでも私に会うために走ってまで駆けつけてくれたという事実にちょっぴりときめいてしまった。

「特別な関係性でもないですし、会う必要はあまり、感じられないと思うんですが」
そんな心のざわめきを気付かれないように口から出た言葉はいつにも増してかわいくない捻くれたものだった。
「相変わらずつれないなぁ」
もし私が言われた側だったら心が折れているような言い方にも、微塵もダメージを受けていないのかからからと笑いながら流す杉元くんはメンタルが鋼でできているんだと思う。

「クリスマスってことに気づいたのがついさっきだからまともなプレゼント準備出来なかったんだけどこれ、よかったら食べて?」
差し出されたコンビニの袋には少しだけ型くずれしたショートケーキが。受け取って直ぐに「あっ、待って中身大丈夫?ぐちゃぐちゃになってない?」と杉元くんは心配していたけどむしろあの勢いで走ってきてよくこんなに綺麗な状態を保てたなと思うくらいだった。今のコンビニスイーツが有能なのか杉元くんの走りが安定的だったのかはわからないが言うほど酷い見た目ではない。ただ気になったのは、

「一個だけ?」
がさり、とビニール特有の音を出しながら覗いた中には一人分のケーキしかなく、そのてっぺんには紅色の宝石のようにつやつやとした苺が一粒ぽつりと寂しそうに佇んでいた。

「あ、もっと食べたかった?」
「や、そうじゃなくて」

「杉元くんの分は?一緒に食べないの?」
別の袋に入れてもらったのだろうかと思ったが彼が手にしていたのは最初から一つだった。彼が魔法使いならともかく、一つのものを二つに増やしたり、何もない空間からケーキを作り出すなんて不可能だろう。そんな私の疑問の声に対してぽかんと呆気にとられるような表情を浮かべるものだからこっちは頭の上にはてなマークを浮かべてしまう。

「…一緒に食べてよかったの?」
「えぇ…」
その考えは思いつかなかったと言わんばかりの口調に思わず気の抜けた声を上げてしまった。呆れた、そんな所で気をつかってしまうのか。これまで散々、その、なんというか口にするのも恥ずかしいような言葉やアプローチをしておきながら。…なんというか杉元くんは、難しい人だ。
駅から全力疾走出来る大胆さがあるなら一緒に食べるという選択肢くらい安易に思い付きそうなものを。どうせ遠慮するなら無駄に近い距離感とか、乙女ゲームさながらの発言を控える方向に活かして欲しかった。

「杉元くんって変な所で遠慮するんですね。」
「そうかな?」
「そうですよ。大体、仕事でお疲れな杉元くんを目の前にして私一人でケーキをむさぼり食えって言うんですか?そんなの拷問と一緒ですよ。そんな酷なこと私にさせないで下さい、」
「す、すいません?」
「とりあえず杉元くんは座っててください。コーヒーでも入れてきますから。ケーキは……しょうがないから独り身同士仲良く半分こしましょ!」
「苗字さんがうんって頷けば二人とも独り身晴れて卒業で万々歳だと思うんだけど」
「そ、れとこれとは別です!」
「だよね」
いつもの調子を取り戻しかけてる杉元くんから逃げるように給湯室へ駆け込む。彼のように長い間走り回った訳では無いのに、動悸と息切れが激しい。

「っ苗字さん、」
慌ただしく入ってきたかと思えば私の姿を見た途端安堵の表情を覗かせた彼のへらりと弱々しく笑った顔が頭の中にこびりついて離れない。

私が会社に残ってるって聞いて走ってきたの?出張終わりで疲れ果ててる身体に鞭打って、しかも駅から走って?

「苗字さんに会いたいと思ってさ」
恋人でもないのに、ただ私に会いたいから来たって?

そんなの、そんなのってないよ、
少女漫画やドラマの世界じゃないんだから、

そういってもやり遂げてしまうのが杉元くんっていう人なんだってことは皮肉にも私が一番身をもって知っている。
「ほんと、馬鹿みたいだよなぁ…」
ぽつりと自分の口から零れ落ちたその言葉は、私なんかの為にここまで出来てしまう杉元くんに対してなのか、ここまでされても彼の好意と自分の気持ちに向き合おうとしない私に対してなのか。

杉元くんの為にいれたブラックコーヒーのほろ苦い香りと子供舌の自分用にいれた甘ったるいココアの香りが混じりあったなんともいえない良い匂いが鼻腔を擽る。心を落ち着かせようと深く深呼吸をしたはずなのに、その「甘くてほろ苦い」香りを感じる度に、何故か胸の奥がきゅっと狭くなる感覚がする。無性に泣きたくなってしまう心を叱咤するように頬を軽く叩き、給湯室を後にする。
どこかの誰かが「なんとかは甘くて苦い」と歌っていた気がする。なんていう曲だっけ?忘れちゃった。


──────────────
二人分の紙コップを手にして戻ると杉元くんは窓際に一人佇み、外を眺めているようだった。ただ立っているだけでも絵になってしまうんだから顔が良い男はずるいなぁと思いながら声をかけようか迷っているうちにこちらの姿に気が付いてしまったらしく「おかえり」と声をかけてくれた

「ブラックでも大丈夫でした?普段コーヒーとか飲まないので砂糖とか加減がわからなくて」
「全然大丈夫。コーヒー苦手なの?」
「お恥ずかしながら。どうしても苦くて…」
だから自分のはココアです。まぁ、あんまり甘すぎるのも苦手なんですけどねと笑ってみせるとへぇと相槌をうちながらコップを受け取った。受け取る瞬間に少し掠めた彼の指の感覚が嫌に胸を締め付ける。
「とりあえずケーキ食べましょう。狭いけどしょうがないから私のデスクで、」
「そうだね。椅子は明日子さんのでも借りるか。」


「あ、」
「どうしました?」
「フォーク、ひとつしかないや」
「あー…」
私は気のしれた友だちとかなら全然気にせずにフォークの使い回しは出来る人間だ。だけど会社の同僚、異性、ましてや自分に好意があると公言している人とそうするのは些か気まずいものがある

「…私いっそ手掴みで食べますよ?」
「してもいいけどその後強制的にクリーム舐めとるよ?」
「すみませんやめます」
「いっそ食べさせあいっこする?」
「絶対嫌です」
「ちょっとは悩んでくれたっていいんじゃない?」
むっと口を尖らせ拗ねるような口調で不満を述べる姿は些かあざといがすぎる。成人男性がしていいそれではないが「うわキツ、」とならないのは杉元くんの顔が良すぎるせいか、自分の中のなにかが傾き始めているせいか。

「やっぱり苗字さん食べなよ。コーヒーあるし、苗字さんがケーキ食べてる所見れればおなかいっぱいだしさ」
「いや、食べてる顔ガン見されるの確定ですか。ちょっと、やめてくださいよ」
「いいじゃんそれぐらい。寒い中頑張って来たんだよ俺」
「うっ、それを言われてしまうと…」
そこを盾にされてしまうと何も言い返せない。どうしたものか

「じゃあ、苺あげるので、ガン見はなしの方向で」
「え、一番美味しいところじゃん。いいの?」
「元々半分こするつもりでしたし…綺麗に半分ことはいきませんが、どうぞ」
「じゃあ、いただきます」
「じゃあ私も、いただきます」
生クリームのかかったスポンジをぷすりと透明なプラスチックのスプーンで一刺しして口へ運ぶ。あまい。長時間の労働で疲れ切った身体に甘さが沁み渡っていく。

「あまずっぱい」
杉元くんが一言。苗字さんは?と聞かれ私は感じたままに
「あまい、」
とだけ短く言葉を返す。

「美味しいね」
「うん、美味しい、です」
苺だけを食べてる杉元くんとケーキを食べてる私では感じている味が違うのは当たり前だ。それでも、たかが数百円で買えるコンビニスイーツで美味しいを共有出来る時間がこんなにも、満ち足りた気持ちになるものだとは思いもしなかった。
当然のごとく一口で食べ終わった杉元くんから視線を感じながらもゆっくりと味わって完食した。途中見つめる視線に耐えかねて声を掛けようかとも思ったがこちらを見据える表情が優しげで、あまりにも幸せそうな顔をしていたもんだから注意する気が失せてしまった。
「ごちそうさまでした」と呟くと律儀に「お粗末様でした」と丁寧に帰ってきた。美味しいケーキも頂いたことだしそろそろお暇しようと立ち上がると同じタイミングで杉元くんも同じ動作を取った。

「そうだ、こっち来てみて」
「え、ちょ、手!手!!」
同じく立ち上がってはみたものの自分の考えていた次の行動と彼の考えていたものはどうやら合致しなかったらしい。不意に繋がれてしまった手元を注意するも完全にスルーされてしまい、手を引かれるがままに窓際へ近付く

「ここから外のイルミネーションが丁度見れるんだ」
苗字さんの嫌いな人混みにわざわざ行かなくてもここなら誰にも邪魔されずにゆっくり見れちゃうね。
いひひと歯をみせながら皮肉めいたことを言うものだからどんな顔をしていいかわからず「はは、」と小さく愛想笑いでやり過ごす。言われるがままに窓から外を覗くと街の灯りがキラキラと輝いていた。街路樹に飾り付けられた光の屑が道なりに並んでいて上から見ると季節外れの天の川のようで。近くで見るのとはまた別の美しさがあった。人混みに飲まれることもなく、のんびりとイルミネーションを楽しむのもなかなかに乙なものかもしれない。

「こういうクリスマスもたまには良いかもしれませんね、」
「俺も今、同じこと思ってた」
来年の冬も苗字さんと一緒にいれたらいいなぁ、
心の声が溢れ出たようにぽつりと紡がれた言葉が独り言なのか、はたまた私に対して話しかけられたものなのかが判断出来なくて。どう返したらいいか分からなかった私は繋がれたままの手にほんの少しだけきゅっと力を込めてみた。
ここで「私も同じこと思ってました」と言えない臆病者の悪い子にはきっとサンタクロースなんてやって来ないけど。それでも今この瞬間が心地よいものであるならそれでいいと、思えてしまった。

Modoru Main Susumu
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